第28話
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アデレードはウィリアムと共にローランを庭園に案内する。
バーンズ伯爵邸には本邸に近い場所にきちんと整備された庭園と温室、離れの方には広大な花畑がある。
庭園と温室はバーンズ伯爵邸を訪問した客人に見せて楽しんでもらう用で、離れの花畑は客人に見せるのではなくバーンズ伯爵家の人間だけで楽しむ内輪向けのものだ。
名目上は内輪で楽しむ用だとしても、うっかり人に見られても問題がないようにしっかり庭師の手によって整備されている。
庭園にしろ温室にしろ花畑にしろ、季節ごとにその季節に合わせた花々を楽しむことが出来るようになっている。
今の季節は庭園は薔薇、温室の方は紫陽花をメインに育てている。
「アデレード姉様、庭園と温室、どちらから先にローラン様を案内しますか?」
庭園を案内するようにという話だったが、夫人達のお茶会は長時間になるだろうと思われたので、アデレードとウィリアムは庭園と温室の両方を案内することにしていたのだ。
「ここからだと庭園の方が近いから先に庭園に案内して、その後、温室に案内する予定ですわ」
先程、バーンズ伯爵家全員でルグラン侯爵夫人とローランを出迎えた場所は本邸の応接室だ。
本邸、庭園、温室の順に屋敷の門からは遠ざかるような位置関係にある為、本邸から奥に向かって順番に移動するなら庭園から案内することになる。
「ローラン様、まずは庭園から案内しますわね」
「ありがとうございます。どんな庭園なのか楽しみです」
歩くことおよそ十分。
ようやく一行は庭園の入り口に到着した。
庭園の入り口は金属製の小さな門があり、そこから入るようになっている。
門をくぐり抜け、上を見上げれば、小さくて可憐な純白の白薔薇が沢山巻き付いた薔薇のアーチがアデレード達御一行を出迎える。
「白薔薇のアーチですか。赤薔薇のアーチは知人の屋敷で見たことはありますが、白薔薇のアーチも素敵ですね。それに白薔薇の甘い香りが漂ってきます」
「お母様がお花が好きで。とりわけ好きなのが白薔薇なのです。だから庭園に入って一番最初に目にする花は白薔薇になったのです。今は薔薇の季節だから普通に咲いておりますが、薔薇が咲かない時期は蔦植物や違う花のアーチになります」
「バーンズ伯爵夫人の趣味で白薔薇なのですね。アデレード嬢もバーンズ伯爵夫人と同じく白薔薇が一番お好きなのですか?」
ローランはさり気なくアデレードの好みを探ろうとしている。
「私は白薔薇よりも赤薔薇が好きですわね。あと、あまり人には言ったことがありませんが、ピンク色の薔薇も可愛らしくて好きです」
アデレードはふんわり可愛い系ではなくクールビューティー系の外見で、外見的に可愛い色が好きというイメージが結びつかないが、ピンクや黄色などの可愛い色が好きだ。
「あまり人に言ったことがないのに私に教えてくれたのはどうしてですか?」
純粋に疑問に思ったローランが尋ねる。
「ローラン様は私がピンクの薔薇が好きと言っても馬鹿にはしないと思ったのです。まだ知り合って一時間も経っていませんが、私の話を聞こうとする姿勢からそう感じましたの」
白薔薇のアーチの下を歩くローランは、本人の美貌が可憐に咲き誇る白薔薇によってさらに引き立てられ、非常に絵になる光景だった。
アデレードはこっそりその光景を瞳の奥に焼き付ける。
ウィリアムは早々に空気を読み、アデレードとローランの会話に強引に割り込むようなことはしなかった。
ウィリアムにとってアデレードは優しい大切な姉だ。
最近の婚約破棄の件で婚約者は不在となり、早かれ遠かれ新たな婚約者は探さなければならない。
アデレードが新たに知り合った異性と良い雰囲気になるのを止めるほど、ウィリアムは子供ではなかった。
ウィリアムは彼なりにアデレードのことを心配しているのだ。
ただし、ローランがベンと似たり寄ったりのクズ男だと思った時は、ウィリアムは無邪気な子供を装って邪魔する気ではいる。
アデレードは年下のウィリアムにはベンのことはあまり言わなかったが、彼は彼女を大事にしている様子が見受けられなかった。
だから次はベンみたいなクズ男ではなく、アデレードを大切にしてくれる人がいいなとは内心思っている。
白薔薇のアーチを抜けた先には、様々な色の薔薇が随所に咲いている。
赤薔薇は赤薔薇、白薔薇は白薔薇、黄薔薇は黄薔薇……といった具合に色ごとに分けられている。
