第44話
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屋敷全体が寝静まった夜の談話室。
そこでバーンズ伯爵夫妻とローラン、私兵の隊長が集まり、リリーと三人の男達の処遇について話し合いが行われた。
談話室は暖炉の中で火がパチパチと燃える音以外は何も音はせず、静かだった。
まず、私兵の隊長が四人を尋問して聞き取った情報を交えて事件の詳細を報告する。
リリーと男達が事件を起こした動機や目的等についても、当然その報告の内容に含まれている。
それを踏まえた上で、処遇をどうするか話し合いが行われた。
サンティア王国内では何か事件や揉め事が起きた場合、基本的に事件が起きた場所を治めている者の裁量で事件の犯人や揉め事を起こした者は処断される。
処断する前に調査した結果、国家全体に関わるような悪事だったと判明した場合は騎士団が動くが、そうではない場合については国は報告だけ受け取り、基本的には関わらない。
今回の場合で言うとバーンズ伯爵領内で起きた事件なので、バーンズ伯爵が犯人を処断する権利を持つ。
それ以上に今回の事件はバーンズ伯爵家の令嬢を平民が誘拐し、人身売買しようとするという極めて悪質な事件だ。
バーンズ伯爵が犯人達を処断しない理由がない。
四人で話し合いをした結果、アデレードにしようとしたことをリリーと三人の男達にするということで、全員の見解は一致した。
人を呪わば穴二つ。
人を誘拐して、身体を弄び、変態趣味の金持ちに売ろうとしたのだから、同じことをされても文句は言えない。
まさに自業自得だ。
ただ、身柄に対して金銭のやり取りが発生するのは色々と問題がある為、表向きはバーンズ伯爵から譲渡という形になる。
バーンズ伯爵は三人の男達をそれぞれ別々の変態趣味の男色家に送り、リリーは若い娘を性的に甚振ることが大好きで、口に出すのも憚られるような変態趣味の金持ちに送ることにした。
三人の男達は去勢された上で、その道のプロに男色家が喜ぶような調教を施され、リリーはリリーで娼婦顔負けの調教を施されてから送られる。
因みにリリーが送られる予定の変態趣味の金持ちとは、とある伯爵家の当主で、”これまで妻と三回死別している”、”死別した妻はまだ若いのに死因は衰弱死である”等数々の不穏な噂のある人物だ。
そして、見た目は頭部から顔面にかけてギトギトに脂ぎっており、でっぷりと脂肪で肥え、特に腹回りは弾けんばかりに突出している。
顔の造作もぼんやりとした横長の目に低い鼻、たらこ唇と所謂醜男と言われる部類だ。
そんな男の元にリリーを送ろうというのだから、これだけで伯爵一家の怒りが途轍もなく凄まじいことがわかる。
リリーが今回の事件よりも前に、自分の立ち位置を弁えず、居候という分際で不相応な待遇を要求し続けたことや、アデレードの婚約者を奪ったこと、”こんなケチな伯爵家には戻らない”と大口を叩いた癖に自分の都合が悪くなると手の平を返したかのように再度住まわせてくれと訪ねてきたこと。
これまでリリーがバーンズ伯爵家で起こした事態の全てに対する復讐であるかのようだった。
今回、変態趣味の金持ちの元にリリーを送ることで、やっと完全にリリーとは縁が切れる。
リリーを送る先の伯爵が治める領地は、バーンズ伯爵領からは物理的に距離が離れ過ぎている為、もう今度は戻ってくることも考えられない。
それどころか今後、五体満足で過ごせるのかどうかも怪しい。
リリーはバーンズ伯爵邸を飛び出し、ベンの婚約者としてトーマス伯爵邸で暮らそうとしたが、トーマス伯爵からベンと共に追放されて、生活費を稼ぐところから完全に自分のことは自分でやらねばならない平民の生活に逆戻りしたが、それまでとは比にならないおぞましい日々が待っていることだろう。
そして、絶対に手を出してはいけないことに手を出したと途轍もない後悔に苛まれるだろう。
リリーの地獄はこれから始まるのだ。
***
翌日、朝食の席で、アデレードは伯爵夫妻、ウィリアム、それからローランと顔を合わせる。
「おはようございます、お父様にお母様、ウィリアムにローラン」
「アデレード姉様、おはようございます」
ウィリアムも伯爵夫妻から昨日アデレードの身に起きた事件は聞いている。
