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2-05 黒死の王は惜別を歌う

死霊使いの傭兵団長アデル・クリストフは死体を愛している。

アンデッドとなった女こそが極上で、それ以外じゃ勃ちやしないと公言している。

性癖の異常性、そして生命倫理の偏りを危惧され帝国軍を追われた彼のもとに、ある日一通の手紙が届いた。

それは幼なじみのレティシアからのものだった。

湖畔の小国インベリアの王女を務める彼女は、手紙にこう綴っていた。

『小さい頃に交わしたあの約束をかなえてください』と。

幼き頃から異常性を示していたアデルに当時の彼女が願ったのは、なんと『いつか時が来たら、わたしをあなたのモノにして下さいね』というもので……。

色白金髪美女をアンデッドに出来るとウキウキのアデルは部隊を率いインベリアへと向かったが、そこには思いもよらぬ敵が立ちはだかっていた。

死霊使いの傭兵団長VS狂った聖女様。

アンデッドVS狂信者の群れ。

この世の終わりのような激闘の末に勝者が掴むものは?

 軍議の最中に茶を振る舞われたのは、これが初めてのことじゃなかろうか。


 二十歳にして帝位を継いだ若きジードライト・エル・パルメキア八世を議長として活発に意見が交わされる大天幕の中、俺は寒風吹き込む末席でそんなことを思っていた。


 ちなみに他の連中にはいつも振る舞われている。

 まっとうな将校は、いつだって暖かく手厚くもてなされている。


 俺は別だ、何せまっとうじゃない。


 アデル・クリストフ戦時士官。

 一時的に軍属扱いされているとはいえ、普段は傭兵。

 不死者アンデッドの群れを扱う死霊使い(ネクロマンサー)で、ついたあだ名が『黒死の王』。


 戦死した敵の死体を操り敵にぶつけることでこちらの損耗を極限まで抑えるという合理的な戦法は、敵はもちろん味方にも忌み嫌われている。

 生命の尊厳を踏みにじる行為だと罵られ唾を吐かれたことだって、一度や二度じゃない。

 

 ジードもまたそんな俺のことが気に食わないようで、俺と俺の仲間たちを最前線の最も危険な場所に送り込み続けて来た。

 命からがら帰還しても時に大戦果を挙げても嫌な顔をするだけで、報告すらまともに聞きゃしない。


 そこへ来てこの茶だ。

 ハーブ茶に蜂蜜を入れたパルメキアの名物だが……。

  

「巧妙に潜ませちゃいるが、アーモンド臭が隠せてねえよ」


 皮肉に笑うと、黄色い水面の中の俺もまた笑った。

 二十後半の目つきの悪い灰色の髪の男が、陰気な笑みを浮かべた。


「そういや今日は、いつにも増して警備が厳重だったっけなあ」


 大天幕に入る前のことを思い出す。


 入り口付近に立つ十人の歩哨、その誰もがマントを羽織っていなかった。

 手はいつでもサーベルや短銃を抜ける位置にあり、放つ殺気もまた戦場におけるそれだった。


 まずは毒を盛り、それがダメなら歩哨が雪崩れ込んで来る。

 俺への殺意が溢れた末の、毒殺と奇襲の二段構えってとこか。


 坊ちゃん皇帝にしてはよく考えたほうだが、先代であるカルシファのおっさんならもっと上手くやったはずだ。

 それと気づいた時には殺されているというぐらいの周到さで、優しく殺してくれたはずだ。

 もっとも、俺に全幅の信頼を置いてくれていたあのおっさんがそんなことするわけねえが……。


「アデル! アデル・クリストフ!」


 俺の思考を断ち切るように、ジードが声を荒げた。

 整った顔をしかめ、不快そうに俺をにらみつけた。

 

「先ほどから何をにやにや笑っている!? 諸兄が活発に意見を交わす中で、なんと舐めた態度をとっているのだ!」

「おや、こいつは失礼しました。軍議の内容が幼稚すぎて、思わず笑っちまった」


 即座に返した嘲りの言葉に、大天幕の中の空気が凍り付いた。


「なんだと!? 貴様今なんと言ったっ!?」


 思ってもみなかったのだろう反撃に、ジードの顔色が変わる。

 まずは蒼白に、そして瞬時に真っ赤になった。


「なんだ、聞こえなかったのかお坊ちゃん? あんたの話す内容があまりにもアホすぎて耐えられないって言ったんだ」

「な、な、な……っ?」


 今後もジードと、そして帝国と良好な関係を築いていこうと思うなら、おおよそ最悪の返答だ。


 だがそれは、相手側に害意の無いことを前提としたもの。

 ここまで明白な殺意を向けられたんじゃ、こうするしか他にない。

 

 おっさんのいない帝国に義理は無し、だったらこっちから討って出よう。

 そう判断した俺は、ジードが左右の近衛に指示を出す前に仕掛けた。


「あばよジード、あばよおっさん」


 立ち上がりざま、俺は茶の入ったカップをジードに向かって投げつけた。

 綺麗な放物線を描いたカップは上手くジードの顔面に当たり、中身をまき散らした。


「うわわわわっ? ど、毒がっ? 毒があああああっ?」


 やはり毒入りだったのか、ジードはみっともないほどに取り乱している。

 近衛が慌ててジードの顔を拭き、将校たちはざわざわとどよめき合っている。

 大天幕に入る前に武装解除されているせいか、遅いかかって来る者はいないようだ。

 あるいは俺の得体の知れなさも一役買っているのかもしれないが、いずれにしろ……。


「逃げるなら今のうちってな」


 俺は踵を返すと、大天幕を走り出た。


「逃がすな! 殺せ!」


 俺の逃亡に気づいた歩哨が左右から斬りかかってくるが──残念、俺の方が早い。


 素早く踏み込んで機先を制すると、ひとりの手からサーベルを奪い取った。

 そのままそいつの喉笛をかっ切ると、斬りかかって来たもうひとりを突き殺した。

 短銃を構えた歩哨が一発放つが、視線と体の向きから射線を先読みして、左へ跳んだ。


「バカな……銃弾を躱すだと……!?」


 サーベルを投じてそいつの胸を貫くと、にやり口もとを歪ませ。


「お褒めにいただき光栄ですってな──そら、『死霊化(ネクロサヴァント)』!」


 力ある言葉を放つと、今しがた絶命したばかりの歩哨がむくりと起き上がった。

 ゾンビと化した三人はカタカタと震えながら、目を虚空にさ迷わせている。

   

