第37話
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月日は巡り、季節は夏から秋に移り変わった。
ギラギラと地面を照りつけていた夏の太陽はすっかりなりを潜め、気持ちの良い秋晴れの空が広がっている。
また、秋は収穫の季節でもあり、バーンズ伯爵領の農業地帯では農民達が少しずつ収穫の準備を始めている。
夏にバーンズ伯爵が家族全員に警告したリリーの件については、それから特に動きや進展はなかった。
リリーが再度バーンズ伯爵邸に訪問して、バーンズ伯爵に会わせろと要求したというようなこともなく、また、バーンズ伯爵や伯爵夫人が出かけた時にリリーに遭遇して襲われたり、絡まれて厄介な目に遭ったり等は一切なかった。
しかし、それが逆に不気味で、バーンズ伯爵は未だに警戒は解いていない。
秋はサノワ学園の入学試験が行われる。
十月に入学試験が行われ、合否発表が出るのは約一ヶ月後だ。
合格した者はそれから入学式の間までに学園の制服や学用品一式を注文し、準備するという流れである。
入学試験はサノワ学園で行われる為、受験生はサンティア王国内のどこに住んでいようとサノワ学園まで出向く必要がある。
従って、学園から遠い地域に住んでいる者は、道程の確認や道中に宿泊する宿の予約等もきちんとしなければならない。
また、急な悪天候により入学試験の日に学園に到着するのが間に合わなかったという場合は学園も配慮して、別日に追試という形で受験が認められるが、それ以外の理由で原則遅刻は認められていない。
馬車や騎馬での移動になる為、確実に間に合うようにゆとりを持って移動するというのが一般的な考え方だ。
宿の数も当然のことながら限りがある為、早めに予約を取り付けなければ泊まれる宿がなくなり、野宿になってしまう。
アデレードも例に漏れず、伯爵夫妻、当日馬車を操縦する御者や身の回りの世話の為に同行するメイド、護衛の為の私兵といった使用人と共に学園に向かうまでの打ち合わせや宿の手配を済ませる。
そして、入学試験の一週間前。
この日、アデレードはバーンズ伯爵領を出発して、王都にあるサノワ学園に向かう。
計算的には早く到着するが、何事にも不測の事態が発生する場合がある。
ぎりぎりで出発して焦ってしまうより、ゆとりを持って到着する方が精神的に気が楽という理由で早めの旅立ちだ。
因みに伯爵夫妻は同行せず、行くのはアデレードのみで、後は使用人が同行することになっている。
「私達はついて行かないが、落ち着いて頑張ってきなさい。アデレードなら合格出来ると信じている」
「アデレード姉様、頑張ってきてね!」
「お父様もお母様もウィリアムもお見送りありがとうございます。勉強した成果を発揮して、必ず合格してみせますわね」
アデレードは家族に見送られながら、着替え等の荷物が入った大きなトランクを馬車に詰め込み、バーンズ伯爵邸を出発する。
道中、人があまり通行しない山道などは通ったが、山賊が待ち構えていて襲われるというような事態もなく、計画通りに近いペースで進む。
途中、馬車を引く馬を休ませたり、馬に餌をやったりしなければならなかったが、それも計算に入れた上での移動だったので、特に問題はなかった。
馬車の中ではアデレードとメイド――名はリノア――が同乗していたが、アデレードはリノアと会話はせず、時折風景を眺めながら静かに参考書を読み、最後の確認をする。
アデレードは出発して四日後の昼過ぎに王都に到着した。
「ここが王都なのですわね。バーンズ伯爵領とは比べ物にならないくらい人が沢山いて、凄く賑わっていますわ」
王都はサンティア王国の中で最も人が密集している場所だ。
商人が分野を問わず王都でしか購入出来ない最新鋭の商品を買い付けに来ていたり、辺境で安く仕入れたものを高値を付けて売りに来ていたり、交易の為に異国人が来ていたり、はたまたアデレードのように王都にある何らかの施設に用事があって訪問していたりと、目的は多種多様だが、とにかく人が集まっている。
人が多いということはそれだけ娯楽も多く、地方ではほぼ見かけないミュージカルの劇場や普段は王宮の舞踏会等で演奏している宮廷楽団の演奏を聴ける劇場、蔵書数が国内一を誇る図書館、王都の最新鋭の流行のドレスを購入出来るブティック等がある。
