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父の手紙

 

 それからのエミリアの生活は、非常に寂しいものだった。

 悪評のせいか、まわりにはほとんど誰も近寄ってこない。

 ちらほらと話しかけてくれる者もいたが、エミリアは、あれ以来、どうしても他人に警戒心を抱いてしまう。

 また裏切られるのではないか。この人も何か思惑があって近づいてきているのではないか。

 そんなふうに、三白眼で緊張した顔ばかりしていると、そのうち人はよってこなくなった。

 今では、教室でも、廊下でも、彼女を見かけた多くの学生が顔を突き合わせてひそひそ話。

 くすくすと嫌な忍び笑いも聞こえてくる。

 もちろんそうではない生徒たちもいたが、彼らも今はエミリアを遠巻きにしている。

 それが、見て見ぬふりなのか、今はそっとしておいてくれているということなのかは分からない。

 ただ、彼らの行動はエミリアにもよく分かった。

 彼女たちの学年は、今年が学園生活最後の年。

 将来を決める大切なこの年に、おかしなことに巻き込まれてはいられないということなのだろう。

 そんな生徒たちには、エミリアはとても申し訳なく思っていたが、その気持ちは伝えられないままだった。

 日々はストレスフルで、悔しさは積み重なっていく。

 どんなに彼女が一生懸命耳をふさいでも、悪意というものは少しずつ心を削っていく。


 最悪なのは、ドミニクやミンディと顔を合わせてしまったとき。

 二人とも同じ学年なのだから、当然授業では顔を合わせることになる。

 彼女にあんなに熱心に愛をささやいていたはずのドミニクは、敵を見る目でエミリアを見たし、ミンディはもっとひどい。

 二人だけで出会ってしまった時が、これまた最悪。

 元親友は、勝ち誇った顔でエミリアの現状を笑い、聞いてもいないのにドミニクがいかに自分に夢中かを自慢した。


『あなたったら、成績はいいのに本当に愚鈍ねぇ、わたしが初めからドミニクが好きであなたたちに近寄ったことに気がつきもしなかったんでしょう? わたし、あなたのこと大っ嫌いだったのよ?』

『ドミニクはね、最初はあなたに夢中だったけど、年々飽きていったのね。だぁってあなたったら、ずうっと子供みたいな体型で、ぜんぜん色香がないんだもの』


 それに比べてわたしは……と、嬉しそうに身をくねらせるミンディに、エミリアは心底うんざりした。

 すっかりやさぐれて、三白眼気味で他者を睨むような顔が定着してしまったエミリアは、ミンディに絡まれると余計に、顔面のガラが悪くなった。


 しかし、挑発的な発言を繰り返すミンディが、彼女を傷つけ、逆上させることを狙っているのだとはなんとなくわかった。

 その証拠に、ミンディは、人がいる場所で出会うと急に怯えた顔になって、『やめてエミリア!』『どうしてそんなひどいことを言うの⁉』──と、こうくる。

 シクシク泣く彼女を見て、まわりはいっそう「エミリア悪女説」を信じたようだったし、ドミニクの彼女に対する嫌悪もひどくなっていった。

 きっとミンディは彼女を学園から追い出したいのだろう。


 悔しくはあった。

 でもそれ以上にむなしかった。

 過去には確かに、彼女たちと仲良く過ごした時間があったのだ。

 それなのに、『その頃からずっと嫌いだった』なんて言葉を投げられれば、若い心はどうあったって傷ついた。

 楽しげに過ごしている二人を見ると、そこから排除された自分が浮き彫りになるようで。いらないと言われているような気がしてつらかった。


 それでもエミリアは、このどうしようもない状況を、父を想ってやり過ごす。

 何が悪かったのだろうか、なんてことをうじうじ考えても、もう過去には戻りようがない。

 ミンディの言うとおり、もし今の自分に価値がないとしても、父のような素晴らしい人を目標として進むかぎり、この先にはきっと価値が生まれるのだと信じて自分を奮い立たせた。


 エミリアと父は、父一人子一人。

 母は宮廷魔術師だったらしいが、早くに亡くなってしまった。

 親子二人きりになってしまってからは、王国の親衛騎士として忙しい父は、人を雇ってエミリアを育てた。

 職務が立て込んでくると、父とはなかなか会えず寂しかったが、それでも、王国で立派に騎士を務める父の噂はどこにいてもよく聞こえてきて。人々の父を称える声は、エミリアの誇りであり、慰めであった。

 だから、こうして学園内で孤立し、ニコラとパールとしか話をしなくなっても、エミリアは折れることなく勉強に励んだ。

 父の名に恥じぬ人間になりたかった。


 でも、そうすればそうするだけ、ミンディたちの攻撃は増していくようだった。

 何をしても、気にくわないということなのだろうか。

 一度悪意ある者たちの標的になってしまうと、どうあっても彼らは見逃してくれないらしい。

 エミリアが、泣くのを我慢して平静を装っていると、やはり『太々しい』と罵られ、冷静さは『痛々しい』と嘲笑われた。

 負けん気を発揮すると、今度は『蛇みたいで怖いわ!』と、見せかけの怯えを見せられた。

 これもある意味、嘲笑と同じあざけりであった。

 それでも彼女がいつも通り優秀な成績をおさめつづけていると、状況はより悪化。


『いっそ潰れてくれれば可愛げもあるのにねぇ』

『結局、婚約者のことはそれほど愛していなかったんじゃない?』


 そんな声も聞こえてきて。エミリアは、本当にうんざりだった。

 これが馬鹿馬鹿しくなくて、いったいなんだろうか。

 その思いがよけいにエミリアを意固地にしていき、それはなおさらに彼女の孤立を深める結果となった。


 ──そんな折のことだった。


 彼女のもとに、一通の手紙が届く。

 差出人は、父アルフォンス。

 久々に見る父の字に、ずっとけわしい顔をしていたエミリアは、パッと表情を明るくする。

 彼女に元気かと問いかけてくる文字が嬉しくて。

 しかし、手紙の内容を読んだ彼女は愕然とした。


「え……どうなさったのですか?」


 エミリアが持っていた銀のペーパーナイフがカランと音を立てて床に落ちた。

 着席していた椅子からいきなり立ち上がった娘を見て、手紙をトレーに乗せてきたニコラが驚いている。

 そんな彼女の顔を呆然と見て、エミリアが叫んだ。


「お、お父様が──さ……再婚なさるんですって……!」




お読みいただきありがとうございます。

やっとここにたどり着きました笑

ある意味ここからが本番です(※遅い)


本日はお昼にも更新予定です。

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