40 セラフィナ・アッカルドは魔鉱細工師である。
ルーカスと婚約したという話は速やかに貴族の間に広まったらしく、その後の日々は平穏そのものだった。
婚約したといっても、お互い仕事がある。
ルーカスは黒の領域の監視をしていて拘束時間が長いし、私も平日昼間は文官の仕事、特定の日の夕方から夜半過ぎは狩人の待機任務、時々緊急出動。その他の時間は家事をしたり魔鉱細工の加工に取り組んだりと忙しい。
ルーカスとはなかなか会えず、私が狩人の待機時間中に哨戒部隊のいる城壁の上に出向いて、『オウル』と『キャット』として話をする時間が一番長いという状況だ。
「…今週も会えないな」
「会ってるよ? 今」
城壁の上、哨戒任務につくオウルは実に不満そうだった。
ペシペシと腕を叩くと、私を背後から抱き締めているオウルは私の肩に顔を埋めて呻く。
「…そういう意味じゃない」
そう言われましても。
オウルの腕の中はそこそこ居心地は良いが、オウルが顔を伏せていたら仕事ができない。あと、フクロウの仮面のクチバシの部分が肩にめり込んで地味に痛い。
「ほら、仕事して部隊長」
「…」
オウルが不満そうな空気をまとったまま顔を上げる。
かなり遠く、監視塔の上に立っていたオウルの部下が、サッと視線を逸らしたのが見えた。
「…あいつ、後でシメる」
オウルも気付いていたらしい。凝視しやがって、と呪いのように呟くのはいいが、周囲から見える位置で私を抱き締めているオウルが悪いと思う。
…まあこの行為自体が周囲への牽制になっているらしいから、私が説教するのも違うけど。
最近はこうして、オウルをなだめつつ狩人の待機時間を過ごすのが定番になっている。
領主館では、私の副業問題は結局うやむやになっていた。
あれ以降呼び出されることはなく、私は相変わらず代筆課で仕事をして、定時退勤している。
変わったのは、同僚たちとすっかり打ち解け、定時退勤する時に朗らかに挨拶できるようになったこと。ちょっとした雑談もするようになり、課長は「課内の雰囲気が良くなった」と喜んでいた。
ちなみに、文官の服務規程にあった『副業禁止』の文言は、いつの間にか削除されていた。
改訂履歴にも残らない修正だ。多分、最初からなかったことにしたんだろう。
それでいいのかと思わなくもないが、私が過去に遡って処罰される可能性もなくなったので万々歳というやつだ。
処罰と言えば、私の給料を勝手に孤児院に寄付していた孤児院長は、『限りなく黒に近いが、グレー』と判断されて処分保留になったそうだ。
そもそも『代筆課』なんてものが領主館に存在する領地である。公的文書の『偽造』は犯罪だが、『代筆』に関しては罰則規定自体が存在しない。
書類を勝手に作られて提出されたというのはあくまで私が主張しているだけであって、物証がない。
共立学校の当時の校長は「セラフィナ・アッカルドを文官に推薦したのは事実だが、それは本人の希望だった。試験合格後の提出書類については全く知らない」と言い放ち、アッカルドの孤児院長は「書類を作る時間がないと本人に泣きつかれて代筆役を手配した。記載内容はセラフィナ・アッカルド本人の指示によるもので、私は知らない」と主張した。
そして問題の書類の端の端には、汚れのような見た目の小さな小さな代筆者のサインがあった。書類の体裁としては、ギリギリ、問題がなかったのだ。
孤児院長と共立学校の元校長は、2人とも貴族。そして私は平民。
物証がなければ、いくら領主でも表立って糾弾することはできなかった。「当時はどうだったか知らないが、今現在セラフィナ・アッカルドに寄付の意思はないので、今後は給与からの寄付は取りやめる」と通達してくれただけでもマシというものだ。
──非常に残念な話ではあるが、身分制度がある社会などそんなものである。
