やさぐれ令嬢のニワトリ 3
ただそのおかげでエミリアは、あれ以来ずっと自分の殻にこもっている。
明るい表情は消え、人を避け、授業が終わればさっさと教室から退出し、休憩も食事も、絶対に人目のないところで取るようになった。
たくさんいた友人たちともすっかり疎遠になり、いつも気難しい顔をしている。
それだけ傷ついたということなのだろう。今は、心の支えが必要な時だった。
でもなぁと、ニコラ。
気難しい顔で、腕にはふんぞりかえった雄鶏を抱きしめている令嬢はなかなか異彩を放っている……。
ニコラとしては、それが返って連中の嘲笑の対象になっていることが気になって仕方がない。
鳥人族の使用人を連れ、ガラの悪いニワトリしかよりつかせなくなった彼女を、ミンディたちは『鳥類しか愛せない偏屈な令嬢』と嘲笑していると聞いた。
ドミニクの贈ったパールを手放さないことで、『きっとまだ未練があるんだ』という噂を聞いたニコラは、冗談じゃないと思った。
ゆえに、世話係の自分は仕方ないにせよ、せめてドミニクからもらったニワトリとは引き離したいニコラなのだが……。
雄鶏を、しがみつくように抱きしめた令嬢は頑な。どうやら今は、無理に引き離す時ではないなとニコラ。彼女のクチバシからは、諦めの息がこぼれる。
「はあ……せめて、お嬢様がもう少し反論なさっていてくださったら、状況も少しは違ったんじゃありませんか?」
そうしたら、私もこんなに心配せずにすんだのに……と、ニコラはぼやく。
「お嬢様が皆さまを避けまくって何も言わないから、あちらも増長するんです。関係ない皆様も、すっかりあちらの言い分を信じてしまって……針のむしろ状態じゃないですか」
あの場で提示された証拠や証言は、どれもエミリアには心当たりのないものばかり。しっかり調べれば、必ずどこかにはほころびがあるはずだ。
しかしそれなのに、エミリアは、学園にも、生徒たちにも、彼らの企みを訴え出なかった。
父のことを案じているにせよ、彼女自身の名誉だって大切だ。少しくらいは反論しておけば、という苦言に。エミリアはほんの一瞬沈黙。
その瞳には、何かもどかしげな色が浮かんでいた。
心の中に、苦しいものを抱えているような、そんな令嬢の顔にニコラは戸惑った、が。
エミリアはそれを吐き出すことはせず、すぐにすねたような顔でムッと頬を膨らませる。
まるでリスが頬袋にドングリをぱんぱんに詰めているような顔に、ニコラが呆れていると、エミリアは吐き捨てる。
「……いやよ、あんな汚い連中と、もう一言だって話したくはない。そんなことするくらいなら、学園中から“悪役令嬢”とか“鳥っこ令嬢”とか呼ばれて避けられてるほうがマシよ!」
「……(全部知っておられる……)」
「いっそ清々しいわよ、人族なんて信用ならないんだもの。一緒にいたって踏み台にされるだけ。いつ裏切られるかと怯えるくらいなら、ひとりのほうが自由でわずらわしくないわ、あ~勉強に集中できて嬉しいわ!」
「またそんな……」
フンッと鼻を鳴らすエミリアの頑固さを見て、ニコラはまたため息。
「お嬢様は極端です。ちゃんと説明すれば、信じてくださったお友達もいたはずです。そうしていたら……そんなふうに、泣かなくてもすんだのに……」
「……、……、……」
指摘されたエミリアはまた沈黙。今度は少し視線が下がる。
そのしかめ面には、涙の筋が四本。目頭からと、目じり、両方から。止めどなく大量にしたたり落ち続ける雫が、ニコラは悲しくて仕方がなかった。




