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男爵領クロクストゥルム 6

 

 エミリアは武人のまなざしで、毅然と背筋を伸ばし少年を見ている。

 ……誰にも分からなかったかもしれないが……これは彼女が『領主の娘らしくふるまわなければ』と気負う気持ちの表れだった。(※ただし、まだなり立てのため、若干軍部の上下関係と勘違いしている節あり)

 エミリアは不器用さ全快で少年を諭す。


「恐れは時に、真実とは違うものを我々に見せます」

「ぅ? ……う、うん……?」


 その教師のような物言いに押され、少年が戸惑いながらも頷く。

 なんだかちょっと意味が分からなくて、逆に恐怖が薄れたらしい。

 そんな少年を、エミリアは「よくご覧なさい」と、しめやかにうながす。

 すると幼い視線がおずおずとグンナールに向かい、おのずとまわりにいた観衆たちの視線も、つられたように彼のもとに集まった。

 人々は、なぜかエミリアの持つ空気にのまれたようで……。


「………………」


 数多の視線にしげしげと注視されたグンナールは、戸惑いのまなざしで眉を持ち上げた。

 いや、注目されるのは平気だ。

 しかし、真正面からじっと自分を見据えてくるミントグリーンの瞳と目が合うと。その熱心すぎる視線を見ていると。

 グンナールはどうしても顔に熱が集まってくるようで。つい、目を逸らしたくなった。

 誰かの視線から逃げたくなるなど、彼にとってははじめてのことだった。



 ……そんな彼の戸惑いなどつゆ知らず。

 三白眼エミリアは、目の前の竜人族青年を、よくよく観察。

 ここは、子供を落ち着かせるための材料が、なんとしても欲しかった。

 クロクストゥルムは、彼女の父が治める領地。彼らは父の領民なのである。娘としては、いさかいは見逃せない。

 ただ、三白眼をかっぴらいて凝視されるほうのグンナールはたまったものではない。

 と、エミリアが少年に続けて聞かせる。


「ほら、お顔をよく見て? あの方は全然怖い顔はしておられません。怒ったニワトリよりも、ずっと穏やかなお顔をなさっています。むしろきれいというべきでしょう」

「……」


 その評価にはグンナールは沈黙。きれいと言われたのは喜ばしいが……怒ったニワトリより穏やかな顔ってなんだろう。

 もちろんエミリアの隣では少年も微妙そうな顔だった。が、彼女はかまわず(気がつかず)続ける。


「お身体がとても鍛えられていて、日焼けされていらっしゃるわね? きっと武芸に励んでおられるのでしょう」


 言いながら、エミリアはひそかに心の底からの羨望を感じた。

 自分は鍛えたくとも、微塵もうまくいかない虚弱体質。

 目の前の青年の立派な体躯が、一朝一夕で出来上がるものではないことは、悲しいほどによく分かる。

 エミリアは、心の中でさめざめと己の情けなさを嘆きながら、表面上はキリリとした顔。 


「そういう勤勉な方は、同時に精神も鍛えられておいででしょう。きっと寛大なお心をお持ちのはずよ」


 ……まあ、それはある意味彼女の、目の前の彼に対する希望だ。

 竜人族云々という前に、大人として、子供に対し、そうであってほしいと。暗にそう伝えたかった。

 そして彼女は続けて、うっすらと微笑む。そのまなざしは、少しぎこちなかったが優しかった。


「他の種族の方たちをむやみに怖がらなくても大丈夫。この辺りでは珍しいけど、世界には、あの方のような人もたくさんいるの。わたしのお世話をしてくれる女性も、かわいい鳥の顔をしているわ」


 彼女がよしよしと頭をなでると、少年は彼女の顔をおずおずと見上げる。

 その視線を受けて、エミリアは少し目元をやわらげてみた。しばらく笑うことを忘れていた目元が少し動かしにくいような気はしたけれど。それでもなんとか思い切って頬を引き上げてみると、その顔を見た少年が、少しホッとしたような顔。

 彼の表情から少し硬さが取れたのを見て、エミリアのほうでも大いにホッとした。


「……なんでもないことなのよ。わたしと君も違う顔だし、髪色も、声だって違うでしょう? それとおんなじ。怖がることないわ、ちょっと尖ってるだけよ、あれ」


『あれ』と、軽く指差されたのは、グンナールのツノである。

 これには彼も、内心で噴出す。

 竜人族の、いかめしいツノを捕まえて、『あれ、ちょっと尖ってる』とは。

 見た目に反し、なんとも豪胆な娘だと、非常におかしかった。



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