聞いてはいたが、自分まで心配そうな顔をしていたら、アデレードが逆に申し訳なさそうな表情をするのがわかっていたので、あえていつも通り少年らしいにこにことした表情で接している。
全員が朝食を摂る為にダイニングに到着し、席についたところで給仕が始まる。
今日の朝食は焼きたてのロールパンにチーズ入りのスクランブルエッグ、パリッと焼かれたソーセージ、グリーンサラダ、野菜をたっぷり使用したミネストローネだ。
どれも出来立てで、グリーンサラダ以外は湯気が立っている。
「お父様、昨日のことについてなのですが……」
当事者として昨日のことが気になっていたアデレードはおずおずと話を切り出す。
「それは私とアイリスと私兵の隊長と昨夜話し合ってどのような処罰にするか決めた。人質を取られ、彼らに加担した護衛の彼については、降格処分と一定期間の減俸とする。彼は悪事に加担はしたが、彼がアデレードの居場所を教えてくれたことで最悪の事態は回避することは出来たから、そこは考慮した。彼の話では病弱な妹さんの診察代や薬代は彼の給料を充てていた為、減俸処分とするのはあまり気が進まないが、悪事に加担したのにのうのうと前の待遇通りというのは他の者に示しがつかない。総合的に考えてこの程度が妥当だと判断した。彼が減俸処分を受けたことで診察代や薬代が払えないという事態になれば、援助すると約束している」
「人質を取られてとのことだったから、私より家族優先になってしまうのは、私個人として仕方ないと思っておりました。私もその程度が妥当だと思いますわ。お父様が彼に過剰な罰を与えていなくて良かったです。それで、リリー達はどうなさるのですか?」
「あの者達への処断については、アデレードは詳細を知らなくても良い。それ相応の罰になっているはずだ。他人を害そうとするのなら、同じことをされても文句は言えない。そんな内容だ」
「アデレードは知る必要はないわ。ちゃんと罰は受けさせるから安心して頂戴。この話はここまで。早く全部食べないとせっかくの朝食が冷めてしまいますわよ」
(お父様もお母様も教えて下さらなかった……ということはかなり良くない内容だったということですわね。この様子なら無理に聞き出すことは出来ませんので、気にはなりますが、引き下がるしかありませんわ)
朝食を終えたアデレードはローランと共に自室に戻る。
ローランは今日の昼過ぎまでしかバーンズ伯爵邸に滞在しないし、昨日、アデレードは怖い目に遭ったばかりだ。
今日はアデレードの部屋で他愛ないことを話し、まったり過ごすのが最良である。
ローランは昨日のデートのやり直しはまたいつかするつもりでいる。
今度は最初から最後まで一緒に過ごし、何事もなく二人でバーンズ伯爵邸まで戻り、楽しかったと二人で笑い合えるものにしたいと思っている。
でも、それは今はアデレードに言うつもりはなく、やり直す時が来た時に言うつもりだ。
ローランと一緒にソファーに腰掛け、刺繡のデザイン集をパラパラとめくっていたアデレードは、以前疑問に思ってそのままだったことをローランに質問した。
「以前、ルグラン侯爵邸に訪問した時に思ったのですが、ローランのその青紫の瞳はどなた譲りの瞳なのですか? 聞こうと思ってそのままだったことをふと思い出しまして……」
「私の瞳は父方の祖母譲りです。祖母は隣の国の貴族令嬢だったのですが、サンティア王国に留学中に祖父と知り合い、恋人同士になりました。そして結局、祖父と結婚する為に隣の国から移住しました。祖母の生家ではこの色の瞳の者は割と生まれるようです」
「おばあ様譲りだったのですわね。おじい様との馴れ初めが恋愛小説みたいですわ」
「もうお亡くなりになっていますが、若い頃は美人で有名だったようですよ。ルグラン侯爵邸には祖母の残した日記がありますので、もし読みたいならば今度ルグラン侯爵邸に来て下さった時にお見せします。日記は祖父と出会った頃から始まっています」
「是非読みたいですわ!」
二人は穏やかな時間を過ごし、昼過ぎにローランはバーンズ伯爵邸からルグラン侯爵領へ旅立つ。
今回のローランのバーンズ伯爵邸での滞在は、アデレードに危険が迫る事態が発生したが、二人の距離は縮まった。
そして、これからさらに二人の仲は進展していく。
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