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第22話 リリー視点

今日も読みに来て頂き、ありがとうございます!


皆様からの応援が執筆の何よりの励みになっています(*^^*)

 そうして迎えたベンがバーンズ伯爵邸を訪問する日。


 この日は、ベンがアデレードに婚約破棄を突き付ける日だ。


 わたしは楽しみにし過ぎて、興奮のあまり昨夜は中々寝付けなかった。



 今日はいつもの時間より早めに離れから出て、ベンが来るのを今か今かとそわそわしながら待つ。


「待たせたな、リリー。さぁ、本邸の方へ行くぞ。そしてアデレードに婚約破棄を突き付けるんだ!」


「でもわたしは本邸には入れないと思うんだけど……」


 ベンが張り切ってわたしを本邸に連れて行こうとしているが、わたしが本邸に入ることは禁止されている。


 見つかり次第、強制的に離れに連れ戻されてしまう気がするのだけれど……。


「そこは私が一緒だから大丈夫だ。私から使用人に言えば問題ない。何故なら私の立場はアデレードの婚約者という客人だ。他家からの客人相手に使用人が強く出られる訳がない」


 ベンは力強く断言する。


「それもそうよね!」


 ベンがわたしを連れて離れから本邸の方へ向かう。


 手を繋ぎながら歩を進める。



 やがて本邸の入り口に到着した時、おじさんに見つかり、止められる。


 このおじさんは初日に案内してくれた人で、わたしの要求を一切聞いてくれなかった人。


 謂わばわたしの敵だ。


「ベン様。そちらの彼女は本邸に通すことは出来ません」


「わたしはアデレードの婚約者で客人だぞ? たかが使用人風情が私の連れに何か文句でもあるのか?」


「アデレードお嬢様の婚約者という立場を主張するのに、連れている女性はお嬢様ではないのですね。しかし、そう仰られるならばお通りなさい」


「私は今から本邸の応接室でアデレードに話がある。アデレードにそこに来るよう言え。アデレードに使う時間が勿体ないから急ぎで来いとも言っておけ」


「女性の支度には時間がかかるものです。急に急ぎで用意しろと言われても、困ります」


「ちっ、使えない使用人だな。とりあえずアデレードに伝言が伝わらなければ話が始まらない。さっさと行け」


「失礼致します」


 おじさんはその場から去った。


「ベンとなら本邸に入れた! 流石ベンね! 凄いわ!」



 ……この時のわたしは、このおじさんが敢えて許可を出したことに気づいていなかった。


 伯爵様もわたし達の関係に気づいていて黙認していたことも。


 それに気づかず、本邸に入れたことで気分が高揚していた。



***


 二人で応接室に到着すると、メイドがお茶を用意してくれた。


 ベンと一緒ならわたしもお客様待遇でもてなされるのね。


 お茶を飲みながら二人でアデレードの到着を待つ。



 アデレードが到着したのはそれから約二十分後。


 アデレードの分際でわたし達を待たせるとは良い度胸ね!



 今日のアデレードはパッと明るい鮮やかな黄色のドレスを着ていた。


 胸元にはドレスと同じ生地で作られた薔薇の花が縫い付けられ、スカート部分には金色のリボンで装飾されている。



 ドレスは素敵だと思うけれど、ベンはアデレードに見惚れている様子はない。


 それどころか鋭く睨みつけている。


 実際二人が顔を合わせているのは初めてみるけれど、確かにこの様子じゃ仲は悪そうね。



 そしてとうとうお待ちかねの時がやって来た。


 ベンがわたしの肩をグイっと自分の方に抱き寄せながら、アデレードに婚約破棄を告げた。

 

 さぁ、どんな反応を見せてくれるんだろう?


 わたしはわくわくと心躍らせていた。



 でも、アデレードから返ってきた言葉と反応は想像にないものだった。


 ひどく冷たい声色であっさり婚約破棄を承諾した。


 顔を歪ませて泣いて縋る反応を期待していたのに、これは期待外れよ。



 しかも”婚約者がいながら他の女性に浮気するような方、頼まれても此方からお断り”ですって!?


 真実の愛の前には何をしても許されるのよ!


