第14話
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伯爵の言葉はベンとリリーに途轍もない衝撃を齎した。
「えっ……? 父上、一体どういうことですか?」
「文字通りだ。お前はこの家に要らない。お前が選んだ真実の愛とやらの相手と一緒に出て行ってくれ」
「ですが、私はこのトーマス伯爵家の長男です! 私が父上から伯爵位を継ぐのではないのですか!?」
「優秀な二男のトビーがいるから跡取りに困ってはいない。何も絶対にお前でなければ駄目だという訳ではないんだ」
「そ、そんな……」
「何でベンが伯爵家から出て行かなくちゃいけないんですか? ベンは貴族らしい生活をさせてくれるとわたしに約束してくれたんです!」
「それはベンが君の言ったことを鵜呑みにして、婚約者をアデレード嬢から君に勝手に変更したからだ。相手の言うことを鵜呑みにするという行為は貴族にとってやってはいけないことだ。相手の言うことを鵜吞みにしたことで、時に再起不可能な状態にまで家が没落することだってある。今回の場合は没落とは関係がないが、ベンが次期伯爵であるのに相手の話を鵜吞みにすることの危険性を全く理解していないことがわかった」
例えば、投資の話は典型的な例になる。
貴族の中には投資で儲け、財産を増やしている者もいる。
投資話でこれだけ投資すれば、これだけリターンで儲けることが出来るというような提案をされても、大多数の者は情報を精査してから、話に乗るかどうかを決める。
調べもせず、怪しい儲け話に大金を投資する者がいないように、一事が万事、こんな調子で情報が正しいのか確認する。
それなりに信頼関係を築いている者同士の間では、情報の確認はやらない場合もあるが、相手を陥れるようなことをすれば、それ相応の代償を払うことになる。
バーンズ伯爵とトーマス伯爵は信頼関係を築いている為、トーマス伯爵はリリーに関してバーンズ伯爵が噓をつく理由がないと思っている。
結婚となれば相手のことは必ず調べる。
調べた結果、バーンズ伯爵がリリーに関して虚偽の情報をトーマス伯爵に渡していることが発覚した場合、話が違うじゃないかと揉めるのは想像に難くない。
そんな事態になるならば、最初から事実を伝える方がどう考えても得策だ。
だから嘘は言わないと判断出来る。
「現伯爵である私の意向を全く聞かずに勝手に婚約者を変更する。これはやってはいけないことだ。婚約は家と家の重要な契約だ。アデレード嬢とお前の婚約を決めたのはバーンズ伯爵と私で、その私に一言も断りがないのは何故なんだ?」
「言えば反対すると思ったからです」
「婚約者を決めるというのはかなり大変な仕事なんだ。問題のある者と縁付かせてはいけない。今回の場合、お前は単純に同じバーンズ伯爵家の令嬢同士だからバーンズ伯爵の許しさえあれば私は何も言わないと思ったのかもしれないが、実際、アデレード嬢とお前が選んだそこの彼女では、トーマス伯爵家の次期伯爵夫人として相応しいのはアデレード嬢であることは明白だ」
父親も母親もれっきとした貴族であるアデレード。
教養豊かで十分な品格のあり、マナー関係も問題がなく、どこに出しても伯爵令嬢として認められている彼女。
それに対し、元々は貴族だったが貴族籍を除籍された父親と平民のメイドの間に生まれ、今は名ばかりの伯爵令嬢であるリリー。
スキャンダラスな出自に加え、貴族令嬢としての教育は全く受けておらず、教養も品格もない彼女。
誰がどう考えてもアデレードの方がベンの相手としては相応しい。
「でもそれじゃあベンは恋愛結婚出来ないってこと? そんなの可哀想です!」
「貴族に生まれた以上、恋や愛では結婚出来ない。最初は両家の事情絡みで決められた婚約でも、交流するうちにそれなりの良好な関係を築けばよい。平民にはわからないかもしれないが」
貴族に生まれた者の義務は自分の家や領地を富ませることだ。
その為の方法の一つが結婚である。
もうこれ以上権力はいらない、これ以上富ませる必要はないと考える家は恋愛結婚でも良いが、大多数はそうではない。
貴族として贅沢な生活を享受するなら、義務も果たさなければならない。
「あと、一つ。ベン、私とバーバラに隠し事をしているだろう?」
「隠し事……身に覚えがありませんが……」
「婚約者への贈り物の代金……と言えばわかるか?」
そこでやっとベンはハッと気づく。
婚約者にプレゼントを贈ると伯爵に話をして、贈り物をトーマス伯爵家の御用達商人に注文し、代金は伯爵がトーマス伯爵家の財産より支払う――贈り物と言われ、ベンの心当たりがあったのはこの件だった。
「私達は最初はお前が心を入れ替えてアデレード嬢とちゃんと交流しようとしているのだと、それを嬉しく思って、言われるがまま請求書通りに伯爵家の財産から代金を支払った。けれど、一向にアデレード嬢と仲良く交流しようとしている様子はなく、距離感も変わっていない。そして、彼女がここに訪問して来てくれた時、請求書に記載のあるお前が贈ったことになっている品物を身につけては来ていない。一度、バーバラがそれとなくアデレード嬢に聞いてみたら、お前からの贈り物は何もないと答えが返って来た。……なぁ、婚約者への贈り物としてお前が注文して私達が代金を支払った贈り物は一体誰に贈ったんだ?」
