第13話
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さて、リリーの酷いテーブルマナーとあり得ない勘違いを盛大に露呈させたディナーは終わった。
ここからは話し合いの時間だ。
ディナーの最後に出されたデザートが乗っていた皿とティーカップとソーサーは既に給仕係の手によって片付けられている。
「さて、これから話を始めよう。最初の予定ではダイニングで話をする予定だったが、サロンで話をしよう。食事は既に終わっている為、わざわざダイニングでやる必要もない。サロンに移動する前に、まず、ベン。お前、バーンズ伯爵から何か伝言や手紙を預かって来ていないか? もしそれがあるなら渡せ」
「バーンズ伯爵閣下からは手紙を預かって来た。父上に渡すよう仰っていた」
ベンがバーンズ伯爵から預かった手紙を伯爵に渡す。その手紙はバーンズ伯爵家の家紋の柄の封蝋が施されており、その封蝋の状態により手紙はまだ開封されていないことを示していた。
「私は一度、執務室で戻り、手紙を開封して、読んでからサロンに向かう。手紙を開封する為のペーパーナイフが手元にないし、先に一度一人でさっと手紙を読んで内容を把握しておきたい」
伯爵はそう言って一旦席を外す。
残りの伯爵夫人、トビー、ベン、リリーの四人はメイドと共にサロンに向かう。
サロンは屋敷の一回の東側に位置するが、中央寄りの東である為、ダイニングからはそう離れてはいない。
サロンには十人程度で使う大きさの長方形のテーブルに椅子が五つ用意されている。
椅子の数は利用する人数によって使用人が調整しており、今日は偶然、五つ椅子が用意されている状態だったので特に手を加えていない。
各自、自分が座るべき場所に座り、伯爵を待つ。
その間、四人の間には会話はなかったが、メイドが紅茶を淹れていたので紅茶を飲みながらゆったりと待つことになった。
そうこうしている内に、伯爵がサロンに姿を現した。
「待たせてすまなかった。さて、今から話を始めよう。本当はディナーの時にすべきで、順番がおかしくなってしまったが、話をするにあたり、まず自己紹介しよう。私はゴードン・トーマス。現トーマス伯爵だ。ベンとトビーの父でもある」
「私はバーバラ。見てわかると思うけれど、ゴードンの妻でベンとトビーの母ですわ」
「ディナーが始まる前に兄上が僕のことを紹介したけれど、改めて。僕はトビー。トーマス伯爵家の二男です」
「わたしはリリー・バーンズ。バーンズ伯爵家の二女です。この度、アデレードお義姉様に代わり、ベンの新たな婚約者になりました」
これで一応リリーが全員の名前を把握したことになる。
「ベン、今日バーンズ伯爵邸を訪問して帰って来た時、マークに新しい婚約者としてそこの彼女を紹介したよな?」
「……はい、紹介しました。私の新しい婚約者になり、これから先一緒に暮らすと」
ベンは先程のディナーの時に、リリーが伯爵令嬢として勉強していたと以前言っていたにもかかわらず、実際には全くテーブルマナーが習得出来ていなかったことが発覚し、頭の中の半分くらいは婚約をやめるべきかどうか思い悩み始めていた。
それでもリリーのことは愛しているし、今、出来ないのならばこれから出来るように習得してもらえばいいかとこの時点では楽観的に思い直した。
「お前、そこの彼女のこと、どのくらい知ってるか?」
「どのくらいとは?」
「知ってることは何でもいいぞ」
「二年前に両親が亡くなって、バーンズ伯爵家に引き取られ、バーンズ伯爵閣下の養子になったこと。アデレードに虐められていて、バーンズ伯爵邸の離れに追いやられ、そこで暮らしていたこと。アデレードよりも一歳年下だということくらいでしょうか?」
「思ったよりも彼女のことをよく知らないんだな。何でもとは言ったが、とりあえずこの場で重要と思われることだけを選んだのか」
「全く関係ないことを言っても仕方ないと思いましたので」
「まぁ、それは良い。ベン、それはきちんと事実確認はしたか?」
「事実確認?」
ベンはきょとんとする。
「ああ。お前はまだ我が家に諜報部隊があることは知らないだろうからそれは使わなかったにしても、直接バーンズ伯爵に時間を取ってもらって彼女のことについて話を聞いて確認したか?」
「いいえ。だってリリー本人が泣きながら私に教えてくれたんですよ? 信用しない訳がないではありませんか」
ベンの答えに伯爵はため息をつく。
「本人に言われたから、事実確認はしない。それは駄目だ。いくら本人にそう言われても、確認が取れない場合は話を鵜呑みにしない」
「わたしのことを疑っているんですか!? 失礼な!」
「私はベンと話をしているんだ。君は口を挟まないでくれ」
リリーが出しゃばってきたので、伯爵は口を挟むなと窘める。
「ベン。今、お前が私に言った彼女についての情報、間違っているぞ」
「は!? そんな訳が……」
「彼女が両親を亡くしてバーンズ伯爵の養子になったのは事実だ。しかし、伯爵が彼女を迎えに行き、養子にしたのではなく、彼女が伯爵家にやって来て伯爵に生活の面倒を見て欲しいと頼んだそうだ。それに養子にしたと言っても、特別養子縁組ではなく普通の養子縁組。バーンズ伯爵の実子同然の養子ではない」
