第18話 リリー視点
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どうしてこうなったのよ!?
どこで間違ったの!?
ベンと婚約すれば、貴族として大きなお屋敷でゆったり贅沢に暮らせると思ったのに、まさかこんなことになるなんて……!
これなら離れにいた方が余程マシな生活じゃないの!
***
わたしの人生は順風満帆とは言い難かった。
生まれた時からして、わたしは既に所謂負け組だった。
わたしがそれを思い知ったのは良い思い出のないバーンズ伯爵邸に行った時のことだった――。
***
貴族の長男に生まれ、当時、婚約者がいたのに、屋敷で働いていた平民のメイドと恋人になって、子供が出来て屋敷から飛び出した父親。
貴族の屋敷でメイドとして働いて、跡取り息子に見初められ、跡取り息子の妻・妾の座に収まろうとした上昇志向の強い母親。
それがわたしの両親だった。
パパは酒に溺れ、ママは娼婦として身体を売ることでしか生活が成り立たなかった。
その場の勢いだけで生まれた家を飛び出したパパは、お金を稼ぐ手段も知らず、生活はママ頼りだった。
ママは屋敷の跡取り息子との間に子供さえ出来れば、自分を邪険にはしないだろうと高を括っていたみたいだけど、肝心の跡取り息子の方がママを連れて家を飛び出した。
当初、ママはパパが貴族の跡取りの立場を捨ててまで婚約者ではなく自分を選んでくれたと喜び、二人して貴族の屋敷を飛び出したのはいいけれど、世間知らずの二人には厳しい現実しか待っていなかった。
パパはお金を稼ぐ手段を知らないからお金を稼ぐ手段をママが教えても、元貴族の長男として使用人に傅かれる生活を送っていたパパが、平民に自分を雇ってくれと頭を下げて平民の下で働けるかという思考になるのは当たり前と言えば当たり前だった。
ママはわたしがお腹にいる時は働くことは出来なかったけれど、出産してわたしがある程度成長すると働かないパパの代わりに働くつもりでいた。
ママは、まず前職と同じメイドとして働こうと考えた。
メイドは仕える家によって使用人の扱いの差や主人の性格の差こそあれ、どこの屋敷でもやることはそう大きく変わらない。
でも、パパの母、つまりわたしから見るとおばあちゃんが手を回して、ママをメイドとして雇わないよう貴族のお屋敷中に手を回していた。
なんて意地悪なおばあちゃんなのだろう!
わたしは今日も門前払いを食らって、家に帰って来てしょんぼりしているママの様子をみて、そう憤慨した。
でも、ママは困った顔をして首を振る。
「奥様からしてみたらわたしは息子をたぶらかした悪女なのよ。私だってルパートに婚約者がいることは知ってて、ルパートと恋人になった。それまで雇って下さっていた旦那様と奥様に後ろ足で砂をかけたも同然のことをした。結局は自分が蒔いた種なのよ。それに使用人を雇うにも信用が第一。伯爵家からルパートと一緒に出奔した私には旦那様や奥様からの紹介書なんてない。前職でメイドの経験があると口では言いながらも以前勤めていた屋敷の旦那様や奥様からの紹介書がない私は、以前の職場で何か紹介書が貰えないようなことをしでかした問題のある人物だということになっちゃうの」
わたしにはよくわからなかったけれど、ママがメイドとして採用されない理由はママ自身の過去の行動に原因があったみたい。
結局、十分な学も職業的なスキルも経験もなかったママは生活の為に娼婦になって身体を売るしかなかった。
パパは生活の為とは言え、他人に身体を売るしかなかったママに嫌気がさして、あんまり家にはいないようになっていった。
そして、他の女の人のところに入り浸るようになった。
お金が必要な時だけ家に帰って来て、ママからお金を奪ってまた他の女の人の所に戻る。
さらに言うと、パパはママに向かって怒鳴っていた。
「お前との間に子供が出来たことが全ての間違いだった。だって子供が出来たと発覚しなければ、俺は貴族のままだったし、大きな屋敷での暮らしも何かも失わずに済んだんだ!」
そんなことをパパは言うけれど、失いたくなかったのなら何で最初から大切にしなかったのだろう?
何で家を飛び出しちゃったんだろう?
