男爵領クロクストゥルム 7
人々に注目されながら、グンナールは不思議な心地を感じていた。
彼女が“きれい”と自分を評したときは驚いたが、それが彼の外見的には明らかに目立つ箇所──ツノや血のような色の瞳や、顔立ちなどではなく、彼自身が築き上げたもの、肉体や精神であったことがとても意外で、嬉しくもあった。
と、少年をなぐさめていた娘がグンナールを見る。すると、彼女にすがりついたままの少年も、つられたようにおそるおそる彼を見た。
「──でも。もちろん竜人族にも人族にも悪い人はいる。だから、もしあの御仁が君に何かしたのなら、わたしが文句言ってあげる」
たぶん、このときのエミリアは、領主の娘としての責任感が胸にあったのだろう。
雄々しく胸の前で拳を握る顔は強気だが──ただ、なにせ顔色が悪すぎる。
どうやら少年もそのことには気がついたようで、幼いながらになんだか微妙そうな表情に。
え、おねえさん、『我、悪人、喜んでとらえる』……みたいな顔してますけれども。見るからに、実力が備わっていませんけど……的な、もやもやしたなんとも言えない空気が辺りをいっぱいに満たしていた。
しかし、そんな人々の気持ちには気づいているのかいないのか。
いかにも弱そうな娘の意気は少しも下がらない。
勇ましい顔をしていた彼女は、ふいに口の端を持ち上げて、握りしめていた拳をそっとほどく。
手のひらを天に向けて……。それはまるで、その拳に握っていた敵意を空に向けて綿毛のように放っているようにも見えた。
その瞬間に、彼女の顔にほろりと現れた笑顔に、グンナールはとても惹きつけられた。
「でも──そうじゃないのなら、怖がらないで、大丈夫」
彼女は、ゆっくり、噛んで含めるように少年にそう言って。もしかして……と、視線を地面に向けた。
そこに散らばっている菓子と、続けてグンナールを見てから少年に訊ねた。
「もしかしてだけど……君、あの方にぶつかっちゃったんじゃない?」
一瞬、すっかりエミリアに見とれていたグンナールは、彼女の言葉ではたと現実に引き戻される。
そういえば、この騒動の始まりはそのようなことだった。
彼女の視線に導かれて自身を見下ろすと、彼のズボンのある一点に、茶色の菓子クズがたくさんついている。(※今やっと気がついた)
そこはまさに、先ほど前方から走って来た子供が衝突してきた場所。
しかし、ぶつかったはいいが、グンナールの体幹があまりにしっかりしすぎていて、幼い彼は弾き飛ばされて、現在へたりこんでいる場所まで転がっていってしまったのである。
その汚れや地面の菓子を見て、彼女はだいたいの事情を察したらしい。
少年が怯えたように再び頷いたのを見た彼女は、彼を諭す。
「ね、わたしと一緒にごめんなさいしようか。きっと許して下さるわ」
そうですよね? と、視線を向けられたグンナール。
彼女の目は、言外に(寛大な処置を請う)と言っていた。
そんな彼女を、グンナールは改めて見つめる。
そうすると、やはりその双眸には吸い込まれそうな引力を感じた。
ミントグリーンの瞳が、なぜかとても特別な色に見えて。鼓動が躍り、翼で高く空を飛んだ時のような……いや、それよりももっとずっとフワフワとした浮遊感が彼の心をくすぐった。
グンナールはふかぶかとため息。なんだかとても恥ずかしかった。
どうにも彼女の視線には、無条件に従ってしまいそうな自分がいる。
つい、言われるままに頷いてしまいそうだが……今はきっと、そういう場面ではないだろう。
ここは、大人として、子供の怯えをとりのぞいてやらねばならなかった。
グンナールは、数歩前に進み、少年とエミリアに近づくと、大きな身をかがめ、地面に片膝をついた。
視線が近くなると、少年は少し驚いた顔をしてやはり娘の影にすこし隠れる。
遠巻きの観衆らにも緊張が広がるが……。
けれども、やはり娘は恐れを見せなかった。
その不動さが嬉しくて、ついグンナールの目元がやわらぐ。
微笑んだ彼が、彼女のミントグリーンの瞳に向かって大きく頷くと、その目は嬉しそうに細くなった。
──このときエミリアは、ふと、あら? と、気づく。
(……わたし……笑えているわ……)
最近は、父のこと以外では少しも頬が持ち上がらなかったのに。
無理に持ち上げようとすると、顔が引きつったみたいになって、つらかったのに。
でも今は、何故か頬が自然ともちあがった。
なんだかそれが、とても不思議だった。
お読みいただきありがとうございます。
投稿し始めて一週間くらいたったかな?と思っていたら、明日で二週間でした笑
まだしばらくは連投していこうと思っておりますので、ブクマや評価等で応援していただけると嬉しいです!




