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【第1章完結】定時上がりの複業文官~残業しろ? いや、そっちの仕事は副業なので~  作者: 晩夏ノ空
第1章

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30 突撃お宅訪問(される方)


 小一時間ほどで戻ってきたオウルに横抱きにされ、私は自宅へ向かった。


 明るい時間帯に屋根の上を走っているのに誰にも見咎(みとが)められないのは、隠蔽機能のあるマントのお陰だ。オウルはそれを羽織っていて、私も予備のマントでぐるぐる巻きにされている。

 あまり馴染みがないのに妙に落ち着く匂いがして、でも落ち着くと認めてはいけない気がして、私は表情を固めて前を見ていた。


「まだ先か?」

「もうちょっと先──あの焦げ茶色と赤の屋根の並んでる通り」


 家の位置を口にすると、何故か背中に回されたオウルの手がぴくっと動いた。それでもスピードを緩めることなく、軽やかに跳躍して、私の家の入口──2階へ直接入れる側の細い通りに着地する。


「ここでいいか?」

「うん。正面向かって右から2番目がそう」

「……」


 オウルがいよいよ不自然に沈黙した。ちらりと見上げても、フクロウの仮面に阻まれて表情は分からない。

 まあここで素顔を晒されても『アレ』の想像図がフラッシュバックして私が挙動不審になるのは間違いないから仮面つけててくれていいんだけど。


 …いかん。また動悸が。


 落ち着け自分と内心で言い聞かせている間に、オウルは階段を上がる。よく言えばアンティーク、悪く言えば古くてボロい自宅である。貴族のはずのオウルがよく躊躇(ちゅうちょ)なく近付けるものだ。