アデレードはそれぞれの色の薔薇についてローランに紹介し、品種や特徴等を解説する。
彼女が解説している途中、ローランは彼女を優しい目線で見つめながら、熱心に話を聞いていた。
「少し疲れたので、あそこのガゼボで休憩しましょう。ガゼボなら丁度良い日差し除けになりますし、薔薇も見えますので」
「そろそろ一旦座って休憩したいと思っていたので丁度良かったです」
「アデレード姉様。喉が渇いたからお茶も用意してもらおう。あと軽食も一緒に食べたいな」
「元々お茶と軽食はお願いするつもりだったから、問題ないわよ。ローラン様は食べられないものや苦手なものはございますか? もしあれば配慮しますので、仰って下さい」
「食べられなかったり苦手なものは特にないです」
アデレードはローランとウィリアムを連れて、ガゼボに案内する。
ガゼボの中は中央に丸い円形のテーブルがあり、そのテーブルを取り囲むように椅子が四脚ほどおいてある。
三人は椅子に腰を下ろす。
アデレードは三人について来ていたメイドに紅茶と軽食を用意するよう命じ、メイドはすぐに命じられたものを用意すべく動いた。
緊急事態が発生したり、アデレード達がメイドにやってもらいたいことが発生した時の為に、メイドが二人ついて来ていたのだ。
二十分程経ち、メイドがバスケットを持ってきた。
「アデレードお嬢様、お待たせ致しました。サンドウィッチとスコーン、クッキーとフィナンシェをご用意させて頂きました。紅茶は水筒に入れております。では、また何かございましたらご用命下さい」
メイドはバスケットをテーブルの上に優しく置き、バスケットの中身をテーブルの上に手際よくセッティングし、その場を去る。
テーブルは赤と白のギンガムチェックのテーブルクロスが掛かっている為、飲食物を置いても衛生的に問題なく飲食を楽しむことが出来る。
「さぁ、頂きましょうね」
三人は思い思いにテーブルに用意された軽食を手に取る。
「私が頂いたサンドウィッチはレタスと生ハムとクリームチーズでしたが、ウィリアムとローラン様は違う具材のサンドウィッチでしたか?」
「私のはレタスとローストビーフとスライスしたオニオンでしたね。とても美味しく頂きました」
「僕が食べたのはレタスと玉子とキュウリのサンドウィッチだったよ」
ひとしきりサンドウィッチを食べた後は、紅茶で喉を潤わせながら茶菓子に手を伸ばす。
「そう言えばこの紅茶はどこの産地のものですか?」
「ヴィリアン産のものですわ。最近、我が家のお抱え商人から勧められて購入してみましたの。紅茶の色合いが澄んだ上品な色合いの茶色で渋みが全くなく、口当たりがとても良いので、我が家では最近こればかり飲んでいますわ。恐らくお母様達もサロンでこれと同じものを楽しんでいると思います」
ヴィリアンとはアデレード達が今、居住しているサンティア王国の南部の方の地域だ。
「ヴィリアン産なのですか。気に入ったから今度我が家でも購入してみます。……それはさておき、アデレード嬢。いきなりこんなことを言ったら驚くと思いますが、幼少期の頃のご友人のことを覚えておりますか?」
「幼少期の頃の友人?」
「ええ。金髪に青い瞳の。場所はこのバーンズ伯爵邸で出会った」
「……え!? どうしてそれをローラン様がご存知なのですか?」
「ふふっ、それはどうしてでしょうね? それで、覚えているのですか? 覚えていないのですか?」
ローランはやけに押しが強くアデレードに詰めかける。
「実は今日、ローラン様にお会いして、あの子を思い出すなぁと思ったのです。ローラン様は彼女と色合いが似ているから。お名前は覚えておりませんが、あの時、彼女と一緒に見つけた四葉のクローバーは今でも大切にしていますわ」
「名前を覚えていないのは残念ですが、それは嬉しいですね」
ローランはアデレードの返事を聞いて、嬉しそうな微笑みを浮かべるが、アデレードは彼に怪訝な目を向ける。
「何故ローラン様が嬉しいのですか? もしかするとローラン様のお姉様か妹様だったりするのですか?」
「いいえ、違います。実はその子は私なのですよ」
「あの子がローラン様……?」
「だから初めましてではないのです。私とアデレード嬢の十年ぶりの再会です。お久しぶりです、アデレード嬢」
ローランが満面の笑みでとんでもない爆弾発言をする――。
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