親子の攻防戦 1
(……お父様に……言わなきゃ……)
グネルとグンナールが出ていったあと。
エミリアは、父と残された居間で、じりじりしながら父を見ていた。
アルフォンスが新妻たちを心配して窓の外をうかがいに行けばついていき、彼がイスに戻ればまたついていく。
その懸命な様子は、親鳥のあとをピョコピョコとついてまわるヒナのようでもあり……必死さのにじむ三白眼は、まるで付け狙うようでもあって……。
明らかに、不審。
そもそもエミリアは根が素直。
顔に駄々洩れている大いなる苦悩には、居間のはしから彼女たち親子を見守るニコラはハラハラ。
当然、父アルフォンスにも、その挙動不審さは伝わってしまっている。
アルフォンスは、いったいどうしたんだという顔で娘を見る。
(……バルドハートは……今度はいったい何に苦悩して……?)
どうにもこの娘は、性格が真面目過ぎて、何かと思い悩むことが多いらしい。
しかし、アルフォンスはここでハッと思い出す。
(もしや……やはり手紙のことを怒っている──?)
その心当たりに、父は表情を曇らせた。
彼は数日前、自身の再婚のことを娘に手紙で伝えた。
しかし彼はあろうことか、その手紙に、新しい妻グネルに息子がいることを書き忘れていたのである。
思い返してみれば、先ほど継子のグンナールと対面したとき、娘はとても驚いていた。
それでも結果的に、エミリアが新しい家族たちにとても好意的であったからすっかり油断していたが……父のうっかりは話が別だったのかもしれない。
(……やってしまった……)
アルフォンスは、愛娘に叱られそうな気配を感じ、動揺する。
ただ、彼も領地への引っ越しや、新領主としての着任と、とても忙しい最中にグネルの猛攻を受けた。
そのアプローチは非常に強引で、熱烈。
もちろん彼女が、一心に彼を想ってくれていることには心を動かされたし嬉しかった。
しかし、領地のあれこれに加え、怪我の治療、新妻との新しい暮らしの始まりと。こなさねばならないことが多すぎて。
アルフォンスは、つい娘への手紙にそれを書き忘れてしまったのである。
しかし、改めて考えてみると、それは非常に重要な情報。
──グネルには、前夫との間に息子がいて、彼らは竜人族である。
(……、……しまった……うっかりにもほどがある……)※確かに。
己の失態に、アルフォンスは娘にとても申し訳ない。
年頃の娘は繊細だ。
もっと気遣うべきだったと、アルフォンスは後悔のまなざしでエミリアを見る。
彼が騎士として忙しく働いていた最中は、ニコラに任せきりだった愛娘。
いつの間にか顔立ちも大人びて、背もずいぶん伸びて──……は、あんまりいなかったが。
ともかく。娘はもうあと数年もすれば、きっと婚約者のもとへ嫁いでいってしまうのだろう。
(……う、)
その日のことを思うと、アルフォンスは寂しくてたまらない。
前妻を亡くし、彼女を養うために仕方なかったとはいえ、娘と長い時間を離れなければならなかったことは、やはりつらかった。
できれば自分のもとに帰ってきてほしいが、娘には夢がある。
おまけに、王都に想い合う青年がいるというのだから、寂しくとも父としては無理は言えない。
(……せめて、帰宅した今くらいはしっかりくつろがせてやりたいが……)
目の前の娘は怒っているのか、彼をストーキングしながら上目遣いで彼を睨んでくる。
これにはアルフォンスは戸惑いを深める。
騎士としては立派だが、正直なところ働きづめで、おまけにずっと前妻一筋だった彼は、あまり若い娘の扱いには慣れていない。
どうやら……エミリアの不器用さは、彼からの遺伝もあるようだ。
とはいえ、そんな父の心境などつゆ知らず。
エミリアは、相変わらずの三白眼で父の隙(?)を伺っている。
(……いつだったら、お父様をがっかりさせずにすむのかしら……)
いろいろと、報告しなければならないことがある。
しかし、その多くが不名誉なことであって。エミリアは、なかなか父にそれを切り出すことができない。
(……なんとか……お父様があまりビックリなさらないような……お悲しみにならないようなタイミングを見計らって……)
しかしそんなタイミングなど、あるのだろうか。
どうあったって婚約破棄の件は心配させるだろうし、自分の娘が学園で『ハイトラーの悪役令嬢』とか『ゴロツキ令嬢』なんて蔑称で呼ばれているのだと知れば失望させてしまうはず。
エミリアの表情は、苦悩に歪む。
と、そんな青ざめた娘の表情に、アルフォンスは内心ハラハラしながら問う。
「……バルドハート? 大丈夫か? どうした、そのようにキリキリした顔をして……怒っているのか? それともまた胃でも痛むのか……?」
「う!? いえ? 怒ってなどおりません。それに胃も大丈夫でございます! わたくしめの胃はいつも通り虚弱でございますけれど、念のため朝からおさ湯しか飲んでおりませんゆえ!」
唐突に話しかけられ、つい、余計心配させそうなことが口から景気よく出てしまった。
案の定、父はギョッとした顔をしている。




