継母グネルの怒号 1
……牙をむいた母が怖かった。
「……グンナール、貴様……いったい何をした……?」
「………………」
ここはクロクストゥルムの男爵邸の裏庭。
先ほどアルフォンス・レヴィンや、初顔合わせを果たした継子エミリアの前では人態でいた婦人グネルは、いまや見上げるほどに大きな赤竜に。
半開きになった大きな口からは、もうもうとドス黒い煙が吐き出されている。
すでに臨戦態勢で殺気立つ母を前に──……しかしグンナールはそれどころではない。
昨日、一目で虜になった娘が、まさか母の再婚相手の娘だとは思わなかった。
彼女に、妹として『好きになってくれ』と懇願された胸中の複雑さは、言葉をつくしても言い表せないものだった。
頭を抱えて、暗い顔で黙り込んでいる息子に、しかしエミリアの継母となったグネルは鬼の形相である。
「なぜバルドハートが貴様の“血紋ウロコ”を持っておる⁉ まさか……貴様わたしの継子に手を出したのか⁉」
……我が子が“貴様”で、継子が“わたしの”とは恐れ入る。が、まあそこは母らしいと思った。
グネルが言う“血紋ウロコ”とは、その持ち主があえて自ら剥ぎ取り魔力をこめたもののこと。
自然に剥がれ落ちたり、他者に剥ぎ取られたり、死して剥がれ落ちたウロコとは、意味も価値もまったく違う代物。
こめられた魔力は、持ち主に大きな加護を発揮する。ウロコの主が強ければ強いだけその加護はおのずと大きくなる。
それはウロコの主たる竜人族が死しても効果を発揮し、永遠に持ち主を守ることから、彼らの暮らす竜王国では、それを異性に渡すことは愛の告白も同然。
エミリアの父アルフォンスもグネルのウロコを持っている。
と、息子を睨んでいたグネルのドラゴン顔が、はたと緊張する。
「──待って! あの子はその意味を知っているの⁉ そんな素振りはなかったけれど……それに、あの子はたしかお前に『はじめまして』と言っていたわよ⁉」
どういうことだ、説明しろとグネルは苛立ったように長い尾を振って、打ち据えられた地面がドスンと揺れた。
どうにもこの母は竜人族としても激情型。好戦的なことで名の知れた母の怒号に、しかし息子は慣れたもの。
鬼の形相の母を見て日常感をとりもどしたか。多少エミリアとの再会の衝撃から回復したグンナールは、冷静に母を見る。
「……そのような恐ろしい形相をなさって大丈夫ですか? アルフォンス殿に見られても?」
言ってやると、頭に血が上っていたらしい母がハッとしたように見えた。
グネルは慌てたように邸の方を見たが、そこに人影はなかった。母がホッとしたのを見て、グンナールは内心で、よほど惚れ込んでおられるらしいな……と察する。
グネルはグンナールを悔しげに見る。
「っいいからさっさと説明なさい! バルドハートに何をしたの⁉」
「……母上……それです……なぜわたしに彼女の名前をきちんと教えておいてくださらなかった⁉ 彼女の名前は“エミリア”でしょう⁉」
それが事故の元だったと苦情を述べるグンナールに、グネルは冷たい。
「? 何を言っているの? だってアルフォンス様が“バルドハート”と呼んでおいでなのだから、バルドハートよ。エミリアって名前も可愛いけれど」
「母上……」
そこは譲るつもりはないというように、グネルのドラゴン顔がスーンと目を細めてそっぽを向く。
彼女は、ふた月ほど前にアルフォンスに窮地を救われて以来、彼のことを猛烈に熱愛している。
彼の怪我の具合が悪いことを知ると、ほぼ押しかけ女房状態で彼の妻となった。
ゆえに、現在新婚生活満喫中の母は、エミリアの父に夢中。
もはや成人して久しい息子のことなど、彼の前にはどうでもいいようだ。
母の盲目さに、グンナールは思い切り呆れのまなざしである。




