エミリアの失態 5 適当パール
「…………ねぇ、パール、これ……なんだと思う?」
「コケ──‼」
翌朝の宿屋の客室で、エミリアがウロコを手に首を傾けている。
訊ねられた雄鶏はそれを見せられると、ちょっと他の客から苦情がきそうなほどに騒ぎ出した。
「!? な、なに!? ちょ、お、落ち着いてパール! ニコラ! ニコラ!」
騒ぎ立てる雄鶏を抱きしめ、エミリアはそばで出立の準備をしている婦人を呼んだ。
「……なんですかお嬢様?」
「わ、分からないわ、パールがなんて言っているか教えてくれない? 昨日のお方からいただいたウロコを見せたら急に……」
「はぁ……」
ニコラの迷惑そうな顔が、興奮したように羽をばたつかせている雄鶏に向く。
昨晩のあれこれがあって、ニコラは朝から若干ご機嫌斜めである。ヒヨコ顔の婦人は、まずため息をついて、ややぞんざいな口調で通訳してくれた。
「……ええと……“力の象徴だ!”……とか騒いでいるみたいです」
「力……の、象徴……? ……これが……?」
エミリアはちょっと目を見開いてウロコを見たが、ニコラはジト目できっぱり。
「よくわかりません。そいつアホだから」
「ちょっと……」
「コケェェェ!」※抗議
「(うるさいな……)なんでも……“竜人族は偉大なる存在だ”とか!、“ウロコを与えられるとはなんたる名誉!”とかほざいてます」
「言い方……」
スンッとした顔で通訳してくれたニコラの言いように、エミリアは三白眼の上の眉尻を思い切り下げている。
……ちなみにだが。
昨日怒り狂って人語を失念していたらしいニコラは、あのあとエミリアが必死に事情を説明すると、ほどなくしてそれを取り戻した。
エミリアは心底思った。もう、ニコラを怒らせるのはやめよう。
ただでさえパールのけたたましい雄たけびだけでも困っているのに、ニコラの激怒声は耳をつんざくようだった。
……鳥類、おそるべし。
恐々と二人(一人と一羽)を見るエミリアは、その種族に改めて畏敬の念を抱く。
まあ、それはともかくとして。
エミリアは、いがみ合っているニコラ達から、ウロコに視線を移す。
ちいさくも力強さを感じるそれを指でつまんで陽の光に透かしてみる。
「……力の……象徴、なの……?」
へぇ、と、エミリアは──……パールに適当なことをふきこまれてしまったエミリアは、素直に感嘆。
感心したようにそれを日に透かしてみたり、裏返してみたり。
「そういえば、いただいたとき、竜の紋様が浮かび上がったのよ。不思議できれいだったわ」
でも、そこに輝いた紋様はすでにない。
それが見えたのはほんの一瞬のことだった。あれはなんだったのだろうとエミリア。
「……でも……このウロコが竜人族の力の象徴なら、それを授けてくださったということは……もしかして……わたしあの方に何かを認められたってこと? 力……猛者だと⁉」
「猛者? それはないでしょう」
嬉しそうに瞳を輝かせたエミリアを、ニコラが即座に斬る。その無碍さはすっぱりとしていて遠慮がないが、それはエミリアも素直に受け止めた。
「まあ……そうよね……」
パールに“力の象徴”だと言われてちょっとその気になったが、エミリアは自分の棒切れのような腕を見て苦笑。
それでもエミリアは、惚れ惚れとウロコを見る。
「でも、そうね……なんだかあのお強そうな方のものだと思うと、なんだかとっても尊いわ! ……美しい……」
手のひらにウロコを乗せ、片手をその下に添え、敬うように恭しく天井に掲げてこうべを垂れる娘に、パールは「コケ!(同意!)」と鳴き、そんな一人と一羽に、ニコラは仕方のない者たちを見るまなざし。
と、そんな婦人が、でも、と、怪訝そうに首をひねった。
「……でも……何かの物語で、竜人族の方がウロコでプロポーズするとかいうお話がありませんでした?」
婦人の言葉に、エミリアは少しだけ恥ずかしそうに小さく噴き出す。
「あら、ふふ、そんなわけないじゃない。だってわたしあの方のお名前すら知らな──…………」
苦笑して、ニコラの言葉を否定しようとして──エミリアは自分の言葉に愕然とする。
唐突に大きく見開かれた瞳に、ニコラもギョッとした。
「ど、どうかなさいましたか⁉」
「!? わた、わたし……あの方のお名前を聞くのを忘れてたわ!? お洋服を弁償しなければいけないのに!?」
「あ──……」
昨日のドタバタで、すっかりそれを失念していたエミリアは痛恨という表情。あとから事情を知ったものの、自分が彼を追い払ったも同然のニコラも、はたと固まる。
場には、やってしまった……という後悔の念が漂って──。
せっかく出かかったウロコの真実は、その空気の中に霧散してしまった。
ただ一羽、何にもわかってない顔のやつがいる。
「コケ?(あれは力の象徴だが?)」




