第16話
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ランチ会終了後、バーンズ伯爵とトーマス伯爵は当主同士の話し合い、バーンズ伯爵夫人とトーマス伯爵夫人とアデレードはお茶会、トビーとウィリアムは少年同士で遊ぶ為、三手にわかれる。
バーンズ伯爵とトーマス伯爵はバーンズ伯爵の執務室へ、バーンズ伯爵夫人とトーマス伯爵とアデレードはサロンへ、トビーとウィリアムはウィリアムの部屋へそれぞれ向かった。
***
バーンズ伯爵とトーマス伯爵は、執務室の中にある応接用のソファーに向かい合って座っていた。
ソファーとソファーの間には良質な木材で作られたローテーブルがあり、そこには書類が置いてある。
「さて、まずはトーマス伯爵に宛てた手紙に書いていたことを改めて直接話そうと思う」
「確認の為に改めて直接話は聞きたいと思っていた。では、その後、トーマス伯爵家で起きたこと、結局二人にどのような処断を下したのか話す」
「まず、リリーの両親についてだが、父親は私の実の兄、母親は当時バーンズ伯爵邸に勤めていた平民のメイドだ。血縁上は私と彼女は叔父と姪という関係になる。一応、彼女にはバーンズ伯爵家の血は流れているが、兄はメイドと一緒に伯爵家を出た時点で、私の両親が貴族籍から除籍した」
バーンズ伯爵は自分の感情は入れず、事実のみを淡々と告げる。
「その後は、度々兄が金の無心に来る以外は兄達と関わらず生活していた。金は無心されても全く渡さなかった。ところが、今から二年前、兄とそのメイドが病死した。それでリリーが生活の面倒を見てくれとバーンズ伯爵邸を訪ねてきた。そして私は彼女を養子に迎え、生活の面倒を見ることにした」
「そこまでが彼女がバーンズ伯爵が彼女の生活の面倒を見ることになった経緯か」
「そうだ。私は彼女をこの本邸ではなく、離れで暮らさせることにした。理由は大きく三つある。自分の立場を勘違いさせない為、トラブルを避ける為、貴族の生活を見せないようにして贅沢を覚えさせないようにする為だ。養子にはしたが、特別養子縁組ではなく、普通の養子縁組。成人するまでは生活を保障するが、その後は平民に戻す予定だった。なので、貴族社会で生きる為に必要な諸々は習得させなかった。ただ、何も習わせなかった訳ではなく、働き先の選択肢が増えるだろうと思って、字の読み書きや基礎的な計算は習わせた」
「貴族社会で生きさせるのではなく、成人するまで面倒を見て平民に戻す予定だったのか」
この国では18歳が成人と見なされている。
つまりリリーはバーンズ伯爵の養子に迎えられてから、最長5年間バーンズ伯爵家で生活の面倒を見てもらえることになっていた。
「実の父親が除籍されているから、貴族社会では生きにくいと思うんだ。どこに行っても”ほら、あの父親は除籍された……”という評価がずっと付き纏う。バーンズ伯爵家としてもそれはあまり喜ばしい状況ではない。彼女本人は全く望んでいなかったが、平民ならばそんなことを言われることはない」
「なるほどな」
「最終的に平民に戻す為、食事内容・衣類関係・住居といった生活水準は平民に合わせた生活をさせていた。そうしたら、自分の待遇に不満ばかり漏らす。しかし、私達は彼女の我が儘や要求は一切通さなかった。そして、そんな生活の中、先程少し話したベン君との出会いがあったんだ」
「ここでベンが登場する訳か」
「それからは先程、ランチの時に言った通りだ。偶然の出会いをきっかけに二人は逢瀬を重ねるようになった。リリーはありもしないアデレードからの虐めをでっち上げ、アデレードに虐められている被害者を演じた。それに引っ掛かったのがベン君だ。この辺りで、先程トーマス伯爵が仰っていた贈り物の話が絡んでくる。ベン君がリリーに何か贈る度、監視目的で付けているメイドに見せびらかしていた。もし、その贈り物の一覧表が必要であれば、後日トーマス伯爵家に届けさせる。メイドが報告書に何を受け取っていたのか書いてくれているから、それをまとめれば一覧表が出来上がる」
「我が家にある請求書と品物が一致するのか念の為に確認はしておきたいから、お願いしたい」
「わかった。今話したところまでが、二人が出会ってからのことだ。そして、ついに先日の婚約破棄へと話が繋がる。ベン君がアデレードに婚約破棄を突き付けた。同時に、虐めについて言及し、謝罪を強要する。アデレードはその場で婚約破棄を受け入れた」
「その場で彼女は婚約破棄を受け入れたんだな」
