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男爵領クロクストゥルム 4

 

 子供を見ていたグンナールは、傍らで上がった不穏なえづき声にキョトンとする。


「ん?」


 と、いつの間にやってきたのか、彼のそばを白銀色の誰かがすりぬけていった。

 その誰かは、彼の前で泣く子供に駆け寄って、幼い顔をのぞきこんでいる。往来にしゃがみこんだ後ろ姿は細く、グンナールの目には、泣いている子供とさほど変わらぬように見えた。


(……子供? ……と、いうわけでもなさそうか……)


 嗅覚や魔力をとらえる感覚に優れる彼は、少しホッとする。たった一人の人族の子供の扱いにすら戸惑っているところに、また新たな子供が増えてしまったら、もっと対処に困ってしまうところだった。


「少年、どうしたの? なぜ泣いているの……?」


 どこか弱々しさを感じる口調に、おやと思う。

 しかし、彼女に尋ねられた子供は怯えきっているのか返事をしない。

 ただ震える指先が持ち上げられて、その先がグンナールを指さす。

 すると、幼い指先に導かれるように、白銀色の頭がうしろを振り返った。


 ──この瞬間の、鮮烈さは、この先ずっと彼の心の中に残り続けることとなる。


 振り返った人族の娘。

 その白い顔が見えた瞬間、グンナールは、何かに身を貫かれたような気がして硬直した。

 少年の示したものを探すような瞳は、淡く輝くミントグリーン。

 白銀の髪に色白の肌。身にまとった柔らかな色のグレーのワンピースは品がよく、首元にはグレーと、瞳と同じミントグリーンのボーダーリボンが結ばれていた。

 優しい色合いに反し、挑んでくるような強さを感じる三白眼は、一瞬怪訝そうに彼の腹あたり見る。

 なぜそんなところを見ているのかは分からなかったが……。

 そんな彼女の姿だけが、周りの景色からくっきりと浮き上がって見えた。

 この不可解さには、グンナールは戸惑って、思わず自分の目をこすってみる。

 しかし改めて彼女を凝視しても、その輝きは変わらない。

 それどころか、見れば見るほど輝きは増していくようだった。

 ふわふわと切り揃えられた前髪の下には、意志の硬そうな眉。その下に並ぶ尖った三白眼も、すっきりした輪郭も、引き結ばれた唇も、耳にかけられた髪の一筋すらも、なぜか彼を強く引き付けた。


「!? !?」


 グンナールの肋骨の内側では、何かが急激にうごめきはじめていた。身を揺らすほどの振動に呆然としている彼を、三白眼の主は臆することなく見上げる。

 その視線と目が合ったとき、彼の鋭いツノの先端から足先までを、ある確信が雷のように走り抜けていった。


「──……」


 この思いがけない感情に、グンナールは唖然。

 まるで、一目でどこか未知の場所に、心が連れ去られてしまったかのようだった。

 彼女に向かって引き込まれていくような突然の激情に、彼はしばし身動きすらも忘れる。

 そうしてグンナールが衝撃に凍り付いていた頃。そんな彼をやっと認識したらしい娘は、表情に驚きを乗せる。

 しかし、どうやらそれは、竜人族に対する恐怖というよりも、純粋な驚きのようだった。

 彼女が振り返ったときに、一瞬見当違いに低い位置をさまよっていた視線から察するに──どうやら、あまりに身長差がありすぎて、グンナールは彼女の視界に入っていなかったらしい。

 彼女のギョッとした瞳には、(あ、あら、こんな大きな人がいたのね、気づかなかったわ……)と、オロつくような様子が見て取れて、そんな小さなうろたえすらもがなんだか愛らしく感じて。グンナールは、つい唸る。

 自分は、いったいどうしてしまったのか。


 と、そんな彼の苦悩をよそに、彼女の怪訝そうな視線は彼に注がれ続けている。

 その視線は、当然彼の頭のツノにも触れていったが、しかしミントグリーンの三白眼は、ただただ不可解そうなだけで、まわりを遠巻きにしている町民たちのような恐れは、そこには一切浮かばなかった。

 彼女は一通り彼を眺めて、すぐに泣きじゃくっている少年のほうへ視線を戻してしまう。

 ……グンナールは、なんとなくそれがとても惜しかった。


「? 少年、あの方に何かされたの……?」


 彼女はグンナールを指さした少年に訊ねる。

 でも、少年はやはりびくびくとして、かすかに首を横に振るだけ。どうやら彼は、急に近づいてきた見知らぬ彼女にも、相当驚いたようだった。

 潤んだ瞳が、自分にも怯えを見せたのを察し、さすがの娘──エミリアも、ハッとした様子。


(しまった……もしかして、わたし、怖い顔してた……?)


 エミリアは、最近の自分の尖った顔を自覚している。

 だって、あれからずっと笑えないのだ。

 父の再婚だけが唯一の関心ごとで、それは死ぬほど楽しみだが、他人に対しては、ずっと心はすさんだままだった。


 とはいえ、幼い子供が自分を怖がっているのを見てしまっては。

 エミリアは、とっさに自分の眉間に出来ていたしわを伸ばすように指でさすり、改めて少年に頬を持ち上げる。

 人族は嫌いだが、子供にまでグレた自分を露わにするのは間違っている。

 正直上手く笑えている気は全然しなかったが、きっとしかめっ面よりはマシだろう。


「人相が悪くてごめんなさいね。お姉さん今ちょっと吐きそうなのよ(※これもある意味問題発言)。……ええと、それであの方がどうしたの?」


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