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エミリアの失態 6 


 自分の失態を知り、愕然としたエミリアではあったが──……。

 しかし、男爵領は小さな領である。

 おまけにここにはほとんど他種族はいないようだから、探せばきっとすぐに見つかるというニコラの励ましで、べそかき顔の娘は、なんとか気持ちを持ち直したようだった。


「そ、そうよね……!? じゃあ……わたし、今から外で聞き込みをしてくるわ! お父様には“バルドハート(※エミリア愛称)は、またお腹を壊したからちょっと遅れる”ってごまかしておいて!」


 言った途端すっくと立ちあがり、駆けだそうとしたエミリア。の、後ろ首を、ニコラはがっしりとっ捕まえて、いやいやいやと首を振る。


「!?」

「だめだめだめ! 何を言ってるんですか! お嬢様がそんなことしたら、また具合が悪くなるでしょ! 旦那様だって、新しい奥方様と一緒に、昨晩からもうずっとお嬢様をお待ちなんですよ!?」


 これ以上待たせられないと言うニコラに、エミリアもウッという顔。愛する父を引き合いに出されると、どうにも弱い。


「で、でも……わたしには恩義が……町中で地面に転がっていたわたしを医館まで運んでくださって、あげくに非常識な粗相にも怯まず介抱してくださったお方が、たぶん、『頑張れ、病弱体質に負けるな』というような意味でウロコまで下さったのよ? ね? そうよねパール?」

「コケ!」


 エミリアが同意を求めると、足元のニワトリは、元気よく返事する。

 これには令嬢をとっ捕まえたまま、ニコラは懐疑的な表情。

 本当にそいつを信じて大丈夫か。なんにも考えていないような顔をしているんだが……。

 エミリアは、自信満々の愛鳥を謎に信じているが……そもそもパールは、齢一歳程度の、学園の庭で育った世間知らずの雄鶏である。その情報源は、あまりにも頼りない。

 しかしエミリアは、昨日の己の粗相の後悔もあって、あの竜人族の青年を探したいと嘆く。


「励ましてくださったお礼もまだだったのよ! あれだけお世話になっておいて……そのうえこんな美しいものをいただいて。お礼も言わないなんて……お父様の娘としての名折れだわ! このままではあの方にも、お父様にも領民にも、顔向けできない!」

「でも……」


 それでもヒヨコ顔の婦人がしぶると、エミリアは、表情だけは勇ましく決断。


「わかったわ! じゃあ……ひとまずお父様にご挨拶しにいってから、町であの方を探すことにするわ。ね? それならいいでしょう? お願いよニコラ!」


 懇願してから、エミリアは所在なさげな視線を手にしたウロコに落とす。

 その悲しげな顔には、ニコラも、彼女の生真面目な性格を知っているからこそ弱かった。


「まったくお嬢様ったら……」


 婦人は仕方ない子供を見る目で「分かりました」と、ため息。


「でも、病み上がりのお嬢様は動かないでください。わたしとパールで、クロクストゥルム中の鳥たちに聞き込みしてきます。あの子たちはお嬢様よりも千倍探しものが上手です」


 その言葉に、エミリアはパァッと表情を明るくする。


「そ、そうなの? すごいのね。じゃあ──わたしは野鳥のごはんを準備する? お礼が必要よね? 穀物? ミミズ?」←※虫触れる

「……お嬢様……お礼お礼って……そんな調子じゃお礼地獄に陥りますよ!?」

「!?」

「それより! そろそろ出立しませんと! お邸でアルフォンス様がお待ちですったら!」

「あ……ああ、そうだった……」


 エミリアは、憤慨したニコラに追い立てられて、身支度を再開。

 手に持っていた例のウロコは、ひとまずいつも身に着けているロケットペンダントの中に収めた。

 それは父と母が結婚したときにあつらあえたもので、もとは母の持ち物だった。今はエミリアが引き継ぎ、そこには小さな母の絵姿が収められている。

 竜人族のウロコが力の象徴だというのなら、ぜひお守りにさせてもらおうと思った。

 ペンダントの蓋側にウロコを入れたエミリアは、楕円のロケットの中で、少し色あせてしまった母に微笑みかける。


(……お母様、お父様の再婚を祝福してあげてね)


 きっと母は許してくれるとエミリアは信じた。

 なぜならば、敬愛する父が選んだ母は最高の女性であり、さらに言えば、父が再婚を決めた継母もまた、最高の女性に違いない。母もきっと認めてくれるはず。


(……よし。わたしも、頑張らなければ……これ以上の失態は、犯さない!)

 

 エミリアはペンダントを握りしめ、固く決意。

 頑張って、父の娘として、領主の娘として。天の母に恥じぬよう、新しい継母様にも気に入られるように。ひ弱でも、やれることを全身全霊でやりつくしてやる‼ ──……と。

 また……どうにもこうにもニコラに止められそうな意気込みを一心に誓った、が。


 しかし彼女はこの数時間後。

 野鳥らの助けを借りるまでもなく、念願叶ってあの青年と再会を果たす、が──。


 彼女はその青年を前にしても、彼が昨晩の彼なのだとは……まったくもって。微塵も。ひとっつも──気がつくことは、なかったのである……。

 それは、あまりにも、継母と義理の兄となった彼に気に入られたいがためのことではあったのだが……。


 ある意味これが、彼女の今件一番の、失態だったかも、しれない。



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