“ハイトラーの悪役令嬢”の、やさぐれ 1
さて、そんな波乱の初顔合わせの数日前。
王都の寄宿学校、ハイトラー学園の学生エミリアは、学園の中庭のすみで、冷たいまなざしを新聞に向けていた。
そこに書かれた一番大きな記事は──。
『エミリア・レヴィンは、ハイトラー学園の悪役令嬢』
──我らが学び舎ハイトラーでは、そんな揶揄がそこここから聞こえてくる。
見た目の愛らしさに騙されてはいけない。
世界広しといえど、彼女ほどわがままで、傲慢で、太々しく、良心のかけらもない女性はそういない。
しかしそのエミリア・レヴィンも、ついに悪運が尽きるときが来た。
彼女は先日の春陽祭の折、ついに婚約者に見放されたのだ。
その恐ろしい束縛からやっとの思いで逃れた青年ドミニクは、彼を愛し、密かに助け続けた淑女ミンディ・ハウンと結ばれた。
しかし執念深いエミリアは、いまだにドミニクに未練を残し、二人の愛を妨害している。
そのやり口は陰湿で、執拗。
このままでは、わが校の理想のカップル、ドミニクとミンディは、また不幸になってしまうのではないかと誰もが案じている……。
その記事を最後まで読み終えたエミリアは、顔を皮肉に歪める。
「……あーら、あらあら、そうですか」
校内で回し読みされていたとおぼしき新聞。
エミリアは鼻を鳴らして冷笑。
馬鹿馬鹿しくて、もう笑いしか出てこない。
この新聞は、どうやら生徒の誰かが作成したものらしい。
書かれているのは、彼女エミリアと、元婚約者のドミニク、そして元親友の記事だが、はっきり言って、事実はまるで違う。
彼女はドミニクを束縛などしたことはないし、良心にもとるような行いをしたこともない。
一番の友であったミンディにだって、妨害も嫌がらせもしていなかった。
だってそもそも彼女は、二人がそんな仲にあるなどとは、七日前──先に行われた春陽祭で、ドミニクに高らかな婚約破棄を宣言されるまで、本当に何も知らなかったのである。
──あの日。
春陽祭の最後の夜を締めくくる宴の前。ドミニクとの待ち合わせの時間を間近にしたエミリアは、寮のエントランスでドレスを身にまとい、ソワソワと彼を待っていた。
壁の端にすえてある姿見を何度ものぞきこんでは、己の出来栄えをチェックした。
彼女の瞳と同じ淡いミントグリーンのドレスは、彼女の白銀の髪にもよく映えていた。
この姿を、早く彼や友に見てほしくて。気に入ってくれるだろうかと少し心配で。
心の中は彼らに対する感謝で満たされていた。
本当は、この頃の彼女はずっと気持ちが沈みがちだった。
春陽祭のふた月ほど前に、エミリアの父は任務中にケガをした。
この報せは彼女にとっては大きな衝撃。
父の容態が落ち着いたこの頃も、エミリアは父が心配で、とてもではないが祭りに参加するような気分ではなかったのだ。
けれども、そんな鬱々とした彼女を『元気を出して!』と、表に引っ張り出してくれたのが婚約者のドミニク。
エミリアの婚約者ドミニク・ツェルナーは、子爵家の次男。
少しマイペースで強引なところもあるが、快活で真っすぐな性格の好青年だった。
彼とエミリアは、十五のときに春陽祭で婚約を発表した。
以来、彼女はこの春の催しをとても楽しみにしていて、ドミニクもそれをちゃんと覚えていてくれたのだなと嬉しかった。
彼女たちはもう今年が最終学年。学園の春陽祭はこれが最後となる。
もちろんそれを知っている父も、『楽しんでおいで』と手紙をくれて。
さらには、親友ミンディが、彼女のためにドレスを用意してくれていたことを知り、彼女はようやく宴の参加を決意した。
皆にここまで案じてもらっているのなら、その気持ちに応えなければ申し訳ないと……そう思った、の、だが……。
──でもあの日。
約束の時間をすぎても、ドミニクはエミリアの前に姿を現さなかった。
不安になった彼女が、その姿をやっと見つけ出したとき──彼は……彼女ではない女生徒の肩を抱いていた。




