2-22 この生徒会に青春はない:県立中川工芸高校生徒会執行部vs異世界転移サバイバル
青春に憧れ、非日常に焦がれる少年・志貴野葵。彼は花の青春スクールライフを夢見て生徒会執行部に参加したものの、その実態は青春とはかけ離れたものだった。
食えない性格の先輩野郎共とともに、雑用仕事に忙殺される日々が半年ばかり続いたある放課後。もはや幾度目かもわからない後悔をボヤいていた葵は、謎の《ゆらぎ》が学校を包み込む怪現象を目撃してしまう。
そして気が付くと、葵をはじめ生徒会メンバー、のみならず学校敷地そのものと校内に滞在していた生徒600余名がまるごと異世界に転移してしまっていた!
これはトンチキな現象に巻き込まれ、それでも逆境に立ち向かっていく生徒たちの奮闘と挑戦、生徒会の暗躍、十三部長連合会の野望、異世界茶道バトルだとかなんとか、そんな感じの超ド級スペクタクル群像劇である。
果たしてこんな状況で、我らが主人公・葵は青春を謳歌できるのだろうか。頑張れ葵、作者も応援しているぞ!
春先に萌出た若葉が、青々と茂りだした4月の半ばのこと。旧・定時制中川高校校舎棟4階の、北の端。普段はまず訪れることの無いその場所に、僕は初めて足を運んでいた。
「ここか……!」
僕の名前は志貴野 葵。今年からこの県立中川工芸高校に通い始めた、ごく普通の高校1年生だ。そしてもったいぶるつもりもないが、今日からはなんと、なんと! 栄えある生徒会執行部の一員である。
「生徒会」
なんと心が躍る響きだろう。古今東西の創作物では、総じてなんというかこう、キラッキラした青春のカタマリのように描かれることの多い、あの「生徒会」だ。悪の組織みたいに描かれることも多いって? いいんだよ細かいことは。
とにかく。僕は青春を求めているのだ。だってよ、高校生なんだぜ……? 高校生なのに青春しないなんてのはウソだろ。もったいない。
しかし、だというのに僕が通う電子機械科の教室は、男子38名に対して女子2名という狂った……というのは言い過ぎにしても、恐ろしく偏った男女比率だ。女子が一人もいない機械科や電気科などに比べればまだ華があるんだろうが、これでは青春など望むべくもない。ほんとに共学校か?? 競争率が高すぎる。
むろん、青春のすべてが異性がいないと成立しないわけではない。もちろん同性との友情もまた青春の一環だ。とはいえ。貴重な青春時代ど真ん中の3年間を、女日照りでカラッカラに乾いた男友達同士で無聊を慰めあうのに浪費してしまうのは、断じて許容できない。そう僕は奮起したのだ。
そこに降ってわいたのが、このチャンスだった。入学早々、所属する委員会を決めるロング・ホームルームで、数ある委員会に交じってしれっと生徒会執行部の名があったのだ。一も二もなく飛びついた。不思議なことに立候補は僕一人だったので、すんなりと希望は通り――。
「し……失礼します!」
ノックを3回。「生徒会室」のルームプレートが燦然と掲げられた部屋の扉に、僕は今、手をかけている――!
▽▲▽
第0話「この生徒会に青春はない」
△▼△
「………………………………やめたい」
北陸特有の湿った夏のクソ暑さがようやくナリをひそめた9月のおしり。僕は生徒会室の長机に突っ伏して、頬をベッタリ天板に張り付けながらぼやいた。
「そればっかやなぁアオちゃんは」
頭上から降ってくる声は、ひょろっと細長い眼鏡の男――副会長の砺波(電気科2年)のものだ。彼は怒るでも慰めるでもなく、目線を手元のPSPに落としたままパイプ椅子の背もたれをきしませた。
「まだ半年も経ってねーんだぞ。泣き言いうな」
別の声からぴしゃりと窘められる。議長の常願寺(機械科2年)は、これまたPSPに視線を落としたまま僕の足をつま先で小突く。これまた男だ。僕は長い長い溜息をついた。
「おおかた、生徒会に入ればマンガみたいにキャッキャうふふできるとでも思ってたんだろう」
続く声に、僕は辟易した。おおかたも何も大正解だ。恨みがましく顔を上げると、そこには女子のように整った顔立ちながら、詰襟の学ランでかっちり決めた男がいる。誰あろう彼こそが、生徒会長の石動(建築科2年)だ。会長は読んでいた小説から顔を上げ、僕のほうを見てにやりと笑った。
「残念だったな葵。女子が一人もいなくて」
クソがよ、という言葉をすんでで飲み込んで、代わりに長い溜息を吐く。その女の子みたいな顔で言われるとなお虚しい。
そう。会長の言うとおり、この生徒会執行部に女子は一人もいない。由々しき事態である。しかし生徒会の活動内容を身をもって体験すれば、なるほど女子が寄り付かないのも身に染みた。というか、そもそも男子すら寄り付かない。驚くべきことに、石動・砺波・常願寺と僕。合わせて4名が、この県立中川工芸高校生徒会執行部のフル・メンバーである。先日の生徒会選を機として、執行部の中枢を担っていた3年の先輩どもが丸ごと引退しやがった結果だ。うっそだろお前……!
