グンナールとニワトリ 3 頑丈グネルと急騰グンナール
エミリアが安堵したようにアルフォンスに見せた微笑みが、あまりに愛くるしくて。
つい彼女に見入っていたグンナールは──突然母が出した気色の悪い声にギョッとする。
『バ………………バルドっ、ハートきゅんっっっ♡』
『!?』
目をハートにした母は、弾けるようにドラゴンの姿に。
さきほど彼を『貴様』と呪うように呼んだのとは、とても同じと思えぬ甘い声でエミリアの名を叫び、喜びに巨体をくねらせる。
『ッなんてかわいらしいの! さすがアルフォンス様の娘……!』
と、そのときだった。
悶絶した竜態のグネルは興奮し、その勢いでひるがえった尾がテーブルをふっとばす。
テーブルは見事に天井に向かって飛んでいき……。
この突然の事態に、エミリアは三白眼を見開いて驚いている。(※アルフォンスは、どうやらすでにいろいろ慣れているようす)
幸いか、食べるのが遅いエミリア以外の家族は皆食事が終わっていて皿は下げられていた。エミリア以外の皿はなく、食堂も天井が高くて部屋は壊れなかったが……。
それでももちろん残っていた皿やカトラリーは空を舞い──エミリアの食べかけのニンジンもポォンと天井に向かって飛んでいった。
エミリアは。
そのニンジンが弧を描いて、自分に向かって落ちてくるさまをポカンと見ていた。
目をぱちくりさせている彼女のもとへ、感極まったグネルが突進していこうとし……それを見たグンナールが慌てた。
『!? 母よ! やめろ!』
竜態になった母は、大型馬よりもはるかに大きい。
無論グネルに害意はないだろうが……それでもその巨体でちんまりしたエミリアにじゃれ付けば、彼女がどうなることか。
自分もそうだが、母もまだ人族について、しっかり理解しているとは言い難い。
頑丈な竜人族の子供と同じ要領で興奮のまま抱きつけば、エミリアがプチっといってしまうかもしれない。
突然のことに驚いているエミリアは、イスに座ったまま逃げるそぶりもない。
にもかかわらず、興奮したグネルはすっかり我を忘れてエミリアに飛びつこうとしている。
危険を感じたグンナールは、とっさにエミリアに手を伸ばし、その腕を強く引いた。
……それは、あまりに一瞬のできごとだった。
母の猛攻からエミリアを守ろうと、グンナールがエミリアを抱きすくめた時。
継子に抱き着こうと後ろ足を踏ん張ったグネルの頭に、ゴンッと大きな衝撃。
その鈍い音に、エミリアがグンナールの腕の中で目と口を大きくまるく開く。
なんと、グネルの尾が吹き飛ばしたテーブルが、一度天井に衝突し落ちてきて──継母の後頭部に落下。
しかし驚愕なのはここから。
四人が着席してもまだ余裕のあった大きな長方形のテーブル。それが頭にぶつかっても、グネルはびくともしなかった。
それどころか、木製のテーブルはグネルの頭に当たった瞬間炎に包まれて、一瞬にして燃え尽きた。
その光景には、エミリアはビックリし過ぎて言葉もない。
と、グネルがハッとしたように燃えカスを見る。
『あら!? またやってしまったわ!?』
慌てた様子のグネルは、視線をオロオロとさまよわせる。しかし、エミリアとアルフォンスが無事であることを確かめると、彼女はホッとしたように胸をなでおろす。(※その頑丈さを心得ている息子のことは、一瞥もしなかった……)
母の暴走がひとまず停止したことに安堵したグンナールは、ここで気がつく。
いつの間にか、母の隣に座っていたアルフォンスが、グネルの大きな手を握っている。
どうやら彼は、エミリアに突進しそうだった母を止めていてくれたらしい。
怪我で足は悪くしても、腕の力と素早さは失われてはいなかったようすのアルフォンスは、申し訳なさそうな顔をしている新妻に苦笑。
『……落ち着きましたか? 頭は大丈夫ですか?』
『ご、ごめんなさいアルフォンス様……わたしったらつい……嬉しすぎて我を忘れてしまって……テーブルを燃やしてしまったわ……』
……どうやら頭はぜんぜん痛くないらしい。
しゅんとした様子のグネルはすっかりうなだれて。そんな母に、エミリアを抱えたままのグンナールは非難のまなざしだが、アルフォンスは鷹揚。
『邸の家具を、もう少し燃えにくい頑丈なものにしなければいけませんね』
『ごめんなさい……』
『大丈夫。バルドハートは君の息子が守ってくれましたよ。ありがとう』
『っアルフォンス様ぁ……!』
優しく慰められたグネルのドラゴン顔は、瞳がウルウルしている。とたん、すっとグネルの身体は竜人態に戻り、彼女は愛しい夫の首に抱き着いた。
──そんな母を見て。グンナールはげっそり。
アルフォンス・レヴィンという人物は、なんと器の大きい男なのだろうか。
あんな母の暴走にも慌てることもなく、恐れることもない。普通なら、相手が竜人族の男であっても、いきなり家の中でテーブルを燃やされたら驚くと思うが。
……と、ここでグンナールは、ハッとする。
母のあの非常識な暴挙には、さすがのエミリアも怯えてしまったかもしれない。
『エミ──っう……!?』
慌ててそのようすを確かめようとしたグンナールは……ここでやっと、自分が彼女を抱きしめていたことを認識した。
とたん、グンナールの身が凍る。
緊急のことで、よく考えていなかった。
気がつくと、彼は床に片膝を突いた状態で、その膝の上に彼女を据わらせる形でエミリアを抱きしめていた。しっかり抱え込んだ左手は彼女のおなかに。右手は白銀の頭にそえられていた。
柔らかな感触に、グンナールは唖然。
と、そのとき彼の声に反応し、エミリアの三白眼が彼を見上げた。
まんまるになったミントグリーンの瞳と目があった瞬間、グンナールは、全身の血がいっきに沸き立つのを感じた。




