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第29話 

今日も読みに来て頂き、ありがとうございます!


皆様からの応援が執筆の何よりの励みになっています(*^^*)

 アデレードはローランの発言に混乱する。


 それは、例の金髪で青い瞳の友人がアデレードの記憶が正しければ少年ではなく少女だったからだ。


(え……? 確かにあの子は女の子のはず。だってあの子の服装は女児が着るワンピースだったし……。仮にあの子が実はローラン様だと言っても今の姿からは想像も出来ないのだけれど……)



 今のローランは背が高く、あの金髪に青い瞳の友人が実はローランだったと言われても俄かには信難い。


 顔だけは幼い頃だと女児に間違われたと言われても納得出来るが、それ以外の部分では今のローランからはかけ離れている。


「混乱するのも無理はありませんね。出会ったあの日。私は母の悪戯で少女の格好をさせられていたのです。母上は娘が欲しかったのに生まれてきたのは息子。私が少女でも通じる顔立ちだったから、あの頃は母に少女の格好ばかりさせられていたのです」


 ローランは当時を振り返りながら言葉を続ける。


「嫌だと言ったのに少女の格好をさせられてバーンズ伯爵邸に連れて行かれた私は、誰とも話したくなくて母上がバーンズ伯爵夫人と話すのに夢中になっている隙に一人抜け出し、屋敷内で一人でいられる場所を探していました。そうこうしている内にここから少し先にあるガラスで作られた建物を見つけ、興味本位で中に入り、中のベンチに一人座って持参していた本を読んでいました。そして、そこにアデレード嬢がやって来たのです」


 ローランの話を聞いて、アデレードは必死に記憶を思い出す。



 因みに話の中にあるガラスで作られた建物は温室である。


 金属の骨組みにガラスを嵌めて作られた温室は、ガラス越し太陽の光が燦々(さんさん)と降り注ぎ、建物内にいるにもかかわらず非常に明るく、まるで外にいるかのような解放感がある。


 ガラスは木材に比べると高価なので、ガラスで作られた温室を所有している貴族はそう多くはない。


 なので、客人に見せる機会も多く、誰でも入れるように常時鍵をかけずに開放している。

 

「確かにあの子と出会ったのは温室だったからそこは間違いはないですわね。続きを教えて下さい」


「アデレード嬢の第一声は”こんな場所で何をしているの?”だったかと思います。私の記憶が確かなら貴女は薄い水色のワンピースを着ていましたね。私はそれには答えず、無視して本を読んでいたら、”こんなところで本なんて読まずにお外であそびましょう”と言って、私の腕を引っ張って建物から連れ出しました」


(何か物凄く記憶にあるお話ですわね……あの頃の私は何かとお姉さんぶってぐいぐい引っ張るような子でしたから)


 その当時、ウィリアムという弟が生まれ、伯爵にも伯爵夫人にも”あなたはお姉ちゃんになったから、お姉ちゃんらしくこの子と遊んであげなさい”と言われたアデレードは、言われた通りに何くれとなく姉らしく彼に構って遊んでいた。


 何かとお姉ちゃん風を吹かせたい年頃だったのだ。



「そして、私は貴女にクローバーとシロツメクサが群生している場所まで連れて行かれました。そこでお互いの名前を教え合ったのです。ただ、私は少女の格好をしていたので、ローランという明らかに男の名前を名乗ることは恥ずかしく、ローランから一文字抜いてローラという名前を名乗りました。ローラなら本名から一文字抜いただけだから呼ばれても反応もしやすく、女性の名前として違和感がないからです」


 ローランにそこまで言われてアデレードは思い出した。


(完全に思い出したましたわ……! あの子、私が名前を聞いたら、もじもじして恥ずかしそうにローラと囁くように教えてくれた)



***


 今から十年前。


 クローバーとシロツメクサの群生地で二人の子供が座っている。


「わたくしはアデレードと言うの。このはくしゃくけのちょうじょよ。あなたのおなまえは?」


「ぼ、……いや、わたしは……ローラ」


 ローランは間違えてぼくと言いかけたのを慌ててわたしと言い直したり、自分は男の子なのに女の子の名前を言わなければならない今の状況に恥ずかしがってもじもじとする。


「よろしくね、ローラ! わたくしのことはアデレードと呼んで?」


 囁くような声をしっかり聴きとったアデレードは、にこっと笑ってよろしくの握手をする為に右手を差し出す。


 ローランも自分の右手を差し出し、二人は握手する。


「う、うん……! よろしく」


***


 アデレードの表情を注視していたローランは彼女が思い出したことを察した。


「おや? その様子だと思い出して頂けたようですね」


「はい、思い出しましたわ。お名前を忘れていて失礼致しました」


「まだ小さい頃だったし、名前を覚えていなくても目くじらは立てませんよ。それよりも思い出して頂けたことの方が私は嬉しいです」


「え……? どういうことですか?」


「実を言うと、私はあなたが初恋だったのです。アデレード嬢が自分のことを女の子だと思っているのもわかっていましたから何も言いませんでした。貴女がにっこりと笑って私に握手の為に手を出した時。あの時の笑顔に一目惚れしたのです」


「嘘でしょう……! あの時のことを思い出した今思うと、あの時のローラン様は男性なのに女性の名前を言わないといけない状況にもじもじ恥ずかしがっていたように思えるのですが……」


「それもありますが、それは半分くらいですね。可愛い笑顔を向けられて、目を合わせるのが恥ずかしかったのです」


 アデレードはまさかの話に少々恥ずかしくなり、それを誤魔化すように紅茶を一口、口に含む。


 紅茶を口にしたことでアデレードは少しは気分が落ち着いた。


(ローラン様程の美青年の初恋の相手が私ですって……? どうせ私をからかっているのでしょう)



 アデレードがそう思っていたことろにさらに爆弾発言が投下される。


「それで、話はここからが本題です。母上から聞いた話ですが、アデレード嬢は最近、婚約が解消され、今は婚約者がいないと伺っています」


「ええ、その通りですわね」


「実は私も婚約者がいません。政略的に婚約していたのですが、半年程前に相手が事故死したので、相手がいなくなったのです。その亡くなった令嬢には妹がいるにはいるのですが、私との年齢差が釣り合わない。なので、その家とは婚約抜きで改めて事業提携することになりました」


「そんなことが……お悔やみ申し上げます」


「それで私も婚約者を新たに決めなければならなくなりました。ルグラン侯爵家の跡取りとして結婚しない訳にはいきません。二、三か月程前からお見合いしているのですが、あんまり言いたくはないけれど侯爵夫人として迎えるには問題がある方ばかりで。そんな時に貴女のことを聞いたのです」


 そこでローランは一旦言葉を切る。


「貴女は何と言っても私の初恋の人。ここでお互い婚約者がいない者同士になったのは何かの縁だ。そう思って母上にお願いして無理矢理、今日バーンズ伯爵邸に同行させてもらったのです。成長したアデレード嬢も予想以上に素敵な淑女(レディ)になっていて驚きました」


 ローランはアデレードの方を真っすぐに見つめ、(こいねが)う。


「アデレード嬢、もし良かったら私を新たな婚約者の候補に加えては頂けませんか? 貴女を大切にするとお約束します」


 薔薇の芳醇な香りに包まれながら、アデレードは答えを出す――。

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