33 思わぬ事実
人事部長は胸を張って続けた。
「──で、あるからして、今回の件に関しては、セラフィナ・アッカルドの文官としての仕事ぶり、ならびに狩人としての貢献を鑑み、例外的な措置を講ずることといたしました」
「うむ!」
「当然であろうな」
……気のせいだろうか。
何かものすごく嫌な予感がする。
「貴族であれば副業は当然。セラフィナ・アッカルドが貴族の一員となれば何の問題もない。我ら人事部はそのように判断いたしましたゆえ──セラフィナ・アッカルドを当家の息子の妻に迎えることを提案いたします」
瞬間。
「待ちたまえ人事部長! 話が違う!」
「我が家も立候補しておったはずです!」
「わ、私の養女とするという案も…!」
喧々囂々。お歴々が椅子を蹴立てて立ち上がり、唾を飛ばして騒ぎ始めた。
どこぞの国会議事堂内でのヤジもかくやという姦しさである。
『女三人寄れば姦しい』と言うが、男も集まれば十分うるさい。
どの家が私を確保するかという根本的に間違った議論をしている連中をできるだけ視界に入れないように、視線を正面に固定する。
必然的に領主と秘書官が視界に入ることになるが、秘書官はうるさそうに眉をひそめるだけ、領主に至っては大変面白そうに罵詈雑言が飛び交う現場を眺めているだけで、止める様子がない。仕事しろよ上役。
念じていたら、領主がちらりとこちらを見た。目が合うと、領主は一瞬、肩を竦めてみせる。
…なんだろう、すごく…ムカつく。
「あのー」
その苛立ちを声に込めて、私は右手を挙げた。それほど大きい声でもないが、声のトーンが男性より高いので結構響く。
ケンカ腰で言い合いをしていた面々が、こちらを見て決まり悪そうに席に戻った。
人事部長だけは自席に戻っても着席しなかったので、小首を傾げて問い掛ける。
「発言しても?」
「…うむ」
では。
「私は貴族になるつもりはないです」
スパッと言い切ったら、お歴々が目を剥いた。待てとか何故だとかいう声が聞こえるが、無視して続ける。
「私は平民で、しかも孤児院出身です。住む世界が違い過ぎます」
「孤児でも、養子縁組で貴族になる者は珍しくないだろう」
「それは本人が同意したら、とか、説得できたら、の話でしょう? 私はそういうの、断じてお断りです。自分の人生は自分で決めます。結婚するにしたって、相手は自分で決めます。貴族にはなりません」
何故か一瞬、脳裏に冬の月のような銀髪と、宵闇のような紫紺の瞳が思い浮かんだ。
「いや、だが、これは君が文官として働き続けるために必要な措置なのだぞ? 貴族になれば狩人として働くことは当然で、副業扱いにはならない」
人事部長が焦りを含んだ声で言う。
多分、本気で、救済措置的な感覚で嫁入りとか養子縁組を考えたんだろう。ただしそれは建前で、『名持ちの狩人』、つまり貴族垂涎の魔力の豊富な人間であることが最大の理由だと思うが。
つまるところ、こういう一見親切そうな提案をしてくるのは、魔力の強い子どもを産める可能性がある女だから、なのだ。
──そんな下心満載の提案に、誰が乗るか。
はらわたが煮えくり返る気分で、私はゴリッとした笑みを浮かべた。
「じゃあ文官辞めます」
「…………は?」
「そっちの都合でどっかの誰かとの結婚とか養子縁組とかを強要されるんだったら、私、文官、辞めます」
「はあ!?」
「何を言い出す!」
「そんなことが許されるとでも──!」
化けの皮が剥がれるのが早い。
「はい、それ」
居丈高に「そんなことが許されるとでも思うか」と言いかけた──確か総務部の部長をビシッと指さす。マナー違反だが構うものか。
「…『そんなことが許されるとでも』…何です?」
額に青筋浮かべつつにっこり笑って問い掛けると、総務部長はウッと呻いて視線を泳がせた。
その程度で追及の手を緩めるつもりはない。
「許す? 許さない? 第三者に、私の進退を決める権限があるとでも?」
「た、退職は上長の許可がなければ」
「私の上長は代筆課の課長です。貴方ではありません。それに、退職に関しては本人の意思が尊重されるはずです」
昇給や降格は上司による評価で決まるから自分の意思は極論関係ないが、ここで働き続けるか否かは、自分で決められる。
「副業は禁止なんでしょう? 本人が辞めるって言ってるんだから何の問題もないじゃないですか。規定に基づいた処分を下していただいて構いませんよ」
多分お歴々は、私が文官の仕事を続けたいと思っている、という前提で今回の場を設定している。仕事を続けたければ自分の家に入れ──つまるところただの脅迫だ。
しかし残念ながら、その大前提が間違っている。確かにこの仕事自体は楽しいし、代筆課の課員とも打ち解けて、続けられるなら続けたいと思っていることは事実だが──私の人生を犠牲にしてまで優先すべきことではない。
私は魔鉱細工師だ。多少魔法金属の購入頻度を下げれば、生活費は狩人の収入で事足りる。
領主館の文官という肩書きは、この街に住むのに必要だっただけ。
私が名持ちの狩人だと公表してしまった今、逆にその名前を使えばこの街の居住権を得るのは簡単だ。何の問題もない。
むしろこの面倒な状況をさっさと終わらせたいので「辞めろ」と一言言って欲しい。さあ。さあ!
ウェルカム! と笑顔を浮かべていたら、いや、しかし、と人事部長が呻いた。
「アッカルド孤児院への寄付金はどうするのだ?」
「…………は?」
全く予想外の言葉に、思考が停止した。
──なにそれ。
あっけにとられる私を見詰め、人事部長が不思議そうに眉を寄せて補足する。
「出仕開始当初から、給料の一部を天引きしてアッカルド孤児院へ寄付しているだろう? 文官を辞めたら、それができなくなるではないか」
「…………いや待ってください。寄付? 何ですかそれ。私そんなの知りませんよ。もしかして私の給料がやたら安いのって、そのせいですか?」
「………は?」
「…え?」
「何……?」
訊いたら、場の空気が凍りついた。