ベンが伯爵に渡したバーンズ伯爵からの手紙には、リリーのことが詳細に書かれていた。
どのような経緯でバーンズ伯爵家にやって来て養子になったのかから婚約の件まで事細かに記されていた。
「実子同然の養子ではないから、自分の立場を勘違いさせない為に彼女はバーンズ伯爵は離れで暮らさせることにしたそうだ。アデレード嬢の虐めで離れに追いやられた訳ではない」
「離れに追いやられたのはアデレードの虐めではない!? 出鱈目を言うな! いくら父上でも言っていいことと悪いことがありますよ! リリーが本邸に立ち入らせてもらえず、離れに追いやられたのはアデレードのせいだ! なっ、そうだよな、リリー!?」
「そうよ! アデレードお義姉様が手を回してわたしを離れに追いやったのは事実です! 他にも食事を抜かれたりしました。お義姉様がわたしを虐めていたのは間違いありません!」
「バーンズ伯爵からの手紙にはそう書かれているが。ついでに言うと、君の主張する虐めの内容については、自分の待遇が気に食わず、伯爵が君の待遇に合わせて用意したものをアデレード嬢からの虐めだと一部事実を捻じ曲げて勝手に解釈しているだけで、彼女が君を虐めたという事実はないとも書かれている。私は君よりバーンズ伯爵の方を信用している。特別養子縁組でないなら、離れで暮らさせることは納得だ。私がバーンズ伯爵だったとしても同じようにするだろう」
「特別養子縁組ではないなら、確かに本邸で暮らさせる意味はないわね。本人の気質も考慮してそうしたのだろうけれど、うちの屋敷に来てからの言動を見る限りそれも納得だわ。本邸で暮らさせていたら問題しか起きなさそうだもの」
伯爵夫人も伯爵の説明に同意する。
「さっきから言ってる特別養子縁組とやらは一体何のことですか?」
ベンが質問する。
「簡単に言うと、実子同然の扱いにする養子縁組だ。跡取りの問題が発生した時に利用されるのが主だ。それに対して、普通の養子縁組はただ後ろ盾になるというだけで、実子同然の権利は何もない。謂わば名ばかりの伯爵令嬢もしくは居候だ。それに、いつでも養子縁組は解消出来る。バーンズ伯爵は彼女が成人するまで生活の面倒を見て、その後は養子縁組を解消するつもりのようだ。だから貴族としての教育は受ける必要がなく、ベンに嘘をついた結果があのテーブルマナーだな。勉強していないのが丸わかりだった」
バーンズ伯爵の手紙から、伯爵はバーンズ伯爵邸で自分がリリーに会ったこともなければ、パーティー等で紹介されている場面を見たことがないことに納得がいった。
普通の養子縁組で、時が経てば養子縁組を解消するのなら貴族としての教育を施す理由もない。
ましてやバーンズ伯爵は跡取りに困っていないのだから。
「あれは本当に酷かったわね。ある意味面白かったけれど、あんなにテーブルマナーが酷い方は初めてだわ」
「リリーは名ばかりの伯爵令嬢……。そしてアデレードの虐めは事実ではない……」
ベンが呆然と呟く。
「それにまだ、訂正しないといけないことがある。君がさっきから言っている”アデレードお義姉様”という言葉。本当は君の方がアデレード嬢よりも年上だろう?」
「リリーの方が年上だったのか……?」
名ばかりの伯爵令嬢であることとリリーはアデレードに虐められていなかったという事実が発覚し、その上さらに新たな疑惑――年齢詐称――が出て来て、ベンは自分が信じていたものが足元から崩れ去るような感覚に襲われる。
「違います! わたしの方が年下です! ベン、お願い! 信じて!」
リリーは必死に否定する。
アデレードに虐められる可哀想な義妹になる為に偽りの年齢をベンに教えているからだ。
「バーンズ伯爵は君の出自についても手紙で教えてくれていてね。君が真実を知っていたのかどうかは知らないが、アデレード嬢の方が年下で、血縁上は従姉妹になる。君はバーンズ伯爵の養子といっても、立場的には名ばかりの伯爵令嬢。本物の伯爵令嬢であるアデレード嬢と姉妹とは到底言えまい」
「わたしは名ばかりの伯爵令嬢ではなく、本物の伯爵令嬢です! だからアデレードお義姉様とは姉妹です!」
リリーは泣きそうになりながら必死に否定するが、そこに伯爵は追い打ちをかける。
「まだ否定するのか。では、今、カーテシーをしてみてくれ」
「カーテ、シー……? それ、何ですか?」
リリーは聞きなれない単語に戸惑う。
「カーテシーはお辞儀のことよ。貴族令嬢は知っていて当然のもの。知らないということは……ね?」
伯爵夫人が正解を教える。
「君が否定しようがしまいが、事実は動かない。さて、ベンと新たに婚約したということについてだったな。バーンズ伯爵も認めたようだが、いいぞ、私も認めよう」
伯爵はそこで一度、言葉を区切り、続ける。
「ただし、二人ともトーマス伯爵家を出て行ってから好きにしてくれ」
――それは伯爵が次期トーマス伯爵夫妻として二人を認めないという宣言だった。
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