それに働かないパパの代わりに働いているのはママだ。
ママに向かってそんなことを言う資格はパパにはない。
パパは控えめに言ってクズな男だとその時わたしは子供ながらに思った。
ママは娼婦として働き始めてからこう言っていた。
「あの時はルパートが私を選んでくれて有頂天になっていたけれど、それはルパートの妾や妻としてお貴族様のお屋敷で暮らせた場合は苦労なくのんびり暮らせるというだけであって、何も持たないルパートとの駆け落ち結婚なんて厳しい現実しかない。ルパートをうまく言いくるめてせめて妾として屋敷においてもらえるよう強く説得すべきだった。リリーを産んだことには後悔なんてないけれど、自分の馬鹿さ加減が嫌になる。リリー、あんたはもうちょっと上手くやりなさい。頑張って金持ちの男を捕まえて、捕まえたら逃がさないように。私みたいになったらダメよ」
小さい頃の話はあまり覚えていなかったから、パパとママの馴れ初め、何故ママは娼婦になってしまったのかはママが病気で死んでしまう直前に改めて聞いた。
この話を聞いた頃、パパはもう既に死んでいた。
パパもママも同じ病気だった。
わたし達一家が暮らしていた花街の貧民層が暮らす場所では、大人ばかりがかかる病気が流行っていた。
大人ばかりかかって死んでいく病気なので、まだ子供のわたしは無事だったのだろう。
両親が亡くなっても日々の生活は変わらない。
変わらないけれど、問題がある。
お金の問題だ。
何をするにもお金が必要なのは子供でも知っている。
お金がなければりんごの一つも買えないし、着るものだって買えない。
でも、良い解決方法はママに教えてもらっていた。
私は家族の思い出荷物を全てまとめ、それまで暮らしていたぼろぼろの小屋を後にし、パパの実家であるバーンズ伯爵邸に向かうことにしたんだ。
バーンズ伯爵邸に到着したわたしはここは本当に自分が今まで住んでいた場所と同じ領内なのかと本気でびっくりした。
わたしが小さい頃に好きだったお姫様と王子様が登場する絵本の挿絵に載っているようなお城みたいに大きくて迫力のある建物がドーンと建っている。
ここがパパが元々住んでいて、ママが働いていた場所。
こんな立派な建物ならお金は沢山あるに違いない。
今までの貧乏な暮らしとは打って変わって、これから思う存分贅沢が出来る!
そんな期待に胸をわくわくと躍らせ、門の前に立っていた筋肉でムキムキなお兄さんに声をかける。
「ねぇ、ちょっといい?」
「何ですか?」
「わたし、ここの伯爵様?とやらに会いたいんだけど……」
「どちら様ですか?」
「わたしの名前はリリー。パパはルパートっていう名前なの。元々ここの息子だったって聞いてるけれど」
「確認して来ますので、このままここでお待ち下さい」
「はーい」
それから約20分後、最初に声をかけたお兄さんがまた戻って来た。
20分も待たされたのは腹が立ったけれど、これからここで暮らせるのなら20分待たされた程度で何も文句はない。
でも、戻って来たのはお兄さん一人じゃなくて、おじさんを一人連れている。
「お待たせしました。今から旦那様のところに案内しますね」
おじさんがわたしにそう言って、おじさんの案内で門の外から見えたお城みたいな建物の中を歩いて行く。
建物の中も期待を裏切らず、豪華だった。
絨毯はふっかふかで、綺麗なお花が沢山活けてある高級そうな壺が至る所にあって、何かよくわからないけれど額縁に入った絵がずらりと展示されている。
しばらく屋敷の中をおじさんの案内で歩き、おじさんはある部屋の前で急に止まった。
「今から旦那様と会って頂きます。くれぐれも失礼のないように」
おじさんがドアをコンコンとノックし、「入れ」という声が聞こえてくる。
「旦那様、お連れ致しました」
「ありがとう、テレンス。お前は先程までやっていた仕事に戻れ」
「畏まりました」
おじさんがいなくなった後、部屋にはわたしと伯爵様と思われる人しかいない。
伯爵様らしき人はパパをほんの少し若くしたような顔立ちで、パパとは血縁関係を感じられる。
でも、わたしをじろじろと値踏みするかのように鋭い視線を向けてくる。
遠いところから良く来てくれたなという歓迎を期待したのに、どうもそんな雰囲気じゃない。
「君があのルパートの娘か。一体何の用でこの伯爵邸に来たんだ?」
”あの”という言葉をやけに強調しているようだけど、気のせいかな?
「実は両親が死んでしまいまして……。ここで生活の面倒を見てもらえないかな~…と。母からこの伯爵家のことは聞いていました。パパの娘であるわたしはここで生活する権利があるんじゃないですか?」
「私はルパートの弟でドミニクと言う。現バーンズ伯爵だ。そして、あの馬鹿兄貴に迷惑をかけられた者の内の一人。残念ながら君が兄貴の娘であるということで、このバーンズ伯爵家で主張出来る権利は何もない」
「一体どういうことですか!? パパは確かにバーンズ伯爵家の息子だってママから聞いています! 間違いないはず!」
「理由? 君は知らなかったのかも知れないが、馬鹿兄貴はバーンズ伯爵家の籍から除籍されている。簡単に言えば、最初からバーンズ伯爵家にはルパートという息子はいなかったということに書類上なっている。貴族としての記録を抹消されている者の娘がバーンズ伯爵家に関する権利を主張してきたところで、記録がない者の娘が何を言っているんだということになる」
「え……!? そんな……!?」
ママが言っていたことと違う!
ママは”リリーは間違いなくルパートの娘なんだから、もし私が死んでしまったとしてもルパートの娘ということで伯爵家で絶対に面倒を見てもらえるはずよ。そしてお嬢様として暮らす権利があるわ”って言っていた。
どうしよう……?
当てが外れちゃったの……?
わたしがパパの娘で、伯爵家の血が流れていることは事実なのに、パパが除籍されているから、何も権利が主張出来ないなんて理不尽よ!
その時にふと気づいたんだ。
――あぁ、わたしは生まれが負け組なんだって。
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