15 魔鉱細工のアクセサリー作り
…さて、うらやましさは置いといて、問題はここからだ。
昨日はマナタイト粉末の振りかけ方が不均質だった。と言うか、ミスリル銀自体が置物の形をしていたから、不均質にならざるを得なかった。
でも今回は、多少不定形でも凹凸は少ない。マナタイトの撒き方は見る限り万全、ウィッカの合格も貰えた。
つまり、私の魔力の加え方次第でこの後の加工難易度がダイレクトに決まる。
「……」
息を吸い、吐き、ミスリル銀に手をかざす。昨日は一気に魔力を込めすぎて液体化させてしまったから、今回は少し魔力を絞って──
「──」
じっと見詰めながら高圧の魔力を流すと、マナタイトの粉末がミスリル銀の表面に溶けるように消えた。そのタイミングで、私は魔力を止める。
マナタイト粉末がなくなった以外、ミスリル銀の外見に変化はない。一呼吸置いてから、圧縮していない、普通の魔力で軽く押してみると、ふに、と柔らかそうな動きでミスリル銀が変形した。
昨日のような、魔力で触れたらさざ波が立つ水っぽい質感ではない。私は目を輝かせてウィッカに視線を転じた。
「これ成功じゃない!?」
《そうね。今までで一番良い感じだわ》
ウィッカの言葉に、一気にテンションが上がる。
ここまで粘土に近い質感にできたのは初めてだ。とうとうここまで来た…!
喜びを噛み締める私に、ウィッカがうっそりと目を細めた。
《…で、この後どうするの? 早くしないと固まっちゃうわよ》
「はっ!?」
やばい、喜んでる場合じゃなかった。
私は慌ててミスリル銀に向き直り、指先から慎重に魔力を放つ。放つというより、伸ばす、の方が適当だろうか。魔力を指先の延長のように使って、ミスリル銀を加工するのだ。
今まではほぼ液体だったから、魔力で覆うように包み込んで、その中で変形させるしかなかった。でも今回は粘土状だから、それこそ粘土細工のように、細かな造形ができる。
作るものは決まっていた。アイリーンから言われた、指輪とイヤリングとペンダントトップ。流石に鎖やイヤリング本体は作れないから、他の金属でできたパーツと組み合わせるのを前提に、パーツを通せる穴を作っておく必要がある。
「まずは指輪から…」
柔らかくなったミスリル銀を一部取り分け、細く長く伸ばして輪っかを作る。装飾が要らないなら形を作るのは簡単だ。が。
「…指輪ってどれくらいのサイズが良いんだろう……」
根本的な問題にぶち当たり、私は困惑して呻いた。
指輪と言うからには、指にぴったりのサイズでなければならない。しかし、人によって指の太さは様々だ。誰を想定して作ればいいのだろうか。
《早くしないと固まるわよ》
「え? ──うわ、もう!?」
ちょっと考えていたら、輪っかの形に成形したミスリル銀は固くなってしまっていた。
慌てて大元の塊を確認する。…こっちはまだ柔らかいな…。
「……どういうこと?」
私が首を傾げると、ウィッカが溜息をつく。
《小分けにすると相対的に表面積が大きくなるから、固まるのが早くなるのよ。粘土と同じね》
「え、じゃあ細工が細かくなればなるほどスピードが求められるってこと!?」
《基本的には、そうね》
「えええ……!?」
今更明かされる事実に頭を抱える。何だそれ、難易度が急に爆上がりしたんですけど!?