「その後は、アデレードは私の所まで婚約破棄の件で報告に来た。そして、ベン君が伯爵邸に来ているついでにリリーをトーマス伯爵邸に連れて行ってもらおうと考え、トーマス伯爵に宛てた事情説明の手紙を認めた。その後、二人の新たな婚約を認める旨を伝え、ベン君がトーマス伯爵邸に帰る前に手紙を渡した」
「元々の婚約者と婚約破棄して、新しい婚約者に変更するとなると親に会わせる必要があるからな。そのような経緯で我が伯爵家に彼女が来ることになったのか」
「そうだ。リリーがベン君の新たな婚約者として認められないであろうことはわかっていたから、最後に彼女に釘を刺した。”結婚生活が上手くいかなくても、もうここには二度と戻ってくるな。戻って来ても二度とバーンズ伯爵家の敷地は跨がせない”と。そして、二人はバーンズ伯爵邸から出発した。一部端折っているが、ざっくりとこんな流れだ。手紙に認めた内容と相違ないはずだ」
「確かに、手紙の内容と相違ない。そこから、舞台がトーマス伯爵邸に移るのか」
「ああ。結局、二人にはどのような処断を下したんだ?」
「結論から先に言うと、ベンは貴族籍から除籍し、彼女共々トーマス伯爵家から追放した。つまり、次期トーマス伯爵夫妻として二人を認めないということだ」
「やはりそうなったか」
「ディナーの時は本当に酷かった。彼女が失敗したテーブルマナーについてはランチで妻が言っていた通りだが、彼女はベンに伯爵令嬢としての勉強はしていると嘘をついていたことが発覚した。そこで素直に認めればいいのに、筋の通っていない無茶苦茶な言い訳ばかり主張したんだ。ディナー終了後に、話し合いの場を設けたのだが、ベンはやっぱり彼女の言うことを鵜呑みにしていたことがわかった。話し合いの場では、バーンズ伯爵からの手紙が非常に役に立った」
「活用して頂けたのなら、此方も書いた甲斐があった。他人の言うことを鵜呑みにすることは良くない。何事も事実確認することは大切だ」
「それから、例の贈り物の件の話もした。今の時点でこのようなことをするのであれば、将来不正に手を染めるであろうことは容易に想像がつく。相手からの情報を鵜呑みにする件と合わせ、その点からも次期伯爵としての素質なしと判断し、贈り物の代金はベンの個人資産から没収するということにしたんだ」
「その後はどうなったんだ?」
「そうしたら、ベンがアデレード嬢に再度頭を下げ再度婚約するとか抜かし出した。このままでは伯爵家の跡取りの立場や生活を失うと思ったんだろう。そして修羅場になった。だが、私が修羅場を止めさせ、アデレード嬢と再度の婚約はないとはっきり告げた。私だけでなく、バーンズ伯爵も認めていないともね。そして、情けでベンに個人資産を渡し、トーマス伯爵邸から追放した。……と、まぁこんなところだ」
「なるほど。予想の範囲内の処断だったな」
「幸い、息子はベンだけではなくトビーもいる。トビーにも同席させて、一部始終を見学させたが、トビーが自分はベンみたいなことはやらないと胸に刻んでくれたと信じたい」
「それは願うばかりだな。時が経って忘れなければいいが……」
「そうだな。それはそうと、ベンとアデレード嬢の婚約について書類上の処理をしなければならない」
「凡そのところは既に作成している。後は私達がサインを入れるだけだ」
ローテーブルの上にある書類がベンとアデレードの婚約に関する書類だ。
まず、バーンズ伯爵が万年筆でさらさらと流れるように署名し、その万年筆をトーマス伯爵に渡し、トーマス伯爵も署名する。
今回はベンは婚約破棄だとアデレードに言ったが、実際は婚約解消として処理することになった。
近々婚約解消を視野に入れていたし、婚約破棄となるとどうしてもイメージが悪くなり、その後新しい婚約者を探す時に苦労することになる。
なので、穏便に話し合いで解消したとしておいた方がダメージは少ない。
二人が署名したことで書類が完成する。
後は王宮の関係部署に届け出れば良い。
貴族の婚約・婚姻は王宮で管理しているので、地方の領地を治める貴族であっても王宮に届け出はしなければならない。
婚約を結ぶ時、婚姻した時は言うまでもないが、婚約が解消になった時、離縁した時も同じくだ。
「私が聞くのもあれだが……アデレード嬢の新しい婚約者探しはどうする予定なんだ?」
「しばらくは何もしない。その後、ぼちぼち探す予定だ」
「そうか。私達の用事は終わったから、サロンの方へ行くか」
「そうだな」
バーンズ伯爵とトーマス伯爵は執務室を退室し、夫人達がいるサロンへ向かう。
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