秘密 5
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結果を言えば、神隠しは「神」隠しではなかった。
とある公達が、めぼしい幼女を見つけては攫って連れ帰っていただけのことだ。
攫った娘を妾にでもするつもりだったのか、はたまたどこぞへ売り飛ばすつもりだったのかは知らないが、男の邸には七人の幼い娘たちがいた。
だが、それなりに地位のあるこの男が、神隠しの原因だと知られるのは少々まずい。
内大臣は情報を操作することを決め、晴明に、この男が鬼であると帝に報告させた。
鬼とされた男は、源頼光という男に首をはねられたそうだが、正直紫苑はそのあたりのことはどうだってよかった。
ただ、この一件以来、やたらと晴明に気に入られたことだけが鬱陶しかった。
あのくそ爺は、言うに事欠いて「邸をやるのだからちっとばかり願いを聞いてくれてもいいじゃろう?」などと言って、紫苑を土御門大路の邸に引き入れた。
晴明には子も孫もいるがこことは別のところで暮らしているそうで、広い邸に一人暮らしだった。
一人は退屈だから相手をしろと言われ、いつの間にか、弟子のような扱いをされた。
鬼である紫苑に、自分のもてる知識をあれやこれやと叩き込んでくれたのだ。
紫苑に言わせれば、それは晴明なりの死ぬ準備のように見えた。
自身が体得した術を引き継ぐ者が欲しかったのだろう。
そんなもの、自分の子にでも引き継げと言いたかったが、人間の割に力の強い老人のすべてを引き継げる者がいなかったのかもしれない。
その頃には父の酒呑も居を移ると言い出して、縄張りだった都を紫苑にくれた。
晴明の邸から出て行く理由もなくなって、紫苑は結局、この傍迷惑な年寄りが死ぬまでそばにいることになったのだ。
――だが、くそ爺によってもたらされる迷惑は、爺が死んでも終わらなかった。
「のぅ、紫苑、一つ頼みを聞いてくれんか」
死の淵にあって、晴明はそう言った。
「頼みは充分聞いてやったと思うが?」
「もう一つだけじゃから」
「当たり前だ。明日には死んでいそうな状態で二つも三つも頼みごとができてたまるか。まあいい、話してみろ。聞くだけなら聞いてやる」
はあと紫苑は嘆息した。
自分も甘いと思う。だが、父が都を去って数年、なんだかんだと一緒に暮らしていたからだろうか、この年寄りに情が移ったのかもしれない。少なくとも、目の前の老人が明日には死んでしまうだろうことが悲しいとは思う。口にも顔にも、絶対に出さないが。
「昨日の占術でのぅ、ちと、嫌な星を見たんじゃ」
「半分黄泉路に足を踏み入れている状況で占術なんてしたのか。馬鹿なのか晴明、お前は。最期くらい大人しくしておけ」
「そう言うな」
くつくつと笑いかけて、晴明が咳き込む。
背中を撫でてやりながら、紫苑は年寄りなら年寄りらしくのんびり余生をすごせばいいのにとあきれ果てた。
「来年か、再来年かのぅ。ちと、まずいことになるやもしれん。帝の星に影が見えてのぅ」
「人の皇がどうなろうと俺には関係ない」
「まあ聞け。その影はおぬしの好いた娘にも影を落とすやもしれんぞ」
「…………詳しく聞かせろ」
帝はどうでもいいが、綾女に害が及ぶとなれば話は別だった。
だが、晴明はゆっくりと首を横に振った。
「詳しくはわからんかった。まだ時期じゃないのかもしらん。……じゃが、そのとき、わしはもうおらん。それが困る。わしの息子も、賀茂家の当主も、あれは無理じゃ。太刀打ちできん。……のう、紫苑。少しの間でいいんじゃ。わしのふりをしてくれんかのぅ? 爺の最後の願いじゃ」
「なんで俺が……」
そんな面倒ごとを押し付けられてはかなわないと思う反面、晴明の言うことが本当なら、綾女のことが心配だった。
少しの間悩んで、紫苑は嘆息する。
「鬼に人の都を守れと?」
「おぬしも半分人じゃろう?」
「……はあ」
そのため息が答えだった。
なんだかんだ言って、紫苑はこの年寄りを気に入っている。紫苑が数年この老人のふりをするだけで安心して黄泉路を下れるのなら、そのくらいのはなむけはしてやろうと思った。
「すまんのぅ、紫苑」
「ふん。とっととくたばれ」
紫苑が憎まれ口をたたいてから半日後――晴明は、眠るようにその生涯を終えた。
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