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電子書籍化記念ショートストーリー

電子書籍化記念にショートストーリーを掲載させていただきます。


電子書籍版は上巻・下巻共に2023年9月28日に発売です。


書影や詳細情報は活動報告に掲載していますので、もしよろしければ活動報告も覗いてみて下さい!


 アデレードが学園に入学して迎える最初の夏季休暇の少し前。


 アデレードとローランは夏季休暇の過ごし方について話をしていた。


 夏季休暇中の過ごし方は、基本的に自分の領地に帰省したり、友人や婚約者、恋人と一緒に自分の家、又は相手の家の領地に行って一緒に過ごしたりと学園の寮を出てゆっくり過ごすという過ごし方が一般的である。


 また、何らかの事情があって帰省することができない場合は、そのまま学園の寮で過ごしても問題はない。


「アデレード。もし良かったら今度の夏季休暇は、私と一緒に学園からルグラン侯爵邸に向かって、数日間、一緒に過ごしませんか? 貴女のご家族も貴女が侯爵邸に滞在している日程に合わせて招待しますので」


「ご招待ありがとうございます。是非ご一緒させて下さい!」


 ローランからのお誘いにアデレードは嬉しそうに微笑みながら了承する。


「前回アデレードが侯爵邸を訪問した時、ウィリアム君は伯爵邸でお留守番とのことでしたが、今回は貴女のご両親と一緒に彼も招待しますね」


「そういえばあの時、ウィリアムはお留守番でしたわね」


「彼は貴女の弟なので、このまま何事も問題がなく私達が結婚した時、親戚になりますから。姉の嫁ぎ先の家について何も知らないというのは良くないと思いますので、今回みたいに機会があれば招待して、少しずつでも良いから知ってほしいと思っています」


「ローランのご家族は私の滞在時には全員いらっしゃるご予定ですの?」


「直前になって急用が発生しない限りは全員いる予定ですよ」


「ローランのご家族の皆様とまたお会いできますのね! 今から訪問が待ち遠しいですわ」



 二人がそんな話をしてから、約二週間後。


 学園の夏季休暇が始まった。



 アデレードとローランは、ローランが手配したルグラン侯爵家の馬車に乗り込み、学園を出発して、ルグラン侯爵邸に向かう。


 侯爵邸に到着し、二人が馬車から降りると、侯爵邸の玄関口にルグラン侯爵夫妻とローランの妹のアンリエット、それからバーンズ伯爵夫妻とアデレードの弟のウィリアムが揃って二人の到着を待っていた。


 この場を代表してルグラン侯爵が二人に声をかける。


「二人ともお帰り。学園からだと少し長旅だっただろうから、荷物を片付けて、少しゆっくり休みなさい。アデレード嬢には客間を用意しているから、その部屋を使いなさい」


「お出迎えありがとうございます、父上。そうさせていただきます」


「お気遣いありがとうございます。ご用意していただいた客間を使わせていただきますわ」


 アデレードに用意された客間はローランの部屋と階は違うが、比較的近い場所にあり、ローランがアデレードを案内する。二人はそれぞれ学園から持ってきた荷物を片付け、ソファーに腰かけて休憩した。


 適当な頃合いを見計らってローランとアデレードは、サロンに顔を出す。そこでは侯爵夫妻と伯爵夫妻が紅茶を楽しみながら、大人同士で交流をしていた。


「ローラン。アンリエットとウィリアム君は庭園の方にいるわ。今日は大人同士・子供同士で交流するから、あなたたち二人も庭園に行きなさい」


 侯爵夫人からそう言われ、アデレードとローランは庭園に移動する。


 侯爵夫人の説明通り、庭園内のガボゼにアンリエットとウィリアムはいた。


「ウィリアム君、バーンズ伯爵邸でお会いした時以来、少し久しぶりですね」


「確かにあの時以来ですね。今のところ、あなたと一緒にいるアデレード姉様は幸せそうだから姉様を泣かせたり、悲しませてはいないようで弟として安心しました」


「相変わらず手厳しい弟君ですね。これからもアデレードを大切にしますので、ご安心を。ところで、アンリと二人で何をお話ししていたのですか?」


 ローランは苦笑いしながらもウィリアムに返事をする。


「あなたについてです。逆に僕は姉様のことをアンリエット嬢に教えていました」


「私もウィリアム君から見たアデレードのことを知りたいです。是非教えて下さい」


 ローランの言葉にウィリアムはむくれたようにプイと顔をそらす。


「いやですよ。弟として知っていることをあなたには教えたくないです。第一、あなたはアデレード姉様の婚約者でしょう? 僕が知らない姉様の表情も知っているのだから、欲張って僕からも話を聞かなくても良いと思います」