領主館全館冷房設備は、デモンの侵入経路及びその原因を調査した後、速やかに廃止され、全て元に戻された。
実は、当初の計画では黒の隔離地を囲う城壁の上側から冷気を取り入れることになっていたのに、予算を削るために施工開始後に取り込み経路が変更になっていたらしい。
変更後の冷気取り入れ経路は、地下。城壁の下を通って黒の隔離地の地面に直接取り入れ口を設置するという、正気の沙汰ではない設計だった。
一応、取り入れ口は城壁のきわ、細長いスリット状の穴だったらしいが、デモンは基本地面を這うし結構自由に変形するから、ほぼ完全に入り放題だったわけだ。
この設計変更は見積もり金額の『減額』だったため、制度上、領主の承認を得ずにそのまま進めることができた。そして、設備課と会計課にはデモンに関するまともな知識を有する者がいなかった。
結果、誰もリスクを認識しないまま、危険な通路が完成してしまったのだ。
ちなみに、狩人管理事務所はこの地下通路の存在を認識していなかった。
狩人管理事務所の所掌範囲は『黒塊が生み出すデモンと、それを討伐する狩人』。黒塊の周囲を囲う城壁は、領主、ひいては領主館の文官たちの管轄だった。
領主館全館冷房計画についての通達を狩人管理事務所が受け取ったのは、領主館で計画の実行が決まった後の話。
安全性について疑問を呈する管理事務所職員もいたが、既に計画が走り出していたこと、狩人管理事務所が受け取った計画では城壁の上部に通気口を設ける設計だったこと、そして城壁などの管理は管轄外だったことから、管理事務所から領主館へ物言いが入ることはなかった。
領主館側は領主館側で、狩人管理事務所から何も物言いがなかったことで計画が受け入れられたものと思い込み、専門家が反対しないのだから大丈夫だろうと安易に考えた。
お互いに所掌範囲を死守した結果、非常に残念極まりないすれ違いが起きたわけだ。
この設備を発案した設備課のデイヴィッドは、一定期間の減給処分になった。
そして狩人の45番としては、除名。
デモンのリスクを甘く見過ぎていたこと、度重なる狩人管理事務所職員への威圧的な態度、そして領主館へのデモン侵入事件の際にオウルの指示を無視して独断専行し、周囲を危険に晒したことが決定打となった。
文官としてはそのまま勤めることもできたが、処分が決まった後、デイヴィッドはいつの間にか領主館の文官を退職していた。
実家が事態を重く見たか、それともデイヴィッド本人がこの屈辱に耐えられなかったのか、詳しいことは分からないが。
他にも処分を受けた文官は複数いる。デイヴィッド一人の責任ではないと上層部が判断したからだ。
オウル率いる狩人の哨戒部隊にも処分者が出た。
直前のシフトでデモンが出現したため、自分たちの担当時間には出ないだろうと高を括って監視を怠り、勝手に仮眠をとっていた者が複数いたのだ。
彼らが寝こけている間に、黒塊から産み落とされたデモンが冷気取り込み口に侵入した。
討伐部隊の狩人からの「出動要請を受けて黒の隔離地に入ったら、デモンが黒塊の近くではなく端の方にいた」という情報により、その事実が明らかとなった。
──そうして、真夏でも長袖で過ごせる領主館という構想は、幻と消えた。
一方、私の本業、魔鉱細工師の仕事には進展があった。
私が作ったミスリル銀のペンダントトップが、売れたのだ。
「はいこれ、売り上げね」
「ありがとう!!」
領主館の騒動とそれに伴う処分が一段落した、夏の終わりのある日。
自宅1階の応接ソファーで、硬貨が入った革袋を私は初めてアイリーンから受け取った。
魔鉱細工師としての初収入である。結構な金額だが、これは使わずに記念にとっておきたい。
ほくほくと革袋の中身を眺めていると、それでね、とアイリーンがテーブルの上に指輪を置いた。
