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【書籍化】鬼と姫君~平安異形絵巻~  作者: 狭山ひびき


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破邪 1

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 内裏は東。

 宣陽門の近くにある昭陽舎。

 別名梨壺と呼ばれるその部屋の庭には立派な梨の木が植えられていた。ゆえに「梨壺」だ。

 もうあと二月三月もすれば白く可憐な花を咲かせるだろうが、あいにくとまだ蕾すらわからない。枯れ葉一枚もぶら下がっていない裸の梨の木は、どこか寒々しくもあった。


「まさか、またこの部屋に戻ってくるなんてねえ」


 裸の梨の木を御簾越しにぼんやりと見やりながら、綾女は微苦笑を浮かべていた。

 部屋の中では命婦と、それから紫苑が付けた二人の鬼神の女房たちが、先ほどから大量の衣を櫃に片付ける作業に追われていた。


 これらの衣はすべて伯父が贈ってきたものだ。

 伯父である道長に入内を匂わされた綾女だったが、紫苑の働きかけで、内裏にしばらくの間仮住まいするという形でまとまった。

 安倍晴明に扮している紫苑は、やれ時期が悪いだなんだと言って伯父を説得し、綾女が妃にならなくてすむようにしてくれたのだ。

 体裁的に、最愛の后を失って気落ちしている帝の話し相手にするためということにして、綾女は父と昔暮らしていた梨壺に戻ってきたのである。


 まるで父が生きていたころに遡ったような錯覚を覚える。

 ただ、あの頃と違うのは、内裏の中がどんよりと重たい空気に包まれていることだった。

 帝の妃たちは怯え、部屋にこもって震えているそうで、かつて歌合せや管弦など、帝の気を引くために催されていたそれらはめっきりなくなったという。

 綾女が暮らしていたときは、琴や琵琶の音を聴かない日はなかったくらいに華やかだった内裏は、しんと物悲しい静寂に包まれていた。


(将門公が蘇るまで、あと十四日……)


 人ならざるものとして将門公が蘇ったら、都は一体どうなってしまうのだろう。

 内裏に張られた結界で、帝やその子ら、そして綾女は守られているけれど、都で暮らす人々はどうなるのだろうか。

 将門公の祟りである疫病は、帝とその血族が息絶えない限りなくならないのだ。

 都全体を祟りが覆いつくすのも時間の問題ではなかろうか。


 もちろん、疫病の広がりを食い止めるために帝の血族を犠牲にするわけにはいかない。

 そんなことをしてもなんの解決にもならないのだ。

 人ならざるものとなった将門公を新皇として戴くわけにはいかないし、そんなことになれば、都は今以上に魑魅魍魎が跳梁跋扈する恐ろしい場所になってしまう。

 人の社会において、人ならざるものが人を支配してはならないと、綾女は思う。

 共存と支配は、違うのだ。

 裸の梨の木を見つめながらぼんやりと考え込んでいると、板を踏む足音が近づいてくるのがわかった。

 内裏が静かなので、足音がひどく目立つ気がする。


「慌ただしくてすまないな」


 そんな声と共に、御簾越しに伯父の姿が現れた。


「いえ、伯父様こそ、お忙しいのにわざわざ足を運んでくださりありがとうございます。晴明様にいろいろ教えていただきました。その、厄介な問題が起きていると。内裏に戻ると聞いたときは驚きましたが、わたしの身を守るために考えてくださったのでしょう?」


 前回同様、命婦に自分の代わりに喋ってもらおうかとも思ったのだが、面倒になって綾女は自分で伯父と話すことにした。

 命婦がちょっぴり咎めるような視線を向けてくるが、命婦を介して会話するのはまどろっこしい。

 伯父は綾女自身が口をきいていることに気づいたようだが、咎めることはなく、ただ薄く笑った。

子供の悪戯を前にしたような、「仕方ないな」と言いたげな顔だ。こういうことにいちいち目くじらを立てないあたり、伯父には好感が持てる。


「なんだ、晴明は綾女にそこまで話しているのか。私の娘ですら知らぬというのに」

「中宮様は、お心が繊細でございますから」

「まあ、敦康様のことも可愛がっていることだし、詳細を知ったら倒れるだろうな」


 年の終わりの亡くなった皇后の御子である敦康親王は、今は中宮である彰子が養育している。年が明けて十四歳になった中宮が三歳になった子の養母となるのは荷が重いのではという声もあったそうだが、彰子自らがそれを望んだらしい。

 まあ、綿星が仕入れてきた情報を伝え聞いただけなので、どこまでが本当なのかはわからないが、彰子が敦康親王を養育しているのは伯父の言葉からも事実だろういうのはわかった。

 そんな幼い養い子が、将門公に命を狙われているとわかれば彰子も血の気が引くことだろう。大げさでなく、倒れて寝込んでしまうかもしれない。


「だが、詳細を知っているのなら話が早い。主上に会ってくれぬか。三日前に目を覚ましたきり、また目を開けてくださらなくなったのだ。可愛がっていた綾女の声なら、主上の夢の中にも届くかもしれん」

「三日ですか。兄様が……」


 それは綾女も心配だった。


「わかりました。いつお伺いしましょう」

「ならば、早速で悪いが今日の昼から頼む。私と、それから晴明も同席しよう。ずいぶんとやせ細ってしまわれているのだ。そろそろ目を覚ましていただかないと困る」


 また昼にと言って、仕事があるのか、伯父は慌ただしく去っていった。

 どうやら、状況は綾女が思っていた以上に深刻なのかもしれない。


(本当に、どうなってしまうのかしら)


 紫苑は、桜が咲くまでにはなんとかすると言っていた。彼の言葉を信じていないわけではない。

 だが、簡単にどうにかできるのならば、もうとっくにどうにかしているはずなのだ。


(紫苑は、大丈夫なのかしら)


 いくら彼が力の強い鬼とはいえ、危ないことはしてほしくないと、綾女は目を伏せた。




ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


歴史に詳しい方は「あれ?」と思うかもしれないので補足。

史実では中宮彰子が敦康親王を養育するのはもう少し後のことです。本作では時期を少し早めています。

フィクションなので、お許しくださいませ!

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