 それにあんたに魅力がないから、ベンがわたしに心を奪われちゃったのよ。



 あんたのその言葉は負け惜しみよね?


 プライドが高いから素直に認められないだけで。


 それに気づいたわたしはくすっと鼻で笑った。



 ここで話は終わりかと思ったら、ベンがさらにわたしの気分を良くさせることを言ってくれた。


 わたしへの虐めを認め、わたしに謝罪しろとアデレードに要求したのだ。


 わたしは被害者ぶって謝ってくれるだけで良いと寛大な台詞を吐く。


 

 実際のところ、わたしはアデレードに虐められていない。


 普通に考えて、やってもいないことで謝罪するということはまずない。


 わたしがベンにたっぷりと虐めについて語ってベンの頭に浸透させたから、アデレードは実際に私を虐めていなかったという真実に気づくことはない。


 だから、ここでアデレードが謝罪を拒否しても、わたしを虐めたのに虐めを認めず、しらばっくれた悪女という印象がベンに残る。


 わたしはそれで十分だ。


 案の定、アデレードは謝罪を拒否し、さっさと退室した。



「ごめんな、リリー。私の力が及ばず、アデレードに謝罪させることが出来なかった」


「いいのよ、ベン。あの人は自分がやったことを認めず、謝ることも出来ない人なの」


「自分がしたことを認めず謝りもしないなんて最低な女だ。あんなのと婚約していたなんて反吐が出る」


「虐めについては謝ってもらえなかったけれど、婚約破棄は上手くいって良かったわ」


「ああ。あっさり認めてくれて助かった。変にごねられても迷惑なだけだから。しかも、自分でバーンズ伯爵に伝えてくれるみたいだから、伯爵に伝える手間も省けて良かった」


「ベンの家族にはもう伝えたの?」


「伝えていない。あの頭の固い父上は絶対に認めてくれない。今回はバーンズ伯爵家の娘で婚約者を交換するだけみたいなものだから、とりあえずバーンズ伯爵に私達が新たに婚約することを認めてもらわないと……」


 そんなことを話しながら、クッキーとお茶を飲んでいると(クッキーとお茶のお代わりは途中でメイドが持って来てくれた)、伯爵様が現れた。


 伯爵様はアデレードとベンの婚約破棄を認め、わたしとベンが新たに婚約することを認めると私達に告げた。


 わたしは嬉しくてたまらなかった。


 バーンズ伯爵家で何も与えられなかったわたしが、何でも持っているアデレードに勝利した瞬間だ。


 伯爵様が認めたということは正式に決まったことだ。


 嬉しくないはずがない。



 伯爵様はベンに手紙を渡し、ベンのパパに渡すようにと指示し、なんとわたしを今日このままベンの家の屋敷に連れて行き、そのままベンの屋敷に暮らしても構わないとベンに提案してくれた。


 ベンは承諾し、わたしはお言葉に甘えることにした。


 ベンの屋敷に行ってしまえば、離れでの生活からおさらばだ。


 ベンの言っていた花嫁修業がちょっと不安だけど、ベンのママは優しいみたいだし、きっと何とかなる。



 話がまとまり、いざ馬車に乗ろうとしたところで、伯爵様に声をかけられる。


 それはベンとの結婚生活が上手く行かなくても、二度とバーンズ伯爵邸に戻って来るなということだった。


 誰が戻るというのよ、こんなケチな伯爵家!


 わたしはそれをそのまま伯爵様に大声で吐き捨てた。



 そして馬車に乗り込み、勝利の余韻に浸る。


 あの時、偶然ベンに出会ったから、こうやってバーンズ伯爵家から出ることが出来た。


 勝利の余韻に浸りながら交わすキスは気持ちよかった。


 これから先のベンの家の屋敷での明るくて楽しい生活に思いを馳せる。



 ――結論から言うと、この時、こんなケチな伯爵家に二度と戻って来ないと伯爵様に啖呵を切ってしまったせいで、わたしはバーンズ伯爵邸の離れに戻ることが出来なくなってしまった。


 そして、伯爵様はわたしからその言葉を聞いて、わたしとの養子縁組は解消すると決め、この日でわたしとバーンズ伯爵家の繋がりは何もなくなっていた。


 そのことに気づいた時は全て後の祭りだった――。

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