《分かったなら早くなさい。その塊だっていつまでも柔らかいままじゃないのよ》
「ハイ……」
ウィッカが厳しい。いつものことだけど。
私は涙を呑んでミスリル銀に向き直る。親指の爪くらいの大きさに千切って、それを2つに分け、涙滴型に成形──
「か、片方作れたのにもう片方の成形が間に合わない…だと…!?」
《小分けにしたら固まるのは当たり前でしょ。一つずつ作りなさい》
「それだと同じ大きさにするのが難しいんですけど…」
《慣れよ、慣れ》
「くうっ…!」
ウィッカの指導に、私は何とか食らいついていく。
その後、指輪を(きちんと成形しそこねた物を含めて)3つ、涙滴型のイヤリングパーツを5つ、メダル型のペンダントトップを2つ使ったところで、ミスリル銀の塊が完全に固まった。
「……全然作れてない…イヤリングパーツとか奇数じゃ1個無駄になっちゃうし…」
机に頬を当て、顔だけそちらに向けて完成品を眺める。青味を帯びた白銀の輝きが眩しい。
その奥にある変な形で固まってしまった大量の破片に関しては、見なかったことにする。
…いや、だって、難しすぎるよこれ…。
《ま、初めてにしてはそれなりかしら》
ウィッカが器用に肩をすくめて、完成品を一つ一つ検分していく。前足の肉球で触れ、鼻先で押し、ひげをぴくぴくと震わせ、緑色の目をキラリと輝かせて──
《──イヤリングはワンペア、ペンダントトップは1つ、合格ね》
「辛辣…!」
私が顔を歪めると、ウィッカは半眼になった。
《置き物じゃないのよ、当然でしょ?》
「ちなみに指輪は」
《全部不合格》
「えええ。苦労したのに…1個くらい合格にならない?」
ちょん、と人差し指で最初に作った指輪をつつく。この1つは成形途中で固まってしまったから仕方ないにしても、他の2つはそれなりに形になったと思うのだが。
《そう思うなら、一番出来が良いと思う指輪をはめてみなさい。意味が分かるから》
「…?」
とりあえず上体を起こし、指輪を眺める。最初のやつは明らかに歪んでいるし、まさに子どもが粘土細工で作った指輪っぽいから除外するとして……はめるなら、
「じゃあこれ」
3番目に作った指輪を手に取る。
少し幅のある平打ちリングのイメージで作った指輪だ。表面には何の装飾もないが、その分、シンプルでスタイリッシュな雰囲気がある。
ウィッカが片耳を伏せた。
《………気を付けなさいよ》
「へ?」
そう言った時には既に、指輪は私の人差し指の第二関節まではまっていた。
そしてすぐ、ウィッカの警告の意味を理解する。
「いだっ!?」
指にビリッと痛みが走り、私は慌てて指輪を外す。痛んだ位置を確認すると、最初は何の異変もなかったが、暫くして人差し指の付け根と第二関節の間、指の腹から、じわりと血が滲みだした。出血はそれほどでもないが、裁縫用の針を指先に刺してしまった時のようにピリピリと痛む。
「え? なんで? ……まさか…」
恐る恐る指輪の方を確認すると、指輪の内側と側面の境界、丁度肌が当たる箇所にトゲのような突起があった。指輪をはめる時、これが肌に突き刺さったのだ。
トゲの部分は薄く、パッと見にはほぼ透明で、遠目には全く分からない。
思わぬ罠に、私は青くなった。宝飾品で怪我をするなんてあってはならないことなのに。
ウィッカが小さく溜息をついた。
《分かったでしょ?》
「…うん…すごくよく分かった……」
私はしょんぼりと頷く。
改めて制作物を検品すると、ウィッカが合格を出したもの以外全てに同じような突起があった。
ウィッカ曰く、これは『バリ』といって、粘土状の状態から加工したミスリル銀でよくみられる現象なのだそうだ。
成形した後まだ柔らかい状態で加工を止めると、ミスリル銀は少しだけ勝手に変形し、末端部分にトゲ状の構造物を形成することがある。
これは成形段階で与えられた魔力が『抜ける』時に起こる現象で、どのような形状を成すかはその時の状況次第。宝飾品を作る際の天敵である。
「…これってどう解決すればいいの? 固まった後じゃ、削ることもできないし…」
ミスリル銀やオリハルコンといった魔法金属は、基本状態では恐ろしく硬い。そこら辺で買える金属やすりなどでは全く歯が立たない。
困惑して眉を寄せる私に、ウィッカは平然と言った。
《決まってるわ。完全に固まるまで、魔力で形状を保ち続ければいいの》
「なんて?」
《魔力を外周に沿わせて、形状を、保ち続けるの。固まった後なら、魔力が抜ける時にも変形しないから。…まあこの状態からの修正方法もないわけじゃないけど、今の貴女の技能だとまず無理ね。最初から完品を目指しなさい》
なんという無茶振り。
だがウィッカの目はマジだった。とんでもないことを言っているように聞こえるが、師匠殿はいつだって大真面目なのだ。
死んだ魚のような目をする私の手を、ウィッカはぺしりと前脚で叩いた。
《ほら、不合格品と破片と余りを全部集めて。また軟化させて加工するわよ》
「うう…」
作り直しができるのはありがたいけど、ウィッカがスパルタすぎる。
《何事も練習! 数をこなさなきゃコツも掴めないでしょ。最初から上手くできる人なんていないんだから》
「……はぁい…」
子どもの頃、私は魔鉱細工師になろうと決意した。
その時は漠然と、ちょっと練習すればすぐにすごい作品を作れるようになって、売れっ子になれるという将来像を描いていた。
──その時の私に、声を大にして言いたい。
現実は、そんなに、甘くないと。




