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エミリアの失態 3 再会への熱望

 


(……いいなぁ……それに比べてわたしは……)


 吐き気にすら打ち勝てず。自力では医館にすらたどり着けず。父の領地に到着そうそうに、領民たちの前で盛大なる粗相……。


(……なんという失態なの──……)


 思い出すたび、自分にがっかりしてしまう。

 もし領民たちが、こんな貧弱な者が領主の一人娘だなんて知ったら、彼らはきっと領地の先行きがとても心配になってしまうに違いない。

 それは、領民たちにも、領主である父にも、とても申し訳ない。


(こんな情けない話を手土産に帰省する娘なんて……継母様の前で、お父様に恥をかかせてしまうのでは!?)


 つい、頭を抱えて苦悩していると。ふいに、そばでふわりと清々しい香りが香った。


「?」


 気がつくと、顔のすぐ近くに竜人族の青年の顔。


「どうされた? まだ気分がお悪いか?」


 心配そうな目に覗き込まれ、エミリアはすこしドキリとした。


(はぁ……まぁ……なんて端正なお顔立ち……)


 鼻筋がとおり、彫りが深い。瞳は大きく顔立ちがくっきりしている。

 それは人族と同じような顔の造りではあるものの、やはりどことなく特別な美しさがあった。

 エミリアには竜人族の年齢はよくわからないが、人族の見た目で言うと、二十代後半といったところか。

 でも、噂によると竜人族はとても長寿らしい。エミリアには彼の年齢の正確なところはよくわからなかった。

 大きな身体にはとても風格があるし、とても強そうに見える。でも、よく見ると瞳はどこか優しげで、精悍な顔の中にも柔和さが垣間見えた。

 しかし……その柔和さを打ち消すのが、なんといっても、彼の黒髪の間から突き出た二本のツノ。

 らせんを巻きながら直状に伸びた黒いツノは、なんともいえないいかめしさ。

 瞳の色も人族ではあまり見られない赤黒で、血の色のようだった。

 この迫力では、人族の子供が怯えても仕方がないような気もするが……。

 今彼を間近に見るエミリアの目には、それがなんとも神秘的に映った。

 彼の瞳からそそがれる視線は、何かを訴えてくるように熱心に見えて。

 親切心なのだろうが、あまり接近されると、少し緊張するなとエミリアは落ち着かない。

 

(これは……この気迫は間違いなく強者。弟子になりたい……ああ、でもきっと駄目ね。竜人族の方々と、わたしとでは素材が違うもの……。この方を師として仰ぐには、わたしはひ弱すぎる……しごかれたらきっと一日と言わず、一瞬もたないわね……)


 そうでなければぜひ師事したいのにと、エミリア。

 彼女は、毎日ニコラに見つからないよう棒切れを剣に見立てて素振りするのが日課。だが、それが三十回と続いたことはない。悲しいかな、体力がもたないのである。

 でもきっと、今彼女の目の前にいる御仁は、百回でも二百回でも、もしかしたら千回でも二千でもそれを振れるに違いない、と、想像すると。エミリアの心の中には彼に対するあこがれと尊敬の念が生まれる。

 と、同時に、どうあってもこの屈強さには及ばぬのだと思うと、なんだか気が落ち込んだ。

 エミリア、ため息。


「……わたしは……わたしの道を行くしかないわ……」

「? ? ど、どうされた?」


 自分を見てなぜか嘆くエミリアに、グンナールが心配そうである。



 自分の顔をじっと見つめてくる娘に、一瞬胸の高鳴りを覚えたグンナール。しかしその直後、彼女はなぜか、諦めたようなため息を長々と吐いた。

 渋い顔の娘に、グンナールは自分が何かまずいことでもしただろうかと不安になる。

 彼としては、ぜひともここで彼女との縁を繋ぐ何かを得ておきたい。いや、彼女が言ったような、弁償だの礼だのはいらないが、このままここで別れるのはあまりに口惜しい。


(何か手だては……いっそ、もう一度お会いしたいと申し入れるべきか? いや、それはいくらなんでも性急すぎて怪しいのか……?)


 グンナールは迷った。一期一会という状況で、一目惚れを経験した者が当然陥るだろう不安『もう会えなくなるのではないか?』という問題に、彼もぶち当たっていた。


「エミリア嬢、あの……」


 と、そのときであった。


「お嬢様!」


 病室に、突然何者かが飛び込んできた。



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