また、飲食店も数や料理の種類という点で地方とは比べ物にならないほど多数ある。
「そうですね。これだけ人が多いとはぐれてしまう可能性がありますので、はぐれないように気を付けて下さいね。初めての王都であちこちに目が行くのも無理はありませんが……」
実はアデレードは王都を訪れたのが、今回が初めてである。
貴族の令嬢は15歳前後で、王宮の舞踏会で社交界デビューをするのが決まりになっているが、アデレードはまだデビューしていないし、他に王都に行かねばならないような用事がなかったからだ。
その為、今回が初めての王都である。
「わかりましたわ。まず、今日宿泊する予定の宿に荷物を置きましょう。それから喫茶店で軽食を頂いて、後は宿の部屋で勉強しますわ」
アデレードはまず宿に荷物を預け、宿からほど近い場所にある喫茶店に向かった。
店の外観はシックで落ち着くような雰囲気で、それでいて客でごった返している訳でもなく、ゆっくり飲食が楽しめそうだったので、この店に決める。
アデレードはドアを押して、店内に入る。
ドアを押したことで、呼び鈴がチリンチリンと可愛らしい音を立て、明るくて愛想の良い女性の店員がすぐに来た。
「いらっしゃいませ! 何名様でご利用ですか?」
「私を入れて5人ですが、いいですか?」
この時、アデレードはメイドのリノアと護衛を三人連れていた。
御者は宿に併設されている厩舎で馬の世話をしている為、同行していない。
「奥のテーブル席にどうぞ! メニューはテーブルの上に置いてありますので、ご注文が決まりましたらお声かけ下さい」
アデレードは店員の指示通り、テーブル席に向かう。
席に着席したところで、リノアが小声でアデレードに話しかける。
「それにしてもアデレードお嬢様、私達までご一緒してよろしかったのですか?」
「私の為に伯爵邸から王都までお供して下さったお礼のようなものですわ。好きなものを頼んで下さいませ。護衛の皆様は護衛の関係上、今は飲み物のみでお願いします。後で別途食事は購入しますので」
「ありがとうございます、お嬢様」
アデレードはメニューをぱらぱら捲り、注文を決める。
全員、注文内容が決まったところで店員を呼び出し、注文する。
数分後、注文した料理がテーブルに届けられる。
「ハムとチーズのホットサンドと紅茶のセットです。あと、アイスコーヒーが三つですね。ナポリタンは只今調理中ですので、今しばらくお待ち下さい」
アデレードが注文したホットサンドと紅茶のセットと護衛の三人が頼んだアイスコーヒーはまとめて来たが、リノアが注文したナポリタンだけはまだ少し時間がかかるとのことで、アデレード達は先に食べることにした。
食べ進めているうちにナポリタンも届き、全員の注文は全て揃った。
「夕食と朝食は宿で頂いて、ランチだけは宿ではなくお店で頂きましょう。試験の前日のランチはローラン様がおすすめのお店に連れて行って下さるそうですわ。前日は学園の在校生は試験会場設営の為に休校なのですって」
「アデレードお嬢様、それはようございました。では、その日は私はお嬢様とは離れた席で一人で食事をしますね。護衛も極力邪魔しないようにこっそり護衛をお願いします」
リノアは気を利かせて、アデレードに提案した。
アデレードが気づいているかどうかはわからないが、これは王都での初めてのデートのようなものだ。
それに割り込むほど野暮なことはしない。
お目付け役ということで離れた席で見守るだけに留める。
「え? 皆も一緒ではないの?」
リノアの提案にアデレードはきょとんとする。
「そんなことはしません。それにローラン様もお嬢様と二人でお食事をすることをお望みだと思います」
「それで良いならそうしましょうかしら」
全員、食事を完食し、食事の代金を支払い、喫茶店を後にする。
途中、持ち帰り料理の店があったので、アデレードは約束通り護衛の食事を購入し、彼らに渡す。
宿に戻った後、アデレードは一人で黙々と勉強をし、夕食の時間には宿の中の食事処で食事をする。
アデレードは同じようなサイクルを次の日も繰り返し、試験前日を迎えた。
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