36 とても嫌な予感。
持ち帰った貰い物のお菓子は、ウィッカと一緒に美味しくいただくことにした。
それでもなお量が多かったので、日持ちしそうにない物は狩人管理事務所に持ち込み、職員のみなさんに処理してもらうことにする。
仮面とマントをつけて受付カウンターで差し出したら、まず療養中のはずの私が普通に受付にいることに驚かれ、その格好でお菓子を渡したことにも驚かれた。
救護室のパイソンにも、左腕の神経に回復魔法をかけてもらうついでにお菓子を渡す。
すると、意外な発言が返ってきた。
「何じゃ、愛の告白か?」
「は?」
「この菓子は、貴族の間じゃ告白の時の贈り物の定番じゃぞ」
「何それ」
パイソンに渡したのは、菓子折りに入っていた焼き菓子だ。一口サイズのパイ生地の間にジャムを挟んだもので、とにかくものすごい数が箱に入っていた。
そう説明すると、パイソンの目が輝いた。
「確か、数の多さが本気度の指針になるんじゃったか。いくつ入っておった?」
「覚えてない。もう方々にばら撒いちゃったし」
「もったいないのう」
「食べ切れない方がもったいないでしょ」
言いながら思い返す。
確か、一抱えくらいある箱に上下2段、みっしり入っていたような…。
貰い物が多すぎて、もはや誰が何をくれたのかすら把握できていない。他課の人だと名前すらうろ覚えだ。告白するにもタイミングが悪すぎやしないかと、顔も覚えていない送り主に心の中で突っ込む。
「で、どうするんじゃ?」
パイを口の中に放り込んで咀嚼しながら、パイソンが面白そうに訊いてくる。
「告白には返事をせねばのう?」
「直接言われたわけじゃないから無効。そもそも誰がくれたのか覚えてないし」
「何じゃ、つまらん」
「つまらなくて申し訳ありませんねー」
半眼で応じると、パイソンがくくっと笑った。
「あやつも前途多難じゃのう」
「あやつ?」
「こっちの話じゃ」
そして翌日。いつものように領主館に出勤したのは良いのだが──
「せ、セラフィナさん! その、お話が…」
「?」
朝一番、始業前にやって来た男性文官は、何故か頬を赤くしていた。
私が立ち上がってそちらに向き直ると、何か大変な決意を秘めた表情でビシッと姿勢を正し、背中に回していた手をバッと前に出す。
その手には、きれいなバラの花束が握られていた。
「その──私と、結婚を前提にお付き合いしてください!!」
「ごめんなさいお断りします」
「!?」
即答したら、男性文官は愕然と目を見開き──その目がみるみるうちに潤んでいく。
…あの、その顔やめて。何か無駄に罪悪感が…。
「だ…ダメですか…?」
「ダメですね」
「どうしても…?」
「ダメです」
「せ、せめて花束を受け取ってはいただけませんか…?」
「期待を持たせるつもりはありませんので、申し訳ありませんが受け取れません」
表情を整え、きっぱりとお断りする。
貴族の間では、異性から贈られた花束を受け取ることは「前向きに検討します」「お友達から始めましょう」くらいの意味がある。
口頭で断っていても、贈り物を受け取ったら「気がある」と解釈されるらしい。迷惑な。
…昨日、すっごく嫌な予感がして領主館での顛末を説明し、パイソンに貴族の告白方法の詳細を教えてもらったのだ。罠かと思うような解釈が満載で途中で叫びそうになった。
ちなみに、目の前の彼はまだ良心的な方だ。人気のないところに呼び出さずにその場で告白している。
人気のないところに誘われたら、その呼び出しに応じた時点でOKのサインになるそうだ。狂気の沙汰だと思う。
「……そ、そうですか……お時間を取らせて申し訳ありませんでした…」
涙目で肩を落とした男性は、それでもきちんと一礼し、花束を抱えたまま部屋を出て行った。
バタンとドアが閉まり、私はふうと溜息をつく。菓子折りが愛の告白だと知って警戒はしていたが、まさか始業前から襲撃があるとは。
「セラフィナ! 大丈夫ですの!?」
背後からアナスタシアが駆け寄って来た。私は振り返って頷く。
「大丈夫大丈夫。予想はしてた」
「よ、予想?」
「…昨日の貰い物の中に、貴族が告白に使うやつが紛れてて…。私は全然気付かなかったんだけど、知り合いが教えてくれたんだよね…」
「あー…あれか」
同僚の一人が納得の声を上げる。やはり貴族の間では有名なものらしい。
ねえ待って、と声を上げたのは別の女性文官だ。
「昨日の時点でそれってことは、もしかして、これから今みたいなのが大挙して押し寄せてくるかも知れない、ってこと?」
ざわ、と課内に動揺が走った。
「それは…」
「有り得る…」
「…迷惑…」
ぽつぽつと文句が漏れている。そりゃあそうだろう。勤務時間内に告白なんて、業務妨害もいいところだ。
「…ごめんなさい。なるべく手短に終わらせるから、とりあえずここでお断りするのだけ許してください…」
私が頭を下げると、アナスタシアたちが目を見開いた。
「貴女が謝ることではありませんわ!」
「こんな所に来る奴が悪いのよ!」
「そうよ! だって告白を受ける気はないんでしょ?」
「ないね。全く、欠片も」
「……欠片もないのか…」
言い切ったら、何故か男性文官の一人が暗い顔で呻いた。
「だって私、貴族になる気はないし。強要されたら街を出て行くレベルだよ?」
「え」
「そこまで!?」
「私は貴族として生きたいわけじゃないからね」
肩を竦める。
私がなりたいのは魔鉱細工師であって、魔鉱細工を買う側の人間になりたいわけじゃないのだ。
そもそも貴族なんて、しがらみと権力闘争と血筋だなんだの泥沼の争いのイメージしかないし。
同僚たちが深刻な顔で頷き合った。
「…分かったわ。どうしても断り切れなさそうだったら、私たちも口を出すから」
「ええ。私も」
「俺も」
「勤務時間中に告白なんて不届き者は、馬に蹴られちまえばいいんだよ」
「あ、馬なら今日、我が家からここに納品されてきますよ。待機させておきましょうか?」
一部、非常に不穏なことを口走っている人もいるが。
私は笑顔で頭を下げた。
「ありがとう。もし何かあったら、頼らせて」