私が作ったミスリル銀の指輪のうち、2つ。大きめのやつと小さめのやつだ。
「これに宝石をつけて、指輪の内側に文字を彫って欲しいのよ」
「え」
多分、普通の宝飾品ならごく普通の注文だろう。
指輪のサイズ直しなんて当たり前だし、リフォームだってよくあるし、記念の指輪の内側に本人にだけ分かる文字を彫るのもよくある。
が。
「…ええと、それだと完全に一から作り直しになるんだけど…」
「えっ?」
「……魔鉱細工の場合、滅茶苦茶硬いでしょ? 後から文字を彫るとか石を入れるとか、ちょっと難しくて…」
「あー……そうだったわね」
「あと私、そこまで細かい細工やったことない…」
「……」
アイリーンが真顔で沈黙した。私は慌てて言葉を付け足す。
「で、でも今はできないだけで、もしかしたら何かやり方があるかも知れないから! 色々試してみるから、ちょっと時間が欲しい…デス」
「…分かったわ」
ダメだと言わないのはアイリーンの慈悲だろう。
2つの指輪と、それに入れて欲しいという緑色とピンク色の宝石を受け取り、私はしっかりと頷く。
「頑張ってみるよ」
「ええ、よろしくお願いね」
──で。
「ウィッカ様お師匠様女神様! 助けてぇ…」
《そんなことだろうと思ったわよ》
アイリーンが帰った後、初収入と依頼品を鍵付きの引き出しにしっかり仕舞って、私はウィッカに泣きついた。
《指輪への石の象嵌に文字の彫り込み──そうね。修業には丁度いいかしら》
「修業」
《当たり前でしょう? 今の貴女の魔力制御じゃ、はっきり言ってチャレンジ案件どころの話じゃないわよ》
つまり難易度が非常に高いということだ。分かってはいたけど。
「……ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします…」
頭を下げると、はいはい頑張りましょうねーと何とも心強い答えが返ってくる。
ソファーに飛び乗ったウィッカは、思わせぶりな顔で私を見上げた。
《──けど、ルーカスと婚約したんでしょ? 狩人としての名声も日に日に高まってるみたいだし。魔鉱細工師なんて諦めればいいじゃないの》
平然と言い放たれた言葉に、私は目を見開いた。
「何てこと言うのさ!」
《本当のことでしょ? 今やお貴族様の間じゃ、セラフィナ・アッカルドは狩人の中でも有数の実力者だって評判らしいし。すっかり有名人よねー。狩人として》
その通りだ。それは認める。
でも。
私は頭を抱えた。
「違う! 私はそっちで有名になりたかったんじゃない!」
狩人として名が売れたって、何の意味もない。
だって、
「私は、魔鉱細工師なんだってばー!!」
私の魂の叫びが、虚しく借家にこだまする。
…この家、防音しっかりしててよかったな…。
──というわけで、定時上がりの複業文官、第1章はこれにて終幕となります。
第1章です。ええ。つまりまだ続きますが。とりあえずここで一区切りですね。
作者としては初めて『文字数を考えながらきちんと起承転結をつける』『切りのいいところまで書き切ってから掲載を始める』ということを試みている本作品。
第1章はお楽しみいただけましたでしょうか。
毎日更新で、それなりにスピーディーに話が進んだかな?と個人的には満足しております。
…そして、第2章でございますが。
こちらはちょっと間を空けまして、来週、2月14日(土)の11時から更新を開始する予定です。
11時という時点でお察しかと思いますが、第2章に関しては、土日にまとめて更新していく形式を取ります。
…というのもですね。第2章は、第1章とは雰囲気が全く異なりましてですね…。
これ1日1話更新にすると、色んな意味で結構ヤバそうだなと…ハイ…。今、書いてる途中なんですが。ヤバいです(何が)
…というわけで、また次の土曜から!
お付き合いいただけますと嬉しいです…!