「鍵は?」

「…あ、バッグの中…」


 つまり領主館に置きっ放しである。不可抗力だ。


「…お前…」

「あ、でも、声を掛ければウィッカが開けてくれるはずだから」


 私が補足すると、呆れの気配を滲ませていたオウルがぴたりと止まった。


「…同居人がいるのか?」

「まあそんな感じ」


 一般的にケットシーは『ペット』扱いされることが多いが、ウィッカは私の師匠なのでペットと言うと語弊がある。

 見上げると、ドアの上の窓、いつもの位置に白と黒の毛皮が見えた。ぱちっと目が合い、緑色のアーモンドアイがちょっと見開かれる。可愛い。


「…ケットシー?」


 オウルが呆然と呟く。何故か妙に気の抜けた声だ。そうだよと頷いて、私はドアに向かって声をかけた。


「ウィッカ、開けてー」


 窓際からウィッカの姿が消える。そしてすぐ、かちゃりとドアが開いた。


《貴女何やってるのよ…》


 薄暗い廊下に立ち、呆れを前面に押し出した白黒ケットシーが、胡乱(うろん)な目でオウルと私を交互に見る。

 早く入りなさいとウィッカ言われて、オウルが弾かれたように部屋に入り、ドアを閉めた。


《──で、そちらは?》

「狩人の同僚のオウル。私が動けないから運んできてくれた」

《…動けない?》


 ぴくっとヒゲを震わせるウィッカに、私は事の顛末(てんまつ)をかいつまんで説明する。すると、段々ウィッカの目が細められていった。


《……なるほど? つまり、不可抗力で魔力が枯渇したと》

「そう。不可抗力」


 私が頷くと、ブワッとウィッカの尻尾が逆立った。



《──なわけないでしょ、このおバカ! 貴女、自分の身体に無頓着すぎるのよ! しかもデモンの攻撃喰らって左腕が麻痺してる!? 生身で戦うとかバカじゃないの!?》



 師匠が怖い。バカって2回言われた。


「そんなこと言われても…ってオウル何で頷いてんの」


 救いを求めて周囲を見回したら、何故かオウルが深く深く頷いていた。どう見ても私に同意するニュアンスではない。

 オウルは仮面越しでも分かる大きな溜息をついた。


「自覚がないのが一番問題なんだ」

《それね》

「ねえちょっと、初対面で意気投合しないでくれない?」


 しかもそんなネタで。


 深く頷き合うオウルとウィッカに半眼になっていると、はいはいとぞんざいに応じたウィッカが尻尾をパタンと床に打ちつけた。話を変える合図だ。


《それで、しばらく入院するのね?》

「うん。神経を繋ぐのに何回かに分けて回復魔法を受けなきゃいけないし、自分の魔力が復活するまでは思うように動けないから」


 一度で神経を繋ごうとすると、身体に負荷がかかるし後々問題が起こりやすい、らしい。

 そして、魔力枯渇を起こした後は魔力が回復するのに時間がかかる。他人から譲り受けた魔力で生命活動を維持して、自分の魔力に置き換わっていくのを待つしかない。


 パイソン曰く、最低でも4日くらいは完全看護状態で様子を見たいそうだ。魔力の回復速度次第では、もう少しかかる。


 私の説明に、ウィッカはくるりと踵を返した。


《分かったわ。必要なものは私が用意するから、貴女は椅子にでも座って待ってなさい》

「え、私も」

《ろくに動けない人間は邪魔なの。いいわね》

「……ハイ」


 ウィッカがちょいちょい黒いものを背負っている気がする。私はしおしおと頷いた。


 …いや、考えてみたら私は歩けないわけで、私が着替えなどを準備するとしたらオウルに寝室まで運んでもらわなければいけないわけで──うん、ウィッカに任せよう。


「オウル、上がって。…あ、ここで靴は脱いでね。うちの生活空間は土足禁止だから」

「…分かった」


 普通のお宅は靴を履いたまま生活していると聞いている。屋敷が広い貴族ならなおさらだろう。しかしオウルは私を抱えたまま慣れた様子で靴を脱ぎ、短い廊下を進んだ。


「…ソファーはないのか」

「一人暮らしだからね」


 うちのリビング兼ダイニングには、ダイニングテーブルしかない。しかも背もたれがある椅子は1脚のみだ。オウルはその椅子に私を座らせると、興味深そうに室内を見渡した。


「片付いているな」

「まあ一応」


 片付いているというより、物がない。階段横の窓際に飾り棚があるくらいで、その他は生活に必要な物しか置いていない。普段はウィッカが魔法で床掃除をしてくれるから、清潔感はあるけど。

 散らかってなくてよかったと、私は内心安堵の溜息をついた。正直、2階に来客なんて全く想定していなかった。


 オウルは時計回りにキッチンと寝室のドア、そして階段を順に見遣り、階段横の飾り棚に歩み寄った。

 中にはアイリーンに勧められて買った小説が数冊と、学生時代に実習で作ったガラス細工や陶芸の皿などが収められている。我ながら色気がない。


 そしてその天板には、手で抱えられるくらいの小さな黒板。お隣さんとのコミュニケーションに使うあの黒板だ。

 スルーしてくれと念じていたが、オウルはあっさりとそれを手に取った。


「……ポトフは粒マスタード派」


 ぼそり、オウルが黒板の文字を読み上げる。ちょっとやめて、何の辱めなの。

 私は頬が熱くなるのを感じつつ、ぼそぼそと説明した。


「それ、お隣さんとのちょっとした会話」

「…会話?」

「そこの窓から、お隣さん家の窓が見えるでしょ? あっちにも黒板が置いてあるから、それを使って雑談してるの。息抜き的に」

「…直接会って話そうとは思わないのか?」


 オウルが不審そうに呟いた。確かにその通りではあるんだけど、


「お隣さん、私と生活リズムが全然違うみたいだし。どんな人か興味はあるけど、無理矢理会おうとは思わないよ」


 あえてゆっくりと自分のペースで雑談できるのがいいのだ。この距離感が心地良い。

 オウルはそうかと頷いて、黒板をそっと元の位置に戻した。




《はいこれ。中身は着替えと洗面用具、それから保湿剤》


 ほどなく、ウィッカが革製の旅行カバンを魔法で浮かせて持ってきた。


《どれくらいかかるか分からないんでしょう? こっちは私に任せて、貴女は治療に専念なさいな、セラ》

「ありがと、ウィッカ」


 テーブルの上に置かれたカバンはパンパンだ。何日分詰めたんだろうか。


「…セラ?」


 オウルが首を傾げる。そこでようやく、名前をきちんと名乗っていないことに気付いた。


「ゴメン忘れてた。──私の本名は、セラフィナ・アッカルド」

「アッカルド…」


 アッカルドの街の孤児院出身だと一発でバレる名前だ。苗字を呟くオウルから、私はそっと目を逸らす。

 身分が明るみになれば、これから先は今まで通りの関係ではいられないだろう。

 貴族にとって孤児院出身者は侮蔑の対象。仮面が保っていた仮初(かりそめ)の均衡は、少なくとも私の周囲では、完全に終わる。オウルと対等に話せるのも、多分これが最後だ。


 ──そう思ったのだが、オウルは仮面を外し、真っ直ぐに私を見た。


「俺はルーカス・ブレットだ。名乗りに感謝する、セラフィナ」

「こちらこそ、ルーカス」


 鼓動が早くなるのを感じながら、咄嗟にそう応じる。虹の輝きが揺らめく紫紺の瞳は、何度見ても目を奪われそうだ。

 あら、とウィッカがオウル──いや、ルーカスを見上げた。


《その目、イーリスね。この街で見るのは初めてだわ》

「他にも見たことが?」

《ええ。随分と昔のことだけれど》


 この口ぶりだと、恐らくウィッカの前世──魔鉱細工師だった頃の話だろう。


《日常生活に支障があるのではないの? よかったら、隠す魔法を教えるわよ》

「本当か!?」


 ルーカスが目を見開いた。どうやらウィッカの言う通り、日常生活にも苦労していたようだ。後で聞きに来なさいなと言うウィッカに、ルーカスは何度も頭を下げていた。


 その後ルーカスは、旅行カバンを斜め掛けし、私を横抱きにして狩人管理事務所の救護室へ戻った。


 その足取りが行きよりずっと軽かったのは、多分気のせいではないだろう。











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