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2-23 ショコラは甘さ控えめ希望です! ~甘党悪魔の激甘溺愛では溶かされませんからね~

 侯爵令嬢ショコラは第二王子との婚約破棄を理由に野心家の父の激しい怒りを買い、幽閉されてしまった。満足な水も与えられず、衰弱したショコラは命の終わりを悟る。

「生まれ変われるなら、次こそ愛されたい……」

 来世の幸せを願い、ショコラは静かに目を閉じるが、そこに現れたのは悪魔シャルル。

 しかしシャルルはショコラの絶望に染まった魂を奪うべく現れたものの、ショコラの魂が激マズすぎるせいで奪えないというのだ。

 そこでシャルルはある契約を一方的に結んでしまう。

「お前を骨の髄まで愛して溶かして、魂を激甘にしてやる」

シャルルはそれまで植物状態だった第一王子の身体に乗り移り、人間としてショコラの元に現れた。

 ショコラを溺愛し、魂を激甘にして奪うために……。


「私は甘さ控えめが好きなので!」

 人目もはばからず激甘溺愛してくるシャルルに、ショコラの抵抗の日々が始まる――。

 幼い頃、私の焦げ茶色の髪と瞳を見るなり「チョレコに似て甘そうだ」と言った男の子がいた。チョレコとは茶色い木の実のペーストに、ミルクや砂糖を練り込んで固めた甘い菓子だ。

 私が十七歳になった今となっては、それがどこの誰の発言だったのか覚えていない。しかし、彼の言葉はなぜか心に深く刻み込まれている。

 ちなみに私は甘いものはあまり好きではない。

 何においても、甘さは控えめが良い。



(手足が動かなくなってきたわ……。まさか最期を床で迎えるなんて……)


 私――ショコラ・ド・ブラン侯爵令嬢は埃っぽく冷たい床に横たわっていた。焦げ茶色の長い髪が顔にかかり、息をする度揺れている。何日も食べ物を口にしていないが、空腹はとうに感じなくなっていた。

 私は自分の呼吸音しか聞こえないこの部屋で、大人しくその時が来るを待っていた。


 あちこちに芸術品が並ぶ侯爵家の屋敷は、数ある貴族の屋敷の中でも豪奢で有名だ。

 だが同じ屋敷内なのに、この部屋だけは別世界。鉄製の重い扉は光を漏らす隙間もなく、格子のついた窓から差し込む月光が唯一の明かりだ。お愛想程度に絨毯が張られた床には頑丈な鉄製の鎖止めまで設置され、まるで()である。

 それもそのはず。ここは悪魔に取りつかれたご先祖様が幽閉されていたという、いわくつきの部屋なのだ。


『ここまで育ててやったにも関わらず、婚約破棄されるなどという恥を晒しおって。この恩知らずめっ。お前の顔など見たくもないわ!』


 それは数日前のこと。父の怒鳴り声と共に、この部屋の扉は固く閉ざされた。私は婚約破棄されたことを理由に、野心家の父の怒りを買ってしまったのだ。


 そこまで父が激怒するのにも理由がある。私の婚約者だった方、それはこの国の第二王子でもあるシモン殿下だ。病気の第一王子殿下に代わり、シモンは現段階で王位継承権第一位。つまり私は次期王妃になるはずだった。

 婚約破棄の理由は彼の心変わり。何よりも守りたい女性が現れたそうだ。

 お互いの立場を考慮して婚約破棄などせず、私はそのまま正妃に、そして本命を側妃にする方法もある。だが彼はそれを選ばなかった。


(お父様曰く、私は『シモン様にとって顔も見たくないひどい女だった』ってことらしいわね……。そんなに嫌なら早く言ってほしかったわ。そうしたらこんな目にはあわなかったかもしれないのに)


 私が幽閉された時、部屋に残されたのはワイン瓶一本分の水、そして侍女がこっそり忍ばせてくれたチョレコ数粒……。

 だが細々と口にしていた水は今や底をつき、喉が渇くからと控えていたチョレコも、とうとう口に運ぶ気力がなくなった。


(水が足りないだなんてわかっているはず。外聞を気にするお父様のことですもの、婚約破棄などあってはならないこと。きっとこのまま私の命が潰えるのを望んでいるのだわ……)


 考えれば考えるほど絶望が胸を支配する。暑くも寒くもない季節だということが命を長らえさせていたが、それももう限界。疲れ果てた私は自然と下りてくる瞼に抵抗せず、静かに目を閉じた。


(家族にも愛されず、政略だったのに婚約者にも見放され……。神様、もし生まれ変われるなら、次は誰かに愛されてみたい……)


 目尻を伝い、熱い涙が一滴、耳に流れ込む。

 まだ涙を流せる水分があったんだと可笑しく思いながら、私の意識は闇の中に沈んで行った。




「――おい、お前。死ぬのか?」


 闇の中で男性の声が聞こえる。私に問いかけているが、彼の声に答えるだけの力はない。私は相手に聞こえないと思いつつも、心の中で呟いた。


(誰……? 死ぬって、私のこと?)

「俺か? 俺は悪魔シャルル様だ。お前の絶望に呼び寄せられた」


 聞こえていた……。

 そのことに驚きつつ、きっとこれは死の間際に見る夢なんだと納得させ、私は彼とのやり取りを続けることにした。夢とはいえ、誰かと話すのは久しぶりだったのだ。


(初めましてシャルル。そうよ、私は絶望していたの。でも、悪魔ってどういうこと?)

