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男爵領クロクストゥルム 1

 

 それからエミリアは、すぐに学園に申請して休暇をとり、実家に帰ることにした。(お小遣いの件は、手持ちの書籍を古書店に売って都合した)


 こんなときに学園を離れれば、きっとドミニクやミンディたちに逃げたと思われるだろうと少し憂鬱もあったが……父の一大事には、そんなことを言っていられない。

 手紙によれば、エミリアが戻ってくるのなら、数日後に家族だけで小さな式をとりおこなうとあった。

 敬愛する父が花婿衣装を着るのかと思うと。その隣に、まだ見ぬ女性が美しい花嫁衣裳を着て寄り添ってくれるのかと思うと──エミリアはときめきすぎて、萌えすぎて、苦手な馬車での長旅もみじんも苦痛ではなかった。


「ああああっ! 楽しみ過ぎて吐きそうっ!」

「お嬢様……多分それ、乗り物酔い……」

「ああああああ!」

「……で、パールもつれていくんですねぇ……」


 揺れる車内で、延々青い顔で悶えている娘にニコラはもはや諦め顔。

 こう興奮していては、ただでさえ乗り物に弱い令嬢が心配だが、どうにもこうにもエミリアは落ち着いてくれない。

 ただ、気になるのは令嬢の膝の上にいる雄鶏。

 当然という顔でそこに鎮座する気の強そうな生物を見て、ニコラは若干イラっとした。

 どうにも彼女からすると、このニワトリをドミニクに押し付けられたという事実が忘れられない。

 しかしエミリアは、しかっと彼を抱きしめる。


「だってこの子も家族なのよ。いなくちゃ式も挙げられないわ」


 ……果たして……本当にそうだろうか……? と、ニコラは懐疑的なまなざし。そんな彼女を、パールは太々しい顔で睨む。

 ──実は、同じ鳥類(?)のニコラには、パールの言いたいことがなんとなくわかる。


「コケ! コケェエェッ!(俺サマ抜キナドアリエン! オ前ダマレ!)」

「……、……、……お嬢様、やっぱりこいつ野生に返しません?」

「? なんで? ダメよ?」


 ……エミリアには、この二人が仲が悪い理由がいまいちわからなかった。



 久々に訪れた父の領地クロクストゥルムは、王都の西の山間部にある自然豊かな少領地。

 人口はそう多くはなく、典型的な田舎町といった地域。

 丘に囲まれた谷間を埋めるように、木製の家が立ち並ぶ可愛らしい集落で、町中を静かに流れる細流マール川がエミリアのお気に入りだ。

 ただ、ここは王都から離れた山間部とあって、あまり便利がいい土地ではない。そのためほとんど外部の人間は訪れない。

 出入りするのは、ここで作られる織物や名産品目当ての商人くらい。

 それでも町はそこそこ栄えていて、町中にはにぎやかな市場もあった。

 市場のそばには古い女神教会があり、教会前にある小さな広場がこの町の中心。

 王都の学園付近の街と比べると、とても小さな小さな町だが、静けさの中に活気も感じられるクロクストゥルムはエミリアには心地よかった。


 ただ、と、エミリアは、車窓に顔を半分隠して町を不安げに眺める。

 ここは、色んな種族のるつぼだった王都とは違い、人族ばかりが集まっている。その光景が……ほんの少しだけエミリアの胸に刺さったトゲを疼かせていた。


 それと、困ったことはもう一つ。

 エミリアの父が暮らす男爵邸は、町を見下ろす丘の上。

 そこまでは、城壁門をくぐり、町中の石畳の道を進み、さらに坂道を馬車で登っていかねばならぬのだが……。

 これが体力のないエミリアにはなかなかきつい。

 邸までは緩やかとはいえ坂道。

 日暮れ頃。やっとの思いで男爵領にたどり着いたエミリアは、城壁門あたりで音を上げた。


「……ごめんなさい……ちょっと……もう限界かも……」


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