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男爵領クロクストゥルム 5

 

 久しぶり過ぎてひきつりそうな頬を何とか持ち上げると、少年はそんな彼女の顔色をうかがうような顔でやっと、こわい、と、か細く漏らした。

 その気弱な視線は、エミリアではない別の人物に向けらえている。


「怖、い……? ……ああ……もしかして、あの方が竜人族の方だから?」


 グンナールは、このはっきりとした物言いに、ついくすりと笑う。

 他種族同士には、どうしても無理解や軋轢が生じやすい。

 しかし、臆することなくそれをはっきりと口にした彼女には、それらは感じられなかった。

 彼女の中には彼に対する怯えがない。それが感じられて、グンナールはなんとなく嬉しい。


 けれども彼女に訊ねられた少年のほうは、やはり怯えた顔をする。

 王都で育ったエミリアとは違い、この周辺には他種族が少ない。

 周囲からも、そんなことをはっきり言って大丈夫なのかと、不安そうな空気が感じられた。

 怖いなんて言って、グンナールが怒り出さないかと心配しているらしい。

 それも仕方ないかもしれない。

 大柄なグンナールに比べ、彼女はほっそりと小柄。その姿はまるでドラゴンの前の仔ウサギ。

 怯える少年にとっても、頼りにしていい相手とはとうてい思えなかったのだろう。

 彼は彼女の言葉に頷くこともできず、グンナールの視界から消えようとするようにエミリアの影に隠れてしまう。

 そんな子供には、グンナールは心底困ったが、娘のほうはと言えば、あららと眉を持ち上げて、少年の小さな背に手を添えた。



 正直なところ、エミリアには、少年の怯えがよくわからなかった。

 きっと、幼少期から間近にヒヨコ顔の婦人がいたせいもある。

 竜人族の青年をこんなに近くで見たのは初めてだったが……。


(……ツノなんて、ヤギや羊顔の獣人族の頭にもあるし、なんなら、パールのクチバシのほうが絶対鋭い気がするんだけど……?)


 エミリアの頭の中には、愛鳥パール。

 身体はちいさくても、雄鶏が本気でクチバシで噛んでくると、侮るなかれ、あれは流血ものの威力があるのだ。(※あと、跳び蹴りもかなり痛い)

 パールに何度も噛まれたことのあるエミリアは、その時の愛鳥の狂暴な顔を思い出しながら、今そこで困った様子で立ち尽くしている竜人族の青年と見比べた。


「…………」


 じっと見つめると、青年はなんだか緊張したような顔で彼女を見返してはきたが、どう見ても、威嚇されている感じではない。(※反抗期のパールと比べると)


(……臨戦態勢ではいらっしゃらないし、興奮しておいでというふうでもないわ……)


 うん、と、エミリア。……いや、雄鶏と比べてそれを判断するのはどうかと思うが。

 ともあれ、


「──なるほど」


 まずは頷いてから。エミリアは続けて少年を見つめ、その両肩をつかんだ。


「しかし臆することなかれ、少年よ」


 それは……若干唐突に思える慇懃さ。

 いきなり真面目な顔で、ガッシリ両手を肩に置かれた少年は、ちょっとびっくりしたようす。

 同じく、なぜか急に堅苦しい口調で少年に語りかけはじめた娘を見たグンナールも、まわりも、一瞬(ん?)という表情。緊張に満ちていた往来に、一筋、微妙な空気が発生する。


 悲しいかな、エミリアも、あまり子供の扱いには慣れていないのである。



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