初顔合わせ? 5
沈黙するグンナールは、背中に殺気を感じ、身震いする。
じっとりした視線の発生場所は、彼の背後に立つ、異様なほどの気迫に満ちた赤黒い髪の婦人で間違いない。
ひきつった彼女の頭にも、グンナールと同じ一対のツノ。
──彼の母、グネルである。
息子を睨みつけるグネルは、当然エミリアの胸元にあるペンダントの中身に気がついていた。
竜人族が自らの身体から剥がしたウロコは、自然と剥がれ落ちたそれとは違う。
魔力に満ちていて、互いにそれが誰のものかはたやすく判別できるのである。
……何やらかしてんだてめー……という、母の冷たい視線が痛かった……。
(………………)
グンナールは、直立不動のまま、心の中で昨日の己の直情的な行動を悔やむ。
まさか、彼女が、これから義理の妹になる娘だとは思ってもみなかった。
ここは小領とはいえ、大勢の人族が暮らす場所。そんな偶然があるとは考えもしなかったのである。
(⁉ ⁉ しかし……昨日彼女は“エミリア”と名乗っていたぞ⁉ 義妹の名前は……“バルドハート”だと言っていなかったか⁉)
グンナールは母を困惑の目で見る。
──これは後で発覚することだが……“バルドハート”は、エミリアの家庭内での愛称。
彼女の母が、生来虚弱だった娘を案じ『丈夫になってほしい』という意味を込めてつけたものである。
そして、彼女の父は現在も、エミリアのことを“バルドハート”や“ハーティ”などと呼ぶ。
……どうやらそれを聞いたグネルが、エミリアの名前を勘違いしていたのがことの始まり。
つまり、この事態は、母グネルのうっかりがあってのことなのだが……。
そんなこととは知らぬグンナールは、思い切り動揺中。
知らなかったとはいえ、これから義理の妹となる娘に彼は求婚し、証となるものを贈ってしまった。
もちろんその気持ちには噓偽りはないが……嘘偽りがないだけに、この事態には大いに戸惑う。
(どうする……どうしたらいい……?)
彼が沈黙して頭を悩ませていると。母と共に、彼らの対面をそばで見守っていた継父アルフォンスが、徐々に心配そうな顔になっていく。
それを見た母は、グンナールに牙をむきはじめ……。
これは、実にまずい状況であった。
(母よ……そんな顔を、継父殿とエミリア嬢に見せて大丈夫か…………)
彼は慣れているが、人族に、竜人族が本気で怒った顔は少々刺激が強くはないか。
グンナールは唸る。これは困った。
しかし……かといって、いまさらエミリアに『ウロコを返せ』などとは、口が裂けても言いたくない。
それは、彼なりに覚悟を持って彼女に捧げたものだった。
彼は非常に硬派なたちなうえ、とても慎重な行動を求められる立場にあった。ゆえに、ウロコを女性に贈ったのも初めてのこと。
ついのことだったとはいえ、状況に負けて求愛の撤回など。
絶対に、嫌だった。




