“ハイトラーの悪役令嬢”の、やさぐれ 5
一瞬静まり返ったダンスホール。
壇上では、ミンディが怒りで顔をさっと赤くして、その隣のドミニクも、カッとなったようにわめきだす。
『この期に及んでよくそんな悪態を……! みんな見ただろう!? これがこの女の本性だ! なんて高慢で鼻持ちならない……! わたしとミンディはずっと騙されていたんだ!』
そんな感情的な怒鳴り声を聞きながら、エミリアは口をつぐむ。
悔しかったし、言いたいことはたくさんあった。でも、つい先日まで、自分のことを『世界で一番大好きだ』と言ってくれていた人が、自分を大声で罵っている姿など、たとえ愛想は尽きていても、悲しくてとても見ていられなかった。
『……』
エミリアはただ、胸を突くような痛みをこらえ、決別を決意。
見上げると、高いダンスホールの天井には、美しい女神の天井画。
その神々しいまなざしを見ると、女神に向けてドミニクと将来を誓ったこと、共に感謝の踊りを捧げた思い出が胸を苛んだ。
エミリアは静かに片膝を折り、目線を下げて恭しく身を沈めた。襲ってくる悲しみを感じぬよう、一つ一つのしぐさに意識をいきわたらせて。全能の彼女の前に誓った婚約の契りを、こうして破ることを懺悔した。
(……申し訳ありません、女神様)
敵意が降り注ぐような視線のなか、悠然と捧げられた敬虔な一礼は、誰の目にも気高く映る。
エミリアは閉じたまぶたの裏で固く誓う。
(わたしは、けして負けません。屈してなど……やるもんか!)
その想いを胸に、ゆっくりと瞳を開く。そうすると世界はそれまでとまったく違って見えた。
エミリアの胸には、ドミニクたちから受けた裏切りが深く刻み込まれ、もう、人間なんて誰も信じられないという拒絶が瞳に浮かぶ。
──もう、彼らと語り合うべきことなど何もない。
──ここで、永遠にお別れだ!
若い拒絶がたぎるミントグリーンの瞳は、尖り切っていた。
歯を固く噛み締めた顎をわずかに引き、眉間には深い谷。つり上がった瞳は冴え冴えと輝く。そこから放たれる敵意は、いっそ惚れ惚れとするほどに鋭利。細い肩のうしろには、灼熱の炎が揺らめいているかのように見えた。
その怒りを目の当たりにした者たちは、おのずと口をつぐむ。攻撃したくても、ためらってしまうような気迫があった。
しんと静まり返った広間の中で、エミリアは怒りを堪え、淡々と告げる。
『……婚約破棄、確かに承りました』
彼女は毅然とそれに応じると、自分を囲んでいた学生たちを睨んで道を開けさせる。
……と、次の瞬間まわりがあっという顔をする。
真っすぐ壁のほうへ歩いていったエミリアは、壁際に据えてあったテーブルの前で立ち止まる。
その手が首の後ろに回されたかと思ったら──ビッと布を引きちぎるような音がした。かと思うと、彼女は唐突に、その場でドレスを脱ぎ捨てた。
──友らに、『返せ』と罵られたその、ミントグリーンのドレスを。




