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2-25 隣の席の美少女が、口を開けば求婚してくるんですが。

冷泉雪菜は美少女だ。それに留まらず成績優秀で運動神経もよい。さらには冷泉財閥の令嬢である。


誰からも愛されており、憧れられているそんな彼女が、


「和樹さん、私と結婚してください!」


口を開くと求婚してくるんだけど!?




誰もいない教室、帰りの電車の中。挙げ句の果には授業中にコッソリと!


ところ構わず手段を問わず、伝えられる大きすぎる彼女の愛。


受け取りきれないし、受け取れない。そもそもこうなった心当たりもない。どうしてなんでこうなった!?




親友……だったやつは既に買収されて彼女の味方。


それどころか幼馴染に妹、近所のお姉さんまで様子がおかしい。みんな今までより距離近くない?




追って求婚、追われて断る。


プロポーズから始まる、ドタバタ恋愛コメディ!


ここに開幕!

「和樹さん、私と結婚してください!」


 真っ赤な夕日が窓から差し込み、視界を幻想的に彩っている。


 今にも触れ合ってしまいそうなほどに近い距離で、俺と彼女は見つめ合う。

 整った顔立ち、ふんわり香るシャンプーの匂い。柔らかな声で告げられた婚約の申し出。


 その申し出に、俺は、


「……断るッ!」


「なんで!? 美少女がこんなロマンチックな状態で求婚してるのに!?」


 自分でそれ言うのかよ、というのは一旦胸にしまっておく。

 実際問題、今俺の目の前にいる雪菜は美少女……いや、超絶美少女だ。そしてロマンチックというのも否定はしない。こんな状況、普通ならば嬉しくてこの上ないだろう。……普通ならば。


「イスに縛り付けられた状態で迫られたって、ちっとも嬉しくねえんだよッ!」


「だってこうでもしないと逃げるでしょう!」


「いやそれはそうだけど、そもそもまだ俺高校生なんだけど!」


 高校、空き教室。腕を後ろ手に縛られ、脚もイスに固定されて満足には動かせない中で、俺はそう叫んだ。



     * * *



 桜舞う春、高校2年生となった俺は気分が乗ったこともありついつい普段よりもずっと早い時間に登校してしまった。


 静かな廊下、普段あまり感じないそれに気分が高揚する。

 教室の前に着き、勢いよく扉を開く。


「おはようございまーす! って、誰もいな――」


「おはようございます、和樹さん」


「へ?」


 思わず口を突いて、頓狂な声が出ていく。


 見れば最後尾窓際、吹き込んだ春風にカーテンがはためくその奥、1人の少女がいた。

 乱れた栗色の長い髪を手櫛で整えながら、彼女はこちらを見てニコリと笑った。


 ……や、やらかした。


 心の中で悔やむももう遅い。完全に新学年に浮かれてるやつと認識されたことだろう。


 それも、よりによって冷泉さんに。


 学校で1番の美少女で、それどころか冷泉財閥の令嬢。男女問わず愛され、彼女のことを知らない人なんていないであろう有名人。よりによって、そんな人に。


 頬あたりが引き攣ったまま、俺は黒板に張られている席順を確認する。


「間宮間宮……と。お、あった」


 最後尾列じゃん、運がいい。窓際じゃないのは悔やまれるけど、まあそれは高望みだろう。左から2列目だから……えっと……。


 ふと、何か嫌な予感が走る。同時に1分ほど前の教室の様子が思い起こされる。


 振り返ってみると、こちらを向いて手を振っている冷泉さんの姿が目に入る。

 現実から目を逸らし、もう1度席順を確認する。……最後尾列、窓際から2番目。

 もう1度振り返る。「ここですよ」と言わんばかりに満面の笑みで自身の隣の席に手を向ける冷泉さん。


 ……終わった。






「あ、えっと、隣の席の間宮……です。よろしくお願いします」


 あまりの緊張から出てくる言葉はぎこちなく、さらに恥ずかしさを加速させる。

 もう口を開きたくない。ここから逃げたい。


「私は冷泉雪菜です、どうぞよろしくお願いしますね、和樹さん」


「よろしくお願いします、冷泉さん」


「ぜひ、雪菜とお呼びください。呼び捨てで構いませんので。また、タメ口で構いませんよ」


「あはは……、よろしくお願いします雪菜さん」


 そうは言われても相手の口調が丁寧な以上こちらもつい引っ張られてしまう。


 雪菜さんはこちらを見て笑みを浮かべている。社交辞令とはいえ微笑みかけてもらえるのは嬉しい。のだが、

 教室に男女ふたりっきり。つい数分前に失態を見られたこともあり、ビックリするほど気まずい。


 とりあえず黒板の方を見る。

 ものすごく視線を感じる。


 スマホを取り出して気を紛らわせる。

 ものすごく視線を感じる。


 少し廊下側に身体を向ける。

 ものすごく、視線を感じる。


「あ、あの。なんか俺の体についてます?」


「えっ? ああ、すみません視線が気になりましたか? その、見惚れていたもので」


「そうですか……って、うん?」


 今、なんて言った?


