祟りの噂 2
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「はい、わたしの勝ち~!」
はじいた白い石で最後の黒い石を盤上に弾き飛ばして、綾女は笑った。
土御門の邸に移ったものの右京で暮らしていたときと変わらずすることがなく、ぼんやりしながら時間を潰していたら、綿星が碁盤と碁石を持ってきたのだ。
碁の打ち方を知らないため、それなら弾棋をしようと、綿星相手に勝負をしていたのである。
弾棋の勝負の仕方は簡単で、碁盤の上に白い碁石と黒い碁石をそれぞれ数個ずつ置く。数は白と黒、同じ数だ。
そして、白と黒で色を決め、自分の色の碁石をはじいて相手の色の碁石を碁盤の上からはじき落とす。最後まで自分の色の石が碁盤に残っていたら勝ちだ。
「ほら、そのお団子よこしなさい」
「うぐぐぐ……」
賭けているのは互いの団子である。
すでに綿星から三つ団子をせしめた綾女は、四つ目を受け取ってほくほくと笑った。
「弱いわねえ綿星は。ま、その手じゃ石を勢いよく弾くのなんて無理よねえ」
「狡いですぞ嫁様! この遊びは私にとっても不利ではございませんか!」
「狡いって言うけど、勝負をするって言ったのはそっちじゃないの」
「勝負を挑まれて断るのは男子ではございませんので!」
「男子、ねえ」
綿毛狐のくせにいっぱしに男を語る綿星に、綾女はおかしくなる。
団子を取られて悔しそうな綿星は、小さな手で碁盤に碁石を並べはじめた。
「もう一回でございます!」
「えー」
「まだ団子は残っておりますれば!」
「あと一個じゃないの。それ取られたら一つも食べられないわよ」
「ぐぅ」
綾女はこの綿毛狐が食いしん坊なのを知っている。
ちらちらと手元に一つ残った団子を見ては葛藤している綿星に、綾女は「仕方ないわねえ」と笑った。
「じゃあ、最後は別のものを賭けるわ」
「別のもの?」
「そ。例えば……」
団子を一つ口に入れつつ、綾女はふと何もない虚空に視線をやった。
綿星は、こんな見た目だけど稲荷狐で、それなりに強い妖だと聞いた。妖というか神なのだが、このあたりの境界線は微妙なところなので綾女としてはどちらでもいい。
(綿星なら、もしかしたら叶えられるかしら?)
ふと、淡い期待が胸に広がる。
「……次にわたしが勝ったら、高野に連れていってくれない? すぐじゃなくていいから。いつでもいいから。いつか……」
「高野でございますか?」
綿星はううむと、器用にも前足を腕組みするように組んだ。
「高野、高野でございますか……むぅ……、ちと難しいですね」
「やっぱりだめかしら?」
「主様に頼めばあるいは……」
「じゃあ、頼んでくれない?」
「え? 私がですか⁉」
「そうよ」
なんとなく、綾女が自分で頼んでも、やんわりと断られるような気がしたのだ。
高野山にある金剛峰寺は真言宗の総本山である。そんなところに鬼である紫苑を誘うのは心苦しい。いわば鬼の天敵が住まう場所だから。
「別に奥に入りたいわけじゃないの。手前まで連れていってもらえれば」
高野山は女人禁制である。近くに行っても、奥までは入れない。
「高野に、何があるのです?」
「……お骨よ」
隠すようなことでもないので、綾女は少しだけ悩んだ後で素直に答えた。
高野山には、綾女の父である常陸親王の骨が安置されている。
世間はいまだに、葬送は風葬が主流であるが、帝の血筋など一部では火葬が広まりつつあった。
父は死後に火葬され、高野に納骨されたのだ。近場の墓所や納骨堂ならば行くことはできても、さすがに高野まで女の身で旅はできない。
そして行ったところで中には入れない。
それでも綾女は、父の骨が納められた場所を、一度でいいからこの目で見てみたかった。
「わたしが勝ったら、それとなく紫苑に高野に連れて行ってくれないかどうか探りを入れて。その代わり、あんたが勝ったら、わたしの分のお団子五つ、全部あげるわ」
綿星から巻き上げた団子には口をつけていたけれど、賭けの対象である自分の団子はそっくりそのまま置いてある。
綿星が高坏に盛られた団子を見て、こくりと喉を鳴らした。
「さ、探りを入れるだけでいいのですかな?」
「ええ。どうしても連れていってと我儘を言うつもりはないわ」
相手が人ならまだしも、鬼である。高野山にいる僧たちと紫苑とどちらが強いのかは知らないが、彼にとって危険な場所であるのは否めない。
「それならば、まあ、仕方がございませんなあ」
綿星はちょっぴり不本意そうな顔を作って言ったけれど、しっかりと団子を凝視したままなのがおかしい。本当に食い意地が張っている狐である。
「じゃあ、約束よ」
「嫁様こそ、私が勝ったらその団子全部ですよ」
「はいはい」
碁石を並べ終わって、綾女は軽く腕まくりをした。
「いざ尋常に、勝負!」
――結果は、綾女の圧勝だった。
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