32 呼び出された先
その後何だかんだで、課員全員からそれぞれお礼を受け取り、敬語不要やら呼び捨てやらを約束することになった。
彼らの間では、私は狩人の仕事のために毎日定時退勤しているのだという結論に達したらしい。今まで先に帰るのを不満に思っていた、すまなかったと謝罪を受けた。
…ゴメン、実は半分違う。違うけどそういうことにしといて。
そうして和やかに昼食を終え、文官として出仕して以来、最も晴れやかな気分で午後の仕事に取りかかろうとしたところで──
「セラフィナ・アッカルド女史、第1会議室へお越しください」
唐突に降ってわいた呼び出しに、代筆課の空気がピリッと張り詰めた。
ドアを開けて声を掛けてきた男性は、確か秘書課の文官だ。私はすぐにポーチを手に取り、立ち上がる。
「分かりました、すぐ向かいます」
「せ、セラフィナ…」
アナスタシアの気遣わしげな声。私は大丈夫だと頷いて、
「ごめんなさい、残りの仕事、誰か代わりにお願いしたいんだけど…」
どう考えても先日の騒ぎに関連した呼び出しだろう。すぐに戻って来られるとは思えない。
一応ある程度は片付けてあるが、急ぎの案件でまだ終わっていないものが2、3ある。
「分かった。仕事の割り振りはこっちで決める。任せなさい」
「ありがとうございます」
課長がしっかりと頷いてくれたので、私は少し安堵して、部屋を出た。
閉まった扉越しに、課員たちの声が微かに聞こえる。
──課長! どうしてそのまま行かせるんですか!
──どうせ辞めろって言うんでしょ!? 冗談じゃないですよ!
──誰に助けられたのか、上は理解できないんですか!?
──みんな、落ち着いて。仕事を──…
私は思わず、ほんの少しだけ口元を緩めた。
どんな結果になるにしろ、こう言ってくれる人たちがいることが、こんなにも嬉しい。
さあ、行こう。
息を吸い、息を吐き、そして私は歩き出す。
顔を上げろ。前を向け。
──上に睨まれて委縮するほど、私の神経は細くない。
領主館の第1会議室は、数ある会議室の中でも一番大きく、領主一家の居住区画の近くにある。
両開きの扉を開けると、一斉に視線が集中した。
左右と奥側、コの字型に配置された長机に並ぶお歴々。
多分出席者は最上層と人事部の方々なので、仕事上の繋がりがない人の方が多い。ビシッと決まった三つ揃えのスーツといい、重厚感のある装飾といい、身分が高いことは明らかだ。
私から言えることは一つ。この部屋暑い。そんな厚着で、途中でぶっ倒れても知らねぇぞ。
「お待たせいたしました。セラフィナ・アッカルドを呼んで参りました」
「ご苦労」
案内してくれた秘書官が、一番奥の席の後ろに回って一礼する。
その礼を受けたのは、カーキ色の髪の壮年の男性だ。居並ぶお歴々に比べて服装の装飾は控え目だが、席の位置からして彼がこの中のトップ──いや待て。
…あの人、このクレメンティ領の領主じゃん…!
気付いて、ブワッと背中から汗が噴き出した。
何回か遠目で見たことがある。秘書官が斜め後ろについたし、間違いない。
まさか領主自身が下っ端文官を呼び出すなんて。
領主がこちらを見た。紫紺の瞳に射貫かれて、私は思わず姿勢を正す。
「セラフィナ・アッカルド」
「はい」
地の底から響く、地鳴りのような声だ。内心の動揺を押し殺し、目を逸らさずに視線を受け止めていると、領主の目元がフッと緩んだ。
「──まずは礼を言おう。先日のデモン侵入の際、先頭に立って事態の収拾にあたったと聞いている。領主館の皆を守ってくれたこと、感謝する」
いや待って、初手がお礼? ええと、こういう時は確か──
「勿体ないお言葉です」
ギリギリ不自然な空白が生じないタイミングで思い出し、何とか表情を整えて頭を下げる。前世の記憶って便利だな。
領主は片眉を上げて軽く頷いた後、表情を厳しいものに変えた。
「──其方に命を救われた文官は多いが、それとは別に、文官と狩人を兼任しているのではないかという声が上がっていてな。間違いないか?」
「その通りです」
私が即答すると、お歴々がざわっと動いた。
「なんと…では本当に?」
「まさか…孤児だぞ?」
狩人は貴族が担うもの。そういう認識でいるのだろう。
実際には完全実力主義なので平民でもなれる余地はある。というか私は無理矢理恩師に勧誘された。その件については今でも感謝半分恨み半分だ。
ともあれ、こういう事態は予測済み。私は手に持っていたポーチを開け、中から仮面を取り出した。
そしてそれを掲げ、淡々と告げる。
「──私は狩人の『キャット』として、6年前よりデモン討伐の任に就いています。事実確認は私ではなく、狩人管理事務所へどうぞ」
どうせ私の言葉など信じるに値しないだろう。狩人管理事務所は領主の統制下にない国家組織。こういう連中には、そちらの言葉の方が効く。
私の言葉の威力か、それとも仮面のデザインを見たからか、ご老人方は静かになった。領主は淡々と頷いて、右に視線を向ける。
「ではここからは人事の所掌だ」
「はっ」
立ち上がったのは、この領主館に勤める文官の採用可否や昇格を決める人事部の長。
四角い眼鏡のツルをくいっと持ち上げ、私を一瞥してから手元の書類に目を落とす。
「──クレメンティ領の規定によりますと、領主館に出仕する文官の副業は原則、禁じられております」
誰もが知っていることだが、今はその言葉が重く響く。
人事部長はそこで一旦言葉を切り、その場の重鎮たちを見渡した。
「しかし──皆様はお分かりかと存じますが」
くいっと眼鏡を上げ、
「我ら貴族は、各家の受け持つ家業を行いながら、一方でこの領主館に出仕し、文官として働いております。これは見ようによっては、ある種の副業と言えるでしょう。貴族である以上、仕方のないことではありますが」
「然り」
「うむ」
すぐに何人かが頷いた。食い気味の同意だった。
そこで私は気付く。
多分これは予定調和というか、事前に打ち合わせたやり取りだ。貴族の家はそれぞれ与えられた役割があり、それを果たすことで領地に貢献しているという話は聞いたことがあるが…それがどう今回の件に繋がるのか。




