父の手紙 2
「お、お父様が──さ……再婚なさるんですって……!」
「え…………?」
悲鳴のような言葉には、ニコラも絶句。
しかし鳥顔の婦人は、すぐに心配そうな顔になる。
この急な報せに、令嬢がどんな反応をするのかが不安だった。
つい十日ほど前、彼女は婚約者に捨てられたばかりなのである。
敬愛する父の再婚は、彼女を傷つけてしまうのではないかと──案じたが……。
手紙を凝視して固まっていた娘は、彼女にすがるような目。
「ど、どうしようニコラ!」
「え? ええ? どうなさ──お嬢様?」
取り乱した様子で叫んだ娘は、直後、自分の勉強机にとびついて引き出しを開けた。
いったい何を一生懸命探しているのかと思ったら……取り出されたのは、彼女の財布。中身を見たエミリアは絶望のまなざしで天井を仰ぐ。
「お、お小遣いがない──……」
チーンと灰になってしまったかのように消沈する娘に、ニコラは怪訝。
「え……お、お小遣い……? そ、そりゃあお嬢様、あなた本を買いあさりすぎなんです、よ……?」
「お父様と新しい継母様に結婚のお祝いが買えない……」
どうしようと真っ青になって泣き始めた娘の顔があまりに悲壮で、ニコラは困惑。
「……お嬢様、あの……」
「ひどいわお父様! なんでこんな急なの⁉ せめて、いい人がいるなら、予告してくれなくちゃ! なんにも用意できないじゃない!」
「…………」
現在怪我で療養中のエミリアの父は、もとは王国親衛騎士を務めていた。
しかし先出のとおり、彼はふた月ほど前に大怪我を負った。
隣国の竜王へ、国王の重要な親書を届ける一団の護衛長を任されて隣国へ出向いたさなか、隣国国民が賊に襲われている場面に出くわし、救助ののち、負傷した。
彼は王国騎士団のなかでも一二を争う剣の使い手だったが、賊は竜人族の集団。
数の力で押され、その爪でえぐられた傷は深く、命こそ落とさなかったものの、もう現場で剣を握るのは無理だと診断された。
そうしてエミリアの父アルフォンス・レヴィンは職を辞することになった。
その後、彼は永く国王に仕えた功労と、隣国国民を守った功績を称えられ、男爵位と田舎に小領を授けられ今はそちらでひっそりと暮らしている。
国王には、政務官として宮廷に残ってはと慰留もされたそうだが、根っからの武人であるアルフォンスはそれを辞退した。
エミリアは、その知らせを聞いた当時は実は少しホッとしたのだ。
自分を育てるためにずっと働きづめだった父。
父は国王に硬い忠誠を誓っていて、怪我をしてもなお国王のもとに残って働くと言い出しやしないか、無理をするのではないかととても心配していたのだ。
そんな父が田舎にひっこみ、ゆっくり療養してくれると言った時は、本当に安堵したものだった。
……ただ。
騎士として誇り高くあった父には、職を離れたことはやはり精神的な負担になっていると思う。
だからこそ、そこへ彼を愛し、支えてくれる存在が現れたことは、娘としてはとてもうれしい。
ヤキモチなんか、絶対に焼きません、と、エミリアは天に誓う。
ぜひ、自分もその女性に気に入られなければと、とても張り切った。
最近のごたごたのせいで他人は嫌いだが、父の結婚相手となれば話は別だ。
エミリアは父からの手紙を胸にかき抱き、キラキラした目で決意。
「っステキ! ぜひ継母様に気に入っていただかなければ!」
「……(大丈夫かなぁ)……お嬢様、お小遣いの件は?」
「あああああ⁉」※絶望