「悪魔は悪魔だ。もしや恐ろしさのせいで思考が麻痺しているな? かわいそうなことだ」


 〝悪魔〟――この国で恐れられている存在の一つだ。ただ聖女が結界で封じているため、もうこの国には現れることはない。悪魔と聞いて怯えるのは、今や子どもくらいだ。

 だが声の主――シャルルは誇らしそうに自らを悪魔だと名乗った。その口ぶりから得意気な顔が思い起こされるほどに……。


(その恐ろしい悪魔様が何の御用ですか?)

「よく聞け! 偉大なる悪魔の総領である『あのお方』の力となるため、俺がお前の絶望に満ちた魂を食ってやることになった」

(『あのお方』の力……?)


 私は自らの想像力に愕然とした。こんな夢を見る想像力があるなら、生きている間に童話でも書いておけばよかった。家に囚われず、一人で生きる――そんな生き方もあったのかもしれない。

 だがシャルルは私の沈黙が恐怖によるものだと思ったらしい。


「なんだ、怖くなったか。ふふふ、悪魔の恐ろしさを知るが良い。では、いただきます」


 シャルルが妙に丁寧な挨拶を口にした途端、私の意識はズルっと引き出されるような感覚に襲われた。その先にあるのは闇だ。何もない闇が、大口を開けて私を引き出し、飲み込もうとしている。その闇に捕らわれれば二度と出て来れないだろう。本能的な恐怖が私を支配した。


(何これっ? や、やだ! 怖い……! 誰か助けて……っ)


 ――私が助けを求めた、その時だった。


「――っう?! ブヘッ!! ……っ、ゴホッゴホッ!」

(な、なに? 大丈夫……?)


 突然、シャルルのむせる声が響き、引きずり込まれる感覚がピタリと止む。シャルルはゴホゴホとむせながら、狼狽えたように声を上げた。


「なんだこれ? お前の魂、激マズじゃないか! こんなもの俺は食えん!」

(激マズ……? 何よそれ、人の魂を『マズい』だなんて、それどういうことよ!)


 私は察しの良い方ではないが、彼の発言が私を貶していることくらいわかる。シャルルの言葉に思わず言い返すも、彼はそれどころではなかったらしい。


「口直し! 何か甘いもの……!」

(甘いものって言ったって、ここには何も……)

「ん? くんくん……甘い匂い! もらうぞ!」


 そう言うなり、私の太もも辺りがゴソゴソと探られた。ちょうど探られている部分にはポケットがある。


(あ、チョレコだわ。まだ残っていたのね)


 そうだった。閉じ込められる前に、侍女が持たせてくれたものの口に出来なかったチョレコが残っていたのだ。


「――あった! ぱくんっ……む、甘い。そうか、これはチョレコというのか。チョレコ、最高だ」


 しばらく無言の時間が続く。

 ようやくチョレコを飲み込む音が聞こえたと思えば、すぐにシャルルが私を呼んだ。


「おい、お前」

(『お前』じゃないわ。私にはショコラと言う名前が……)

「めんどくさいやつだな。おい、ショコラ。今は失敗したが、俺はお前の魂を必ず貰わねばならない」

(は、はあ……そうなの?)


 よくわからないが、私はとりあえず返事をしてみた。自分の夢なのに理解できないことが多すぎる。

 だが私が不思議そうに返事をしたからだろうか。シャルルは一瞬言い淀み、申し訳なさそうに話を続けた。


「しかし……ショコラの魂は俺の口に合わない。硬くて苦くて、激マズだ」

(硬くて苦くて、激マズ……)


 ひどい言いようだ。夢の中でそう言わせるほど、私は自分が嫌いだったのだろうか。情けない思いにツウッと目尻から涙がこぼれ落ちた。自分の空想の悪魔の前だ。少しは素直に泣いてもいい気がしたのだ。


「待て、泣くな! いい子だから最後まで話を聞くんだ」


 だがそこでシャルルが慌てて私の目尻を乱暴に拭った。さっきポケットを弄られたときも思ったが、なかなか現実感のある夢だ。

 シャルルは私の涙を拭いながら、子どもに言い聞かせるよう続きを語り始めた。


「魂を奪うまでの間、俺が骨の髄まで愛して溶かして、お前の魂をチョレコのように甘くしてやる。お前の魂は俺の愛で激甘になるんだ」

(そう、あなたの愛で私を……って、はい? どういうこと?)

「そのままの意味だ。俺がお前を愛してやる。魂が甘く溶けるほどにな」


 涙が一気に引っ込む。そこで思わず聞き直した私も馬鹿だった。シャルルはさも当たり前だと言わんばかりの言い草で、次の瞬間には私の唇にふわりと柔らかいものが触れた。ほのかにチョレコの香りが鼻先を掠め、私の思考は停止した。


(え……今、何を)

「ん? 契約代わりに口づけただけだが?」

「――っ、ちょ! 口づけって……」


 私はそこで耐え切れずバチッと目を開いた。だが飛び込んできた光景に、口から出かかった文句が一気に引っ込んだ。

 部屋に差し込むおぼろげな月明りでもよくわかる。宝石のような青い瞳。白磁のような真っ白な肌に、漆黒の髪の毛。そして全てが芸術品のような整った顔立ち。あまりの完璧さに唖然とする私に、目の前のシャルルは白い牙を見せ、嬉しそうに微笑んだ。


「なんだ、髪だけじゃなく目もチョレコそっくりじゃないか。甘くて美味そうだ」



 私の記憶はそこで途切れている。次に気がついた時にはまだ私は生きていて、自室の柔らかなベッドに寝かせられていた。

 だが、私が意識を失っている間に国を揺るがす大事件が起こっていたらしい。重い病気とされ、十年間意識のなかった第一王子シャルル=エルヴェ・ガトー殿下が目を覚ましたというのだ。

 そして彼の姿は今、ブラン侯爵家の私のベッド横にあった。

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