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継母グネルの怒号 2

 

「……母よ、齢百四十四にもなって、あまりはしゃがないでください」

「だまれ若造が。はしゃいでおるのは貴様ではないのか⁉ クロクストゥルムに着いて早々、わたしに相談もなく求婚とは……言え、アルフォンス様の大切なバルドハートに、貴様は何をした⁉」


 母の形相は、もはや彼が悪事を働いたと確信しているかのよう。

 これには心外だとグンナール。とっさに、何も悪いことはしていないはずだと反論しようとして──彼は言葉を切り、考える。


「……母上……どうでしょうか、わたしもエミリアに──」


 改めて求婚し、妻にできる可能性はないか、と、尋ねようとした息子を。

 竜態の母は、上から威丈高な顔ですっぱり斬る。


「バルドハートには婚約者がいる」


 憮然と放たれた、衝撃発言。

 もちろんその衝撃を、グンナールはもろに喰らう。


「⁉」


 血の色の瞳は大きく見開かれ、そのまま凍り付く。

 のんびりした彼にしては珍しく眉間には深いしわが刻まれた。

 こわばった身は、硬直し、まるで、この世の終わりを見たような表情だった。


「……、……、……、……婚約……?」

「ええ、そうよ」


 頷く母を見て、グンナールは絶句。


 ……実はこの時。エミリアは、まだ父に婚約解消の件を報告していなかった。

 その手続きは、王都の教会にてすでにドミニクたち一家が強行したが、このクロクストゥルムは王都からはかなり距離がある。噂としても、その情報は未到達だった。

(※本来なら婚約破棄の手続きは、両家が揃っておこなうべきことだが、婚約破棄自体が、大抵両家が揉めたうえで行われることも多く、別々に執り行われることも多々ある)

(※届けられていた婚約の撤回を受理する女神教会としても、神聖な場で、いちいち修羅場を繰り広げられては迷惑であることから、黙認されているもよう)


 当のエミリアも、この不名誉な報告を、どうやって父に切り出そうかと絶賛苦悩中。

 なんといっても今回の帰宅は、父の再婚を祝うもの。

 せっかくのめでたい席で告げる話題としては……それはあまりにも不適切。


 そのようなわけで。

 まだそれを知らされていなかったグネルは、息子に容赦なくその誤報を突き付けた。

 ただし、それは無論、息子への情があってのこと。

 気持ちが盛り上がりきってしまってから知るのでは、遅いと思った。

 それでは息子が余計に傷つくことにもなりかねない。


 そもそも、彼女の息子は惚れっぽいたちではない。

 人族よりもかなり寿命が長い竜人族たる彼女たちは、生き急ぐ必要もなく、あんがいグンナールのように恋愛ごとが後回しになる者も少なくはない。

 グネル自身も、先の夫を亡くして、アルフォンスに出会うまでは、もうずいぶん長いこと誰のことも好きにはならなかった。

 それに息子は、亡き夫から受け継いだ職務を第一に考えていて、常に忙しくも充実した日々を送っている。

 そんな息子を見た彼女の兄などは『さっさと身を固めさせろ』とうるさかったが……グネルは放任。

 竜人族の男として、すでに成人している息子の色恋事になど、首を突っ込みたいとは思わなかった。

 そんなことをしても、絶対にうっとうしがられるだけである。


 ──が。

 しかしながら、こたびはそうも言っていられない。


 けして恋愛ごとに積極的ではない息子が、なぜ、彼女の愛する人の娘を好きになってしまったのかは分からないが……すでにウロコを贈ってしまっているということは、それはかなりの思い入れがあってのことだろう。

 ここは、きちんと状況を分からせておく方がいい。


 母の口からそれを聞かされたグンナールは、愕然とした思いを胸に沈黙。

 彼にとっては、続けざまの二撃目。

 彼女が母の再婚相手の娘であるという事実に続いての衝撃であった。

 とたん彼の瞳に露わになった失意に、母は密かに息を吐く。


「………………相手は……」

「……王都の子爵家の次男とか。同じ学園の生徒らしいぞ。もう付き合いは長いらしい。あきらめなさい」

「………………」


 重く沈黙した息子に、グネルもやはり気持ちは苦い。



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