伯爵夫妻は気づいていて、ベンを泳がせていたのだ。
「だ、誰だっていいじゃないか!」
「そう言えばベンは時折わたしにプレゼントを贈ってくれましたよ! 銀細工の髪飾りとかちょっとした宝石がついたペンダントとか。もしかしたらそれのこと?」
ベンは誤魔化そうとするが、ここでリリーが余計な口出しをする。
「ほぅ。確かにベンが注文したものには合致するな。そして、ベンと君の付き合いはそんなに長いと」
伯爵が記憶しているのは約一年前にベンは婚約者に贈り物をしたいと言い出した。
それはアデレードを蔑ろにしてリリーと浮気していた期間を示している。
「お前が婚約していたアデレード嬢にきちんと渡していたのなら私達は何も言わない。だが、そうではないのならお前は親である私達を騙していたことになる。伯爵家の財産は領民達が私達に納めてくれた税収でもある。そこから領地で問題が発生してそれを解決する為に使う費用を引いた金額が私達一家が使える財産だ。伯爵家だからと言って無闇矢鱈に散財は出来ない。そのことはわかってたのか?」
「そ、それは……」
ベンが気まずそうな表情を浮かべる。
伯爵家の長男であるのに、自分達の暮らしを支えてくれているのが領民だということにベンは気づいていなかった。
「わかっていようとわかっていまいと関係ない。今の時点で、そういうことを平気でするようであれば、お前に爵位を継がせたら横領等の不正に手を染めそうだな。この点からも次期伯爵としての素質は無しだ。お前が今まで婚約者への贈り物として私達に伯爵家の財産から支払わせた代金。それは全額お前の個人資産から没収する」
「個人資産から没収……!?」
「この家を出て行く時にお前の個人資産は渡すが、今、言った分の代金分はマイナスするからな。マイナスが嫌なら贈ったものを贈った相手から取り返して質屋に入れて、その分の代金を持ってこい」
このままでは伯爵家の跡取りの立場、生活を失ってしまう。
ここに来て、ベンは状況を打開する考えを一つ思いついた。
「リリーとこのまま婚約する場合は、トーマス伯爵家の跡取りの立場を捨てねばならないというのは理解した。そういうことであれば、私はリリーとは別れ、アデレードに頭を下げ、再度アデレードと婚約する! それならば私は今の生活を手放さずとも済むはずだ!」
「ちょっと、ベン! あなた、何言ってるのよ!? わたしを捨ててアデレードお義姉様と再度婚約し直すですって!? わたし達は真実の愛で結ばれているんじゃなかったの?」
「それは間違いだったんだ! 今にして思えば、アデレードは伯爵令嬢として相応しい教養と品格があった。リリーとは比べ物にならないくらい価値のある女だ」
「何ですって!?」
ベンとリリーは修羅場を繰り広げる。
ベンはトーマス伯爵家の跡取りという立場と伯爵家での生活を失ってまでリリーと一緒になりたいとは思わなかった。
そうなるくらいならアデレードに頭を下げるのは安いものだ。
「ちょっといいか、お二人さん。ベン、お前の中では彼女と別れ、アデレード嬢と再び婚約するということになっているが、肝心のアデレード嬢の意思はどうなる?」
「アデレードは私のことを愛しているはずだから、リリーを捨てて誠実に謝れば、もう一度私と婚約してくれるはずだ!」
「アデレード嬢に婚約破棄を突き付け、その後、そこの彼女に対する虐めで、アデレード嬢を悪女呼ばわりして謝罪を強要したらしいな。虐めは事実ではないようだから冤罪になるが。そんな元婚約者と再度婚約したいと思うか? しかも、婚約破棄を突き付けた時に彼女を真実の愛で結ばれていると言っていたようだが、こんなに短期間でころころと相手が変わるなんて、お前の真実の愛とやらは随分と安い愛なんだな」
「父上、ディナーが始まる前、兄上は僕に対してもそこの彼女との真実の愛とやらを盛大に語っていましたよ。何を言っているのか僕には全く理解は出来ませんでした」
「アデレードとお前の復縁はあり得ないと伯爵からの手紙に明記されていた。真実の愛なんだとほざいて浮気しておいて、冤罪で悪女呼ばわりに謝罪の強要。常識的に考えて復縁はあり得ないだろう」
「そんな馬鹿な……! アデレードは私が復縁したいと言えば泣いて喜ぶはずだ!」
伯爵は私兵を呼び、トビーとリリーを拘束させる。
「こいつら二人を屋敷から追い出しておいてくれ。ベンは除籍するから伯爵家の者として扱わずとも良い」
「はっ」
「これが最後の餞別だ。そこの彼女と仲良くやってくれ。彼女と別れても伯爵邸には二度と入れないからな」
伯爵は金貨が入った革袋――先程話題に挙がった分の金額は抜いている――をベンに渡し、私兵はぎゃーぎゃー喚いて抵抗するベンとリリーを彼らの引っ張って連行する。
ベンはトーマス伯爵家の貴族籍から除籍され、リリーと一緒に追放される。
――これが愚かな二人の末路だった。
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