「……掲示物の張替え、蛍光灯の交換、資材の運搬、工場の掃除、備品のチェック、正門の修繕、ペンキの塗り替え、運動部の連中の応援、運動部の連中の応援に来る生徒のための飲み物の手配、応援グッズ作成、体育館のワックスがけ、運動会のテント設営、運動会の裏方全般……! 全部、全部雑用じゃねーですか……っ!」
指折り数えながら、僕は血を吐くように叫ぶ。そう、初めてこの教室を訪れた時からそうだ。挨拶だけのはずが、結局校内掲示物張替えツアーに強制連行された。思えばあれがけちのつけ始めだったのだ。僕は椅子を蹴立てて立ち上がった。
「ええそうですよ、そうですとも! ぼかぁ青春がしたくって生徒会に入ったんです! それが何ですか、来る日も来る日も雑用雑用、仕事がない日はこうやって部屋でダラダラ! これが生徒会!? ショムニじゃねェーんだぞ!」
「どうどう、吠えるな吠えるな」
「いやショムニではねーだろ。懐かしいモン持ち出しやがって」
「そもそも生徒会に入れば青春できるという考えが浅はかすぎるんじゃないか?」
それぞれ砺波・常願寺・石動のすげない返しである。僕は振り上げたこぶしと浮かせた腰をそっとおろして、静かに顔を伏せてさめざめと泣いた。3人の先輩はそれぞれ生暖かい視線を僕にくれた。
「もうだめだぁ……おしまいだぁ……グッバイ青春の光……」
「いや、そう悲観せんでも良いやろ。アオちゃんはまだ若いんやから。来年は可愛いオンナノコの後輩が入ってくるかもしれんやんか」
「砺波先輩ぃ……」
「まあ仮に女の子が入ってきたとして、お前に絆されるとは思えねーけどなァ」
「常願寺ィ……!」
「来年のことを言うと鬼が笑う、という言葉があるが、来年後輩に笑われないように今のうちにしっかり仕事を覚えておくんだな。冬には楽しい雪かきもあるぞ。期待しておけ」
「ゥス……」
うげぇ、雪かき。この4人で? 考えたくもない。うちの学校、高校にしてはめちゃくちゃ広いんだ。ちょっとした大学くらいの敷地がある。何ならここいらは冬になると毎年軽く1メートル以上は雪が積もるわけで……いやん、かんがえたくない。
「はぁ、もうちょい刺激的で、青春な感じのイベントが起きないもんスかねぇ~……………ん?」
僕の益体もないボヤキに、お三方はだれ一人答えることはなかった。ドライな先輩方だと半目で視線を送ると、ふと窓の外に違和感を感じる。なんというか、こう……ゆらいでる?
「会長、あれ、なんですかね……?」
「ん? なにがだ」
「窓の外ですよ。なんかこう……ゆらいでません?」
お三方はそれぞれ己の趣味に没頭していたから、それに気づいたのは僕が最初だった。会長は何をばかな、と言いながらも窓に目をやって、その端正な顔立ちを困惑にゆがめた。
「……蜃気楼? 魚津でもないのに?」
「なんやなんや」
「お、マジだ。なんかぐにゃっとしてやがる」
先輩方が窓にくぎ付けになった時点で、僕は口の端をひきつらせた。窓をさす指先も、なんなら声も。意図せず小刻みに震えていた。
「せ、先輩方」
「ん?」
「僕の見間違いってわけじゃないと思うんですけどォ」
「なんや?」
「いや、その」
「んだよ、じれったい奴だな」
「――アレ、近づいてきてません?」
「えっ」
3人の先輩の声が、見事に唱和した。そして、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで――
――ゆらぎは一瞬で僕たちを飲み込んでしまった。
▽▲▽
「ん……ぁ?」
まるで長い時間がたったような、そうでもないような。気を失っていたような、そうでもないような。とにかく奇妙な感覚が一瞬挟まって、僕は目を瞬かせる。目に映る風景は、さっきと何も変わらない。乱雑に物が積みあがった倉庫みたいな生徒会室と、3人の食えない先輩方。その先輩方は三者三様の表情を浮かべて、しかし目は窓の外にくぎ付けである。
「すげぇな……」
最初に感嘆の声を発したのは常願寺だった。
「は、ははっ、こんなん、漫画やんか」
次に、砺波が上ずった笑い声を発した。
「ふぅむ」
最後に会長が、その形のいい顎を手でこねくり回しながら、うなった。
窓の外。それは最初から見えていたのに、あまりにアレだったので見えないことにしていた風景。けれどその儚い抵抗も、先輩方の間抜けな声を聴いてしまえば決壊する。
「まさか……異世界転移、ってヤツ?」
窓の外、校庭の先。眼下に鬱蒼と茂る原生林を越えて、雄々しくそびえる青き山並みのかなた。大地に深々と突き立ちなお余りある刀身――雲を貫き天を劈く巨大なつるぎの姿が、威容と異様と威風と異彩を放って僕の目に飛び込んでくる。マジかよ。
「フ……楽しそうだな、葵」
会長の声で我に返る。彼はにやりと笑っていた。そして僕は、もちろん驚きはしていたのだけど――
「おまえ、ここに来てから一番いい笑顔じゃないか」
ドン引きするレベルの満面の笑みを浮かべて、窓の外に魅入っていたと、のちに会長は教えてくれた。
<つづく>
<次回予告>
謎の異世界転移現象に巻き込まれた県立中川工芸高校生徒600余名は、混乱の極致にあった。生徒会長・石動は混乱を鎮めるため、常願寺と砺波をひきつれ放送部に襲撃をかける!
一方蚊帳の外に置かれた僕は僕で、会長からとある重要指令を受け取っていたのだった。
次回、この生徒会に青春はない。第1話「この学校には布団が足りない」
――僕は、青春をあきらめない。





