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男爵領クロクストゥルム 8


 エミリアとグンナール。二人の間に穏やかな空気が流れると、彼女の影にいた子供が恐る恐る顔を出す。

 エミリアにうながされた彼は、励まされたように立ち上がって、もじもじとしながらも、か細い声で「ごめんなさい……」とつぶやいた。


 その小さな勇気が、なんとも嬉しくて。

 グンナールは思わず破顔。


「よく言えたな」


 微笑んだ彼は、少年の頭にそっと手のひらをのせる。爪が少年を傷つけないよう気遣う動きは少しだけぎこちなかったが、しぐさは優しかった。

 頭をなでられながら褒められた少年は、はじめはとてもビックリしたようだったが、グンナールの笑みを見てほっとした様子。

 まわりの者たちも、グンナールの穏やかな喜色を見て顔を見合わせている。

 言葉少なながらも、竜人族の青年が、どうやら心から少年を称賛しているのだとわかると、皆、徐々に警戒を解いていった。

 剣呑だった場の空気はやわらぎ、まわりの者たちは勇気を出した少年を祝福するように手を叩く。

 これにはグンナールもすこし驚いた。


 人族たちの敵意を見た時は、しかしそれも仕方のないことだとどこかで諦めがあった。

 両種族は、あまりにも違う。

 屈強さと強大な魔力を持つ存在は、それを持たない者にとっては脅威である。

 彼らが自分を恐れるのも、仕方のないことであった。


 しかし、今、先ほどまで彼に怯えて泣いていた少年は、彼の賛辞にうれしそうに笑っている。

 まわりからも敵意は消え、人族たちの顔はほほえましそうに彼らを見ていた。

 夜の町に人々の笑顔が広がっていくさまに、グンナールは驚嘆する。


(こうして受け入れられることもあるのだな……)


 強靭な身体の奥で、心がしみじみと温かくなった。



 少年は、可愛らしい手を彼らに振りながら、家に帰っていった。どうやら近隣に住む子供だったらしい。

 そんな少年に手を振り返してやりながら、グンナールの心はすがすがしい。

 融和の空気が心地よく、まわりはもうすでに彼に警戒を抱くこともなく、往来の流れはゆるやかだった。

 グンナールは、礼を述べなければと思った。

 この流れを作ってくれたのは、確実に先ほどの娘。彼女には、ぜひ感謝を伝えなければならない。


「ありがとう、君──……」


 と、彼が振り返った瞬間。

 グンナールの赤黒い瞳が、零れ落ちそうなほどギョッとする。


「い、いかがなさった人族の娘よ⁉」


 慌てた彼の背後で、彼女は天を仰いで地面に転がっていた。

 げっそり真っ青な顔で、祈るように手を組んだ彼女の周りには、心配そうにのぞきこむ領民たちの姿。

 まるで臨終をみとるような絵面にグンナールは仰天。慌ててその傍らにひざまずくと、彼女は先ほどの勇ましさが嘘のような燃え尽きたような顔でつぶやく。


「──申し訳……ありません……限界、です……」

「⁉」

「ぅぉえ……」



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