「『命令だ! この中の奴らを全員殺せ!』」 


 急ごしらえのゾンビに複雑な命令はこなせない。 

 かといって、『全員殺せ』だと狙いがバラける。戦力は集中運用するのが基本だ。

 

「ほら、俺なんか相手にしてていいのかよ!? 中のお偉いさんが全員死ぬぞ!?」

「くっ……なんて奴っ!」

「ええい、こんな奴放っておけ! ともかく皇帝陛下をお守りするんだ!」


 うめき声を上げながら大天幕に押し入っていくゾンビを追い、残りの歩哨が慌てて走っていく。


「はん、そんなに価値あるもんでもないと思うがね」


 ともあれ、これである程度の時間は稼げたはずだ。

 その間に出来るだけ遠くへ逃げよう。

 

「『皆来い! こんな国とはおさらばだ!』」


 念話を飛ばすと、すぐ近くから「はい!」と勢いの良い返事が返って来た。

 ついで、大地を揺るがす馬蹄の音。


 野営する兵士たちの間を割るように現れたのは、白い肋骨もまばゆい骨馬に跨った骨騎士が十三騎。

 一騎が二十騎に匹敵する手練れの骨騎士を率いるのは死霊騎士のカティアだ。


 カティアは切れ長の目が特徴の凛とした美女で、東国の女将軍だったのを死霊術でモノにした。

 元々の真面目で従順な性格も相まって、今では俺に子犬みたいに懐いている。


「出奔ですかご主人様!」

「おう、軍属暮らしはもうやめだ! 野に下るぞ!」

「一国一城の主となる覚悟を固められたのですね! それは素晴らしい!」

 

 野に下る、をどう解釈したらそうなるのかはわからんが、元々俺が誰かの下につくのを嫌っていたカティアにとっては僥倖だったのだろう。

 俺を引き上げ骨馬の後ろに乗せると、漆黒のポニーテールをぶんぶん嬉し気に振りながら手綱を振るう。


「バカを申すな。旦那様は引退してわらわと子作りすることを決めたのじゃ。のう旦那様、そうであろう?」


 六頭立ての骨馬チャリオットに乗って並走して来たのはヴィルジニー。

 燃えるような赤毛に白皙の頬、黒いドレスに身を包んだ彼女はヴァンパイアの少女だ。

 十歳ぐらいの見た目のくせに、隙あらば子作りをせがんでくる。


「ご、ご主人様がそんなことをなされるものか! 貴様のような娘っ子と、そ、そ、そんなことを……!」

「ふん、ウブなねんねは黙っておれ!」


 純情なカティアと淫猥なヴィルジニーがいつものように言い争いを始める。

 カティア配下の骨騎士十三騎とヴィルジニー配下の屍姫レイスたち五十名は主人たちの争いにはかかわらず、黙々と後をついて来る。


 帝国兵たちは俺たちの行軍を目で追ってこそいるものの、大天幕での一件がまだ伝わっていないのだろう、追撃をしたり立ちはだかったりという様子を見せない。


 もっとも襲い掛かって来たところで、三十も殺して死霊化すれば逃げるのに十分な時間を稼ぐことが出来るだろう。『黒衣の王』に逆らえばどうなるか、それは味方として戦場にいた彼らこそが最もよくわかっているはずだから。

 

「ご主人様はわたしと共に鉄血の戦場を駆けるのだ。屍山血河を築き、幾度も死線をくぐり抜けるのだ。それはやがて主従関係すら超えた愛情となって……えへ、えへへへへ……♡」

「……ふん、そなたもわらわに負けず劣らず淫らではないか」

 

 どっちもどっちという結論に達したふたりはさて置き、俺たちは帝国軍の陣地を抜けた。


 目の前に開けたのは広大な平野、どこまでも行ける強靭な足と、愛すべき仲間たち……。


「いいなあ、アンデッドは裏切らないからいい」


 解放感に浸りながら、俺は心底つぶやいた。

 アンデッドは白く美しく、そして絶対裏切らない。

 生者は汚く醜く、ウソばかりつく。


「カティア、ヴィルジニー、行き先を決めたぞ」

「おおっ、どこの国を攻め落とされるのでっ?」

「どこの田舎に引っ込むのじゃっ?」

「インべリアだ。湖南地方の小都市だよ。実はこの前こんな手紙を貰ってな……」


 陣中に届いた手紙を、俺は懐から出して見せた。

 白薔薇の刻印のされたその手紙は、古き友人であるレティシア姫からのものだった。


「子供の頃の約束を果たして欲しいんだってよ。わたくしをあなたのモノにしてくださいって」

「え?」

「は?」

「「はああああーっ!?」」


 ふたりの絶叫が響く中、俺は生まれ故郷の空を思った。

 真っ青な空の色を映した湖を。

 黄金の髪と白い首、楚々とした美貌を誇るレティシアを。

 彼女がアンデッドになれば、さぞや美しいに違いない。 

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