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“ハイトラーの悪役令嬢”の、やさぐれ 4

 突然の激しい音に、ドミニクやミンディたちが抱き合って悲鳴をあげたのが見えた。

 歓声を上げていた生徒たちも、ギョッとしたように身をすくめている。

 彼らが唖然と見上げる先では、豪奢なダンスホールの壁沿い高くめぐらされた天窓がすべて弾け飛び、そのカケラがキラキラと彼らの上に降り注いでいた。

 ホール内にはあちらこちらから動揺の声が上がる。


『……』


 その喧騒のなかで、エミリアはたった一人、無言で立つ。

 婚約者と友を失い、感じていた失意は若いエミリアにとっては身を斬るほどではあったけれど。

 しかし彼女はとても誇り高い娘だった。

 元は騎士の父を持ち、父の国への忠心や、武芸に真摯に向き合う姿に憧れて育った。

 陥れられたことを察して絶望はしていても。父に、悪意に屈する姿は見せられないと思うと、燃えるように腹が据わる。


 突然の出来事に右往左往する者たちの中で、彼女は冷淡に吐き捨てた。


『……陳腐ね』


 まわりの声は騒々しかったのに、冷え冷えとした彼女の声はなぜかダンスホールによく通った。

 途端、騒がしかったホールの中がしんと静まりかえり、ムッとした空気がまわりに広がった。数多の敵意が彼女に突き刺さる。

 それでもエミリアは、プライドという固い針金を背筋に通し、表情には冷静な嫌悪をにじませた。

 その思わぬ強い表情を見て、彼女を取り囲んでいた生徒たちが戸惑いをのぞかせる。

 どうやら、自分たちの威圧で完全に制圧したと思っていた娘が、取り乱す様子もなく立ち上がったことがとても意外だったらしい。

 エミリアは身体が華奢でひ弱に見えるし、実際身体は弱い。

 でも、もともと騎士という硬派な父のもとで育った彼女の精神は頑健で、裏切りを目の当たりにした今、もはやそれは鋼のように硬化した。

 そんな彼女に鷹のような瞳で睨まれた者たちは、うろたえた視線を、やはりドミニクとミンディに行きつかせる。

 ……どうする、どうしたらいい? と、言外に判断を仰ぐ視線に見つめられた首謀者たちを見て、エミリアの身には虚しさが駆け抜けていった。


 ──その瞬間、彼女は変わった。


 エミリアの冷たい三白眼が、壇上の二人を見据える。


『……こんな小芝居を演じる暇があるのなら、もっと勉強したら?』


 それは、愛情の消え失せた声。

 あの二人の学園での成績はいつも中の下。それも、エミリアにつきっきりで勉強を教えてもらい、提出課題も彼女頼りのうえで、やっとである。

 体力勝負の実技はからきしだが、座学のたぐいは優秀なのがエミリアだった。

 しかしこうなってくると、これまでのことも彼らにいいように利用されていたのでは……? という疑いすら抱きたくなる。

 いや、初めはそうではなかったのだ。

 入学当時はドミニクも普通に勉強をしていたし、あとから知り合ったミンディもそこそこの成績だった。

 しかしドミニクは途中から勉強を投げ出し、『貴族は付き合いも大事だから』と、仲間たちと遊ぶことを優先させるようになった。

 ミンディは、『わたしもそろそろ結婚相手を探さなきゃ』と、十五くらいからそれをおろそかにしはじめた。

 正直、そんな不真面目な姿勢の彼らの面倒を見ることはたやすいことではなかった。

 でも、彼の両親たちと顔を合わせると『婚約したのだから、息子がいい成績を取れるように手伝ってね』とせがまれ、ミンディの両親にも『うちの子を助けてやって』と耳にタコができるほどに頼まれた。

 本人たちも、何かあると『大好きな君と一緒に卒業したいんだよ!』『親友でしょう? 助けてよ!』と、エミリアに甘える。

 彼女はそんな彼らには非常に困っていたが、注意をしても『そんなこと言わないで、僕のことが好きでっしょう? 見捨てたりしないよね?』『だって、私もいい夫を見つけたいのよ。あなたはすでにいい婚約者がいるから、わたしの苦労が分からないのよ!』と、くる。

 そんな二人を、エミリアは情けなく思ったが、その頃にはすでに彼らには情があって、叱りはしても、自分を頼ってくる二人を切り捨てることはできなかった。

 なんと言っても十三歳からずっと共に過ごしてきた仲である。

 寄宿学校という閉ざされた空間で、毎日毎夜顔を合わせて出来上がった関係は、やはり特別に濃いものだった。

 それにエミリアは思ったのだ。

 自分は軍人家系だし、ドミニクは貴族、ミンディは商家の出身。

 きっと、それぞれ自分には分かり得ぬ苦労があるのだろうと。


 ……その影で、ふたりがこんなことを企てていたとは、実に情けないことである。


 これまでは根気よく彼らに情を注いできたエミリアも、さすがにこの騒動には愛想が尽きた。

 嘆かわしい思いに胸を焼かれながら、エミリアは二人に向けて吐き捨てた。


『わたし、虚言癖のある大根役者と結婚する気も、陰でこそこそ人の婚約者に手を出す者と友でいる気もありません。──お二人とも、お似合いよ』

『な……』


 真顔で言ってやると、一瞬二人が唖然としたのが見えたけれど、エミリアは止まらなかった。


『結婚したければどうぞご勝手に。わたしも、我が家の者も、巻き込まないでちょうだい!』


 厳しい拒絶の一喝に、まわりは一瞬水をうったように静まり返る。





お読みいただきありがとうございます。

はやくグンナールと合流させたいので、ちょっと駆け足。せっかくのお休みなので今日も連投いたします。

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