親子の攻防戦 2
これにはアルフォンスがギョッとする。
「な、何……!?」
父は困惑顔で、パッとそばに控えていたニコラを見た。
すると、その(どういうことだ!?)という視線に、ヒヨコ顔の婦人はとても申し訳なさそうに顔をすぼめる。その酸っぱい顔を見たアルフォンスは、どうやら、彼女がどれだけ説得してもダメだったらしいと察し、渋い顔。
どうにも彼の娘は、非常に頑固。
素直な気質だが、こうと決めてしまうとテコでも動かない。
ちなみに今は昼食前という時間だが、平素から小食のエミリアは、昨夜もほとんど何も食べていない。
昨日の移動中に水とリンゴを数口かじった程度である。(※それもグンナールとの出会いで吐いた)
しかしバルドハートと呼ばれたエミリアは、父の叱るような目を見ても必死。
「だ、だって……継母様との顔合わせで胸やけでも起こして(また吐いたりしたら)大変だと思いまして……。継母様にそんな汚らしい娘だと思われたりしたら、死んでも死に切れません。ブツは体内にないほうが安心ゆえ……」
「“ブツ”?」
娘の主張に、当然ながらアルフォンスは不可解そう。
しかし“ブツ”が何かを口にしたくないエミリアは沈黙し、これには父も、年頃の娘の言うことはさっぱりわからん、という表情。
ニコラは、昨晩のことを思い出したのか、大げさなため息を吐いて首を横に振っている。
「……とにかく……バルドハート、まずは何か食べてきなさい」
「いえ、お父様。それはできません」
父の言葉に、エミリアはきっぱりと断言。頑なな言葉に父は困ったように眉尻を下げるが、ここは彼女も引き下がれない理由がある。
「この後、継母様にお作りいただいた食事を一緒に食べる予定ですよね? わたくしは絶っ態っ! そちらをいただきます。ただでさえ私の胃は容量が小さいのですよ? よけいなもので胃を埋めるわけにはまいりません!」
気迫みなぎる軽食拒否。
グネル手製の昼食に想いを馳せる娘は、とても幸せそうにも頑な。叱られたとて、絶対に譲れないという表情に、父もニコラも困り果てた。
ただ、幸か不幸か、エミリアはグネル手製の食事が楽しみ過ぎるあまり、先ほどまで、父にいかにして報告しようかと頭を悩ませていた一連のこと──ドミニクとの婚約破棄の件を、うっかり忘れてしまった。
エミリアは継母グネルを脳裏に思い浮かべ、夢見心地。
彼女にとっては、たとえ“継”という字がついていても、“母”と呼べる人ができたのは久しぶりのこと。
おまけにその人は、敬愛する父に寄り添ってくれる女神で、そんな女性の作った食事を食べることができるなど、思考が停止しそうなほどの幸福だ。
麦一粒、スープの一滴とて、残すわけにはいかない。
そんな無礼なことを、するわけにはいかないのである。
ゆえにエミリアは高らかに宣言した。頑なな顔で顎をツンと上げ、腕を組んで強固な意志を顕示した。
「わたくしは、たとえ胃が壊れようとも、継母様のご飯を食べます。絶対です」
「……」※父
「……」※ヒヨコ顔婦人
堂々宣言する娘を見て呆れつつも、ふたりは顔を見合わせる。
こんなに食事に前のめりな彼女は初めてなのである。
彼女の健康のためにも、これは止めないほうがいいのかもしれない……。
「ほほほごめんなさいね、アルフォンス様♡ バルドハートちゃん♡ 急に飛び出してしまって」
グネルが失意のグンナールを引き連れて居間に戻ってくると、“絶対グネルのご飯食べる宣言”を父にかましていたエミリアが、ぱっと表情を明るくして身を正す。
「おかえりなさいませ、グネル様、グンナール様!」
まるで上官を迎える新兵のようにピリッと背筋を伸ばしたエミリアに、グネルは目じりを下げ、グンナールは失意の底にいながらも、彼女の体調を案じるような目をする。
ただ……父とニコラはやはり呆れをのぞかせた。




