グンナールとニワトリ 2 グネルの噴火
『あ……い、いいのよ……いいの……無理しないでちょうだい……ちょっと願望がもれただけなの……ご、ごめんなさいね……?』
ちょっぴり泣きそうな顔で、慌てて『気にしないで』と言った母の顔を見て、正直グンナールはギョッとした。こんなに押しの弱い、引きの早い母はなかなか見られるものではない。
国元で過ごしていたころの母が、いつもこんなにしおらしかったら。おそらく彼らの一族はもう少し平和に過ごせたに違いない。……猫をかぶっているにもほどがある。
(──いや……まあ、母のことはどうでもいい……)←※ひどい)
ともかく、と、グンナールは心配そうにエミリアを見る。
母を泣かせそうな彼女が、今どんな心境であんな表情をしているのかは分からなかったが、おそらく困っているらしいことだけは確か。
グンナールは黙っていられず、母をたしなめる。
『母上……あまり急に距離を詰めようとしないでください。彼女が困っています』
『……わ、分かっているわよ』
息子の言葉にも、グネルは珍しく反論もしない。
グネルはすっかりしょげてしまって。が──……。
そこに、蚊の鳴くような声。
『──ぇ……』
小さな声に、皆の視線がさっとに一所に集まる。
すると、そこにいた彼女は、テーブルを睨みながらもじもじと口を開く。
三白眼ははっきりいってあまりガラがよろしくなかったが……赤くなっていく顔色がはっきりと分かった。
『……ょ……ょろしいのですか……?』
エミリアは、両手に握りしめていたカトラリーを皿の淵に置き、その手を膝に戻す。緊張を顔に張り付け、背筋を伸ばした。
そして彼女は、キョトンとしているグネルに向かって……緊張しているのか、何度も、えへんっえへんっと必死にせきをしつつ、思い切ったように、言った。
『ぉ……えほっ……ぉ──……お、お母様……?』
ぼそぼそと、恥ずかしそうに。おそるおそる、ごく小さな声で言ったエミリアの顔は耳まで真っ赤。
“母”なんて。そんな特別な呼びかけを誰かにしたのは、ものすごく久しぶりのことだった。
早くに母を亡くしたエミリアにとっては、やはりその言葉は特別なもの。
よく挨拶に通ったドミニクの母に、彼がそう呼び掛けているのを見ては胸が痛いほどに羨ましくて。そんな気持ちもあって、エミリアは彼の母にはよく尽くした。
いずれそのドミニクの母の子爵夫人が、自分の義理の母になるのだという喜びもあったから。たとえ義理でも、母ができるのがとてもとても楽しみだったのだ。
……でも、その望みは潰えた。
そんな経緯もあって、エミリアは、グネルの申し出が嬉しくてしかたない。
──ただ、嬉しすぎて緊張は極まった。
“お母様”と言ってしまってから、ミントグリーンの三白眼は、本当にこれでいいのかしら、正解が分からない……と困ったようにオロオロ父の元へ。
どうやら、グネルの反応が怖すぎて彼女のことを見られないらしい。
不器用に顔をこわばらせ、肩をすくめて自分を見る娘と目が合ったアルフォンスは、苦笑。大丈夫だと言うようにゆったりと頷き。そんな父の顔を見たエミリアは、ホッとする。
恥ずかしそうにぎこちなく笑い、グネルを見ようとして──……
しかしその瞬間、部屋がドスンと大きく揺れた。
『え』
『バ………………バルドっ、ハートきゅんっっっ♡』
『!?』
……この瞬間、グネルの継子への萌えが噴火した。




