17 魔法のランクという名の現実
「…っ! ファイアボール!」
息を荒げた45番が放ったのは、2式、ファイアボール。なお2式は攻撃魔法の初歩の初歩である。
オウルが額に手を当てる。
「……もう魔力切れか」
「短期決戦型だね」
「素直に魔力配分がド下手くそと言え」
まだまだデモンはうじゃうじゃいる。できれば上級デモンに自力で辿り着いてほしかったが、頃合いか。
悪態をつくオウルの横で、私は通路の縁に足をかけた。一歩遅れて、オウルも続く。
眼下では、45番の魔力切れに気付いた11番と23番が焦っていた。
「45番、一旦退け!」
「魔力を回復させてこい!」
「うるさい! これくらい──」
「ハイ」
私は粋がる45番の背後に着地し、
「そこ」
ガシッと肩を掴み、
「までっ!」
力一杯後ろに向かって引き倒した。
「ぐえっ!?」
ズシャア!
45番は勢いよく吹っ飛び、背中でスライディングして止まる。
「45番──!?」
11番が慌てて45番を助け起こした。それだけ確認して、私は正面に向き直る。
ずるり、ぺたりと地面を這うデモンの群れ。真っ黒いそれはとても生き物とは思えないが、近くで見ると異様なまでに生々しい。
これで物理攻撃が効かないのだから、訳が分からない。
「お前、今までどこに」
何とか立ち上がった45番が、こちらに敵意を向けてくる。
前回文句を言われたから見せ場を譲ったというのに、見える範囲にいなかったことにも文句を言うとは、理不尽な。
「どこって、見張り台の近くだけど」
「はあ!? サボってたってことかよ!」
「まさか。様子を見てたんだよ」
振り返らないまま受け答えして、魔力を解き放つ。
「──展開」
「…っ!?」
背後で、息を呑む気配がした。
そういえば、前回は11番と23番が45番を強引に避難させていたから、45番が間近で私の魔法を見るのは初めてか。
青白い線で構成された魔法陣が3つ、空中に浮かび上がる。
この魔法陣、基本のルールはあるのだが、文様は術者によってまちまちだ。制御しなければならない要素の多い高ランクの魔法ほど、その傾向が顕著になる。数学の問題を解くのに、計算過程は人によって違う、というのと同じような感じだろうか。
魔法のランク分けは、1式から7式までの7段階。7式は禁術扱いなので、実質的には6段階だ。そして私が今展開しているのは、中威力広範囲魔法の──
「4式3連、ストームエッジ!」
ゴッ──!
デモンの群れが、一瞬にして3つの竜巻の中に閉じ込められる。真空の刃に切り刻まれ、バラバラになったデモンのパーツが宙に舞い、霧散していく。
魔法の並列展開。これが、私が名持ちの狩人としてスカウトされた最大の理由だ。
狩人になるのは、基本的に貴族ばかり。普通なら、平民、それも孤児院出身者に声が掛かるなんてことはまずない。
その常識をひっくり返したのが、冗談のように高い魔力量と、この魔法の使い方。
…私をスカウトした共立学校の魔法学臨時講師ことウルフは、並列展開を見て「キチガイの所業」とか大層失礼なことを言ってたけど。
「な…」
45番の呻き声がした。
そうこうするうちに、竜巻はゆるりとほどけ、幻のように消える。
後に残るのは、荒野と──何事もなかったかのように佇んでいる、人型に近いデモンが1体。
4式の魔法を受けてノーダメージということは、上級デモンで確定だ。
このまま私が倒してもいいけど…さて。
「…」
視線を向けると、オウルはわずかに首を縦に振った。そして、平然と45番に声を掛ける。
「残り1体だが、どうする?」
「俺が倒します!」
即答だった。
一応オウルに対して敬語を使う程度の礼儀は身につけているようだが、如何せん、観察力と判断力が足りない。
4式の魔法を受けて平然としているデモンを、5式以上の魔法が使えない可能性が高い上に魔力切れを起こしていた45番は果たしてどのように倒すのか。
ゆらり、デモンがこちらに1歩踏み出す。ひんやりとした空気が漂ってきて、11番と23番がじりじりと後退った。彼らは、残ったデモンがどのような存在か、正確に理解しているのだ。45番と違って。
立ち上がって集中する45番の眼前に、青白い魔法陣がゆっくりと描かれていく。外周の円から始まり、内側の文様が一つずつ、時計回りに形作られる。
共立学校の魔法学で習うのと同じ方法だ。ペンで書き記すように、順番に丁寧に魔法陣を構築する。意外と基本に忠実だな。
変な方向に感心しながら眺めること暫し。
「ブレイズランス!」
──ドン!
45番が放ったのは、4式の魔法だった。身の丈以上ある炎の槍が魔法陣から発射され、デモンの頭部にぶち当たって爆発する。
オレンジ色の光に照らされた45番は、自信満々に胸を張っていた。
普通のブレイズランスより、明らかに大きかった。魔力切れの後でよくここまで…と言いたいところだが。
…いやいやいや。
「これで──…は?」
炎がおさまると、そこにはデモンが変わらず立っていた。
45番が呆然とした声を漏らす。予想通り、魔法のランクとデモンの等級の関係をきちんと理解していなかったらしい。
11番が黙って首を横に振り、23番は肩を竦め、オウルが深々と溜息をつく。
「……上級のデモンには4式以下の魔法は効かない。新人教育で教えるはずだが?」
「え、いや、でも、これだけの威力なら普通は」
「デモンに『普通』が適用されると思うな」
どれだけ魔力を込めたところで、4式は4式で、5式にはならない。効果範囲がちょっと広くなるくらいだ。
100度のお湯に100度のお湯を加えても200度にはならないのと同じで、魔法のランクには厳然とした差が存在する。
そしてデモンは、等級によって、一定ランク以下の魔法が効かない。
下級は2式まで無効、中級は3式、上級は4式まで無効だ。
100度のお湯が倍量になったところで、耐熱温度150度の物体を壊すことはできない。つまりそういうことである。
オウルの丁寧な解説を聞いた45番が、そんな…と呟いた。
「4式が使えれば、立派な魔法使いのはず…」
「…お前な。世間一般の常識を狩人の世界に持ち込むな」




