16 お手並み拝見
青玉の日は、夕方から夜半過ぎまで狩人の管理事務所で待機する。
この待機というのが厄介で、有り体に言えばとにかく暇だ。仮面とマントのいつもの格好で、いつでも出動できるように事務所の待機室で缶詰めになる。
気心の知れた者同士ならまだ良いが、討伐部隊の狩人は個々人で都合のいい時間に希望を出し、管理事務所が実際のシフトを決めるため、微妙な面子が集まってしまうことも少なくない。
今のように。
「……」
待機室の一番奥、定位置のソファーに陣取る私を、横からじっと、じーっと凝視する視線。
顔を動かさずに目だけで確認すると、私から見て右側の端、ラタンチェアにふんぞり返るように座る狩人が、身じろぎもせずにこちらを見詰めている。
のっぺりとした仮面に書かれた数字は45。一昨日、私がデモンを一掃したことに対して不満をあらわにしていた新人だ。仮面越しだから分からないとでも思っているのか、一挙手一投足も見逃さないと言わんばかりの熱視線である。
残念ながらこの仮面、見た目よりも視野が広いし、注目されているかどうかくらいは普通に分かる。狩人歴6年は伊達じゃないのだ。
しかし黙って不機嫌そうな空気をビシバシ放射されても正直扱いに困る。あらヤダ恥ずかしいそんなに見ないでぇ! とでも言えばいいのだろうか。それとも「何かございましたか坊ちゃん」と跪いて問えばいいのだろうか。私はシッターでも乳母でもないのだが。
「…」
ちらり、視線を正面に戻すと、部屋の端、私が座っているのとは別のソファーセットに対面に座る狩人が2人。
さっきちらりと見えた番号は、11番と23番。丁度私と目が合わない方向を向いているが、微妙に肩を縮めている。とても居心地が悪そうだ。
スマン──と言いたいところだが、一昨日の行動を思い起こすに、この2人は45番とそれなりに付き合いがあるはずだ。2人ともベテランなのに、不躾な新人を何故放置しているのか。
…新人指導は上の人間の仕事だって? いやいや私、非常勤だし。
最初っからビシバシ敵意向けてくる奴の相手なんかしたくな──ゲフン。こういうのは専従の狩人に任せるべきでしょ。11番とか。専従だったよね11番?
右側からの敵意満載の視線をガン無視して、無言で11番を見詰めること数十分。
11番が身じろぎして、溜息と共に立ち上がったところで、
《デモン出現! 11番、23番、45番、ならびにキャットは対応を!》
邪魔──もとい、仕事が入った。
11番と23番、45番が勢いよく立ち上がり、それぞれ自分のペンダントに向けて了承を返す。11番の声に安堵が多分に含まれているのは気のせいじゃないと思う。
一拍遅れて、私も立ち上がった。
「キャット、了解」
ペンダントに呟き、3人が先に出て行ったのを確認してから部屋を出る。
階段を上りきれば、黒の領域を囲う城壁の上だ。内側ギリギリまで近寄ると、丁度真下の鉄扉が開き、3人が領域内に突入するところだった。
前方には毎度お馴染み、黒い不定形の何かことデモンが数体と、それをボトボトと産み落としている黒塊。
「今日も元気だなあ」
デモンの出現頻度は、大体4日に1回ほど。規模もタイミングもまちまちで、待機していても現れない可能性の方が高い。2回連続で『当たり』を引いたあの3人は、運が良いのか悪いのか。
「おい」
すぐ横の見張り台の上から、声が降ってきた。見上げると、前衛的なフクロウの仮面がこちらを見ている。
ただでさえ妙な迫力があるデザインが、月明かりで逆行気味になっているせいでホラー感が増している。子どもが見たら泣きそうだ。
そんなことを考えていると、オウルは軽やかに飛び降りてきた。
「お前、何でこっちに来てるんだ」
私を見下ろすオウルの声には、多分に呆れが含まれていた。
オウルの指摘通り、待機中の狩人が出動要請を受けたら、出てくる場所は本来ここではない。あの3人と同じように、鉄扉を通って直接隔離地の中に行くべきだ。
が。
「45番が私の存在におかんむりだったから、今回は活躍の場を譲ってあげようと思って」
「…ヤバい奴も出現してるんだが?」
「おや」
改めてよく見ると、デモンの中に、微妙に二足歩行している細長い個体が交ざっていた。
デモンは強さに応じて上・中・下と階級分けされていて、上のランクになればなるほど人型に近くなる。下級だと黒い泥が動いているようにしか見えないが、中級になると何となく一定の形を保つようになり、上級はギリギリ人間っぽく見える。私は出会ったことがないが、さらに上の個体は雄叫びを上げたり背中に翼が生えていたりするらしい。絶対に遭遇したくない。
で、二足歩行もどき、あれくらいの見た目になるとまず間違いなく上級、普通の魔法じゃ倒せない。7段階のうち上から3番目、5式以上の魔法が必要だ。
そして、5式以上の魔法を扱える者はかなり少ない。私やウルフは当然として、一般レベルの狩人の中では、使い手は確か数人くらいしかいなかったはずだ。
「…彼ら、5式魔法は?」
11番と23番はベテランだが、扱えるのは4式魔法までだったと記憶している。唯一の望みは45番だが、
「全員使えない」
「デスヨネ」
前回、彼らが出動していた時に私が呼び出されたので予想はしていた。5式の魔法が使える者がいたら、そもそも私が呼び出されることはなかったはずだ。
しかしそれは、私が先陣を切る理由にはならない。
「…まあとりあえずお手並み拝見」
「…お前ドSだな」
「黙らっしゃい」
ドSではない。決して。先輩なりの配慮というやつだ。
上級デモンはともかく、その周囲にわらわら群れている下級・中級は倒せるはずだ。一昨日は活躍できなかったのが不満だったみたいだし、ここは任せよう。
「ファイアアロー!」
「アクアエッジ!」
「ブレイズランス!」
魔法陣が完成し、3人がそれぞれ魔法を放つ。11番と23番が3式の魔法なのに対して、45番は初手から4式のブレイズランスだ。
火の矢と水の刃、そして炎の槍が、別々のデモンに突き刺さり、デモンは黒い霧のように拡散して消えた。
私は小さく口笛を吹く。
「飛ばすねぇ」
「あれじゃすぐに魔力が尽きるぞ」
オウルは苦々しく呟く。
デモンは数が多いので、魔力の無駄遣いは敬遠される。魔力が尽きた瞬間、デモンのエサになりかねないからだ。
今、45番が倒したのはどう見ても下級のデモン。4式の魔法は過剰だ。倒せたのはいいが、狩人としては褒められたものではない。
とはいえ、それは後でオウルにでも叱ってもらえばいいだろう。順調にデモンを倒していく3人を、私とオウルは城壁の上から眺める。
そして──それほど経たずに、変化が現れた。




