“ハイトラーの悪役令嬢”の、やさぐれ 6
当然だが、ダンスホールの中にはたくさんの生徒や職員、働き手たちがいた。
下着を着ているとはいえ、露わになった肩や脚に、周りは当然ギョッとした、が──。
エミリアは、その視線をものとせずに、ミンディに贈られたドレスを脱ぎすて、そばのテーブルからクロスをはいだ。それを大雑把にローブのように身を覆い、仁王立つ。
この堂々たる様子には、誰もが唖然と目を丸くして言葉もない。
その女子生徒は、見るからにか弱そうな見た目。
透き通るような肌の色は儚げで、身の厚みも薄く、筋肉の重厚さなどまるでない。
それなのに、そこに立つ姿は威風堂々。自分の華奢さも、まわりの視線も知ったことではないと言いたげな表情は、外圧などには屈するものかという意地と決意がにじみ出ていた。
このとき、まわりの者たちは目撃する。
クロスをまとった令嬢のまわりには、何かがチカチカと飛び回っている。
それは、火花のように小さく爆ぜて、銀色に輝きながら、エミリアの周りを取り巻いていた。
はじめは、そのあまりに小さな輝きに、誰もが目の錯覚かと思った。だが、どうやらそうではない。
皆、この光景を見て、先ほど不可解に天窓が割れたことを思い出し、うっすらとした恐れを抱く。
しかし、エミリアはそんな彼らには目もくれず、彼女はただ顔を上げて、胸を張って高らかに言い放つ。
『それでは皆様ごきげんよう!』
堂々としたその瞳が、最後にドミニクを見た。
──いつからか、本当に大好きになっていた彼。
ドミニクには、自分と違う明るさと奔放さがあり、自分にはないものを持つ彼に惹かれた。
欠点があっても、別れたいと思ったことはない。
……でも。
こうなってしまっては、もはや関係修復は無理。
エミリアにとって、愛は信頼と尊敬の上に成り立つもの。でも、好きだったから、今まではその原則を後ろに追いやって、ドミニクを愛してきた。
──その根源たる“好き”が崩れた今、友人にすら戻れないだろう。
エミリアは、その気持ちを確定させるためにドミニクを真っすぐ見つめた。
その先では、元婚約者が瞳に困惑を浮かべていた。
ミンディの肩を抱いていながら、自分に揺れる瞳を見せた男と目が合った瞬間、エミリアの気持ちは一気に凪いだ。愛情も失せ、悲しみも消え、ただ、虚しさだけが残った。
そのとき、エミリアの目を見たドミニクの口が『ぁ……』と、声を漏らす。
エミリアの自分に対する失望を見てのことなのか。ほんのわずかに、昨日まで、彼が恋人として彼女に向けてくれていた顔がそこに戻ったような気がした。
でも、今やそんな顔にすらエミリアは吐き気がした。
これだけのことをしでかしておきながら、迷いを見せる男には、心底軽蔑を覚える。エミリアはキッとドミニクを睨む。
『わたしに策謀で挑んだのなら……せめて最後までつらぬきなさい!』
猛虎を思わせる強い叱咤に、ドミニクとミンディの肩が揺れる。
その瞬間エミリアは、ドミニクの視線を切り絶つような勢いで身をひるがえした。
これ以上彼らと言いあうつもりはない。
そんな価値もないと思った。
そして、この夜から、彼女は学園一の悪女“ハイトラー学園の悪役令嬢”となった。