「あの、もう一度言ってもらってもいい……ですか?」


「和樹さんに見惚れていたと。隣の席になれて嬉しいとも!」


 俺の耳がイカれたのか、それとも脳がバグってるのか。

 そういえば目もおかしい。こんな様子の彼女は見たことない。


「あ、そういえばこうしてお話する機会があればぜひとも言おうと思っていたことがあるんです!」


 完全に思考がショートしている俺を他所に、彼女は満面の笑みで続けた。


「和樹さん、私と結婚してください! ……キャッ、言っちゃった!」


 両手を赤らんだ頬に当て、嬉しそうに身体をくねらせる。


 考える力が焼き切れていた俺は、数秒間その言葉の意味が理解できず、頭の中で反芻されこだまする。


 結婚、結婚。結婚……結婚ッ!?


「えっ雪菜さん、なんか間違えてません? 俺の名前と結婚って言葉が聞こえたんですけど」


「はい。私は和樹さんに結婚を申し込みました」


 うん、聞き間違えていないようだ。だがしかし、それにしても話がぶっ飛びすぎている。


「あ、もしかして同名の別の方と勘違いされてます? えっと、間宮和樹、16歳。遠ヶ崎高校2年B組出席番号33番で陸上部所属。家族構成は両親と妹1人、住所は――」


「わかったわかった、たしかに俺だ」


 しれっと住所まで言おうとしてなかったか? 俺の個人情報どうなってんだ。


「よかった。では、改めて和樹さん、結婚してください!」


「いや、改まられても困るんですけど!」


「なんでですか! 私の何が不満だっていうんですか! 美少女で、成績も優秀。運動だって得意です。これの何が問題なのでしょう!」


 左手を胸に当て、まるで演説をするかのように彼女はそう語る。


 というか、全部事実なんだけど自己肯定感高すぎじゃあありません?


「不満ってわけじゃないんだけど、その、なんだ? いきなり結婚だなんだ言われても困るっていうか、そもそも俺まだ高校生、16歳だから結婚できないんだけど」


「それはもちろん存じ上げています。ただ、こういうことは早め早めに先手を打っておかないと」


 そう言うと、彼女は先程までのにこやかな笑顔から、スッと真面目な顔になった。


「……待っていては、無くなってしまうかもしれませんから」


 見られるだけで背筋が凍りつきそうになるほどに鋭く真っ直ぐな瞳は、まるで俺のことを見透かして、そのずっと奥を見つめているようだった。


 パチン、彼女が手を叩くと柔らかな笑顔で再び俺の顔を見つめ始めた。


「さて、それではお返事をいただきたいところなんですが……そろそろ時間ですね」


「ちょっと待て、まだ――」


 スッと立ち上がり、彼女は俺の唇に人差し指を当てる。


「もう人が来ます。……続きはまた、放課後に」


 そう言うと彼女はイスにしっかりと座り直し、丁度入ってきた生徒に挨拶をした。

 今まで遠目で見たことがある、普段の彼女そのままだ。


 何が起こっているのか、全くもってわからない。

 ただ、ただひとつわかることがある。


 雪菜さん……いや、雪菜(このおんな)、ヤバすぎる。






 始業式ということもあり、簡単なオリエンテーションが入るだけで授業は終わり、そのまま解散となった。

 雪菜はというと、怖いくらいにいつも通りだった。今朝のアレはまるで幻、あるいは夢であったかと思うほどに。


 荷物をまとめて帰る準備をしていると、突然左側から尋常じゃない視線を感じる。強烈な嫌な予感が全身を駆け巡る。


「あっ、雪菜さん。そのー……さようならッ!」


「あっ、和樹さん!」


 俺はそう告げると、脱兎のごとく全力で教室から逃げ出した。廊下を走るなという先生の声がしたが無視して走る。


 階段を駆け下りて、そのまま1階の踊り場へ。一旦息を落ち着ける。

 とりあえず、ここまでくれば――、


「もう、急に走り出さないでくださいよ。……あっ、もしかして早く誰もいないところに行こうとしてくださってんですか? もう、それなら早くそう言ってくださいよーもうっ!」


「……」


 一応俺、陸上部なんだけどなあ。


 くるりと踵を返し、全力で階段を駆け上がる。


「あっ、ちょっと待って! 和樹さん! まだ返事を聞いてませんよ!」


 そういや住所も把握されてた。このまま逃げ帰っても追いつかれる。どこかで撒かないと。


 逃げて、逃げて、逃げて。……旧校舎1階階段下。身を潜めながら息を整える。

 今のところ、まだ彼女は現れていない。


「よお、なんか大変そうだな」


 声が聞こえて思わず身構える。


「……なんだ、正人か」


 そこにいたのは、小学校からの付き合いの正人だった。


「親友に向かってなんだとはひどいじゃないか。せっかくお前にいい場所を紹介してやろうと思ったのに」


 クルクルと、指でどこかの鍵を回している。


「本当か! それは助かる……」


「……随分と疲れてるみたいだな。よし、じゃあついてこい!」






「それで? 正人。お前の言ういい場所ってのはここか?」


「……オウソウダゾ」


「こっち向けよ。目を見て言えよ」


「いや、その、だな? 俺はお前のことを思って……だな?」


 こっちは向いたものの、目を合わせない。


「ならどうして、雪菜(コイツ)がいるんだよッ!」


 空き教室。そのイスに縛り付けられ俺を、彼女は満足そうに見つめていた。


「和樹さん、私と結婚してください!」


「誰かー! 助けてくれー!」


 悲痛な叫びは、誰にも届かない。

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