「ウィリアム君とは中々会わないから是非聞いてみたいと思っていたのですが……この様子では無理そうですね」


「僕はアデレード姉様のことは大切に思っていますが、あなたとアンリエット嬢はどんな兄妹関係なのですか?」


「私とアンリですか? 屋敷内にいる時は過干渉でもなく、かと言って無関心でもない程よい距離間の兄妹だと思います。ただ、屋敷の外だと仲が悪い演出はしていますね」


「屋敷の外では仲の悪い兄妹の演出ですか? それはどういうことですか?」


「数年前に私が原因でアンリが嫌な思いをしましてね、それ以来、外では仲が悪いふりをしているのです。とある伯爵令嬢が主催したお茶会にアンリが参加して、参加した令嬢達と仲良くなりました。アンリは純粋に女友達が出来たと喜んでいたのですが、蓋を開けてみたら、アンリと仲良くなって私とお近づきになりたいと思っていたということが発覚しました。その当時、私もアデレードではない婚約者がいましたが、それでもお構いなしです。婚約者を追い落とす方法なんていくらでもありますから。そのようなことがあって外では仲が悪いふりをしています。仲が悪い状態だったら紹介目的の令嬢は排除できるので」


「社交界って怖い場所なんですね。僕はまだ本格的に社交界に出て活動はしていませんが、気を抜けない場所だとよくわかりました」


「ウィリアム君の場合だと、年齢的なことでアデレード目的で仲良くしようとする令息はいないと思いますので、私みたいなことにはならないと思います。……尤もそんな令息がいたら私がちゃんと排除しますので安心してください」


 貴族社会の婚約では、基本的には男性が年上で、女性が年下という構図が多い。多いというだけで全てそうなっている訳ではないが、女性の方が年上という夫婦は少数である。



「僕の義兄様(予定)は頼もしいですね。そのお役目はお任せします」



***


 ローランとウィリアムがそんな話をしている一方で、アデレードとアンリエットも会話に花を咲かせていた。


「アデレード様、お久しぶりです!」


「アンリとここで初めてお会いしたのが去年のちょうどこの時期でしたものね。それからはローランがバーンズ伯爵邸に来て下さっていたから、こちらに伺う機会がなくて。久々にアンリに会えて嬉しいですわ」


「少し見ない間にローランお兄様と距離が縮まっているようで安心しました。初めてお会いした時、意地悪なことを言ったからこれでも気にしていましたの」


「そんなにお気になさらなくても。それよりウィリアムとは初めましてですわよね?」


「ええ。流石アデレード様の弟だと思うような美少年だということは言うまでもないですが、お話しているとしっかりした弟さんという印象を受けました」


「しっかりしている? ウィリアムが?」


「あと、アデレード様を弟としてとても大事にしていることが伝わってきましたわ。私達二人で、私はローランお兄様のことを、彼はアデレード様のことをお話ししていたのです」


「アンリの前だとローランはどんな感じですの?」


「基本的には外向きのお兄様とあまり変わりありません。でも以前言ったように家族の前では気を張る必要がないので、楽しみなことにはそわそわしているのがわかりますし、嫌いなものや人は内心嫌だと思っていることがわかります。アデレード様の前では感情を隠していないと妹視点では思えますわ」


「そう言われてみると、私と二人だと素に近い表情だと感じる時が多いですわね。アンリから見てもそう見えるということは間違いないですわ」


「やっぱりアデレード様の前ではそんな感じなのですね。以前、アデレード様が此方にいらした時にそうではないかと薄々思っておりました。でも今日のお兄様の様子やアデレード様から今しがたお聞きしたことから確信しましたわ」



***


 会話がひと段落したところで、4人は合流し、お茶会を楽しむ。


「ウィリアム。少しお久しぶりですわね。勉強は頑張っていますか?」


「ほどほどに頑張っていますよ、アデレード姉様。姉様が学園に行かれて僕一人になったことで、元気にのびのびやっています」


「あら? 元気にのびのび? 先ほど私に”アデレード姉様が毎日屋敷にいなくて寂しい”と仰っておりましたのに?」


 アンリエットが少しだけウィリアムをからかう。


 からかわれたウィリアムはアデレードと同じ新雪の雪のように真っ白で滑らかな頬に赤みが差す。


「こら、アンリ。君より年下の男の子をからかって遊ばない。現時点ではまだ兄の婚約者の弟というだけでしょう?」


「だって”アデレード姉様がいなくて寂しい”と仰られた時の表情がいじらしくて可愛かったから、つい」


「あら。では、私が夏季休暇中はウィリアムとも何か思い出を作らないとですわね」



 ローランとアデレード、それからアンリエット、それからウィリアム。


 初めて4人が集まったお茶会は会話が途切れることなく、終始和やかな雰囲気が流れる。


 それはまったりとした穏やかな午後のひと時だった――。


 




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