第12話
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伯爵と伯爵夫人の言葉にリリーはカチンと来て、言い返す。
特に伯爵夫人のアデレードを引き合いに出した言葉はリリーによく効いた。
ただし、リリーは伯爵と伯爵夫人の言葉を文字通りに受け取り、言外に告げた内容は理解していない。
彼女は言外に告げられた内容を正確に理解することは出来なかったが、伯爵夫人からはアデレードと比較され、伯爵からは何となく馬鹿にされていることを感じ取っていた。
「今日はちょっと調子が悪いだけで、いつもは完璧に出来るんです! それにわたしとお義姉様を比べないで下さい! お義姉様には良い感情はないから、比べられたら物凄く気分が悪いです! あと、わたしだけもっと簡単に食べられる料理を出すべきだったなんて、間違ってもそんなことを言わないで下さい!」
リリーは感情的に言い返したが、全く得策ではなかった。
まだ食事をしているだけの段階であり、本題である伯爵夫妻との話はこれからだ。
自分を伯爵夫妻に認めさせることが目的なのに、認めさせる相手からの印象を悪くしてどうするのか。
自分自身の失態で伯爵夫妻に小言を言われる羽目になったのに、失態について素直に非を認めることをせず、要領を得ない言い訳を口にし、伯爵夫妻に食って掛かるように大声で怒鳴る。
ディナーが始まる前にトビーがわざとリリーを怒らせて貴族令嬢として教育を受けていないことをあっさりと見抜いたが、伯爵夫妻も同じく彼女が感情を剝き出しにして大声で怒鳴る様子から同じことを見抜いた。
伯爵夫妻の場合はわざと怒らせようとしたのではなく、あるがままの事実を伝えたら結果的にそうなった。
「”今日はちょっと調子が悪いだけでいつもは完璧”? ……そう。一旦、お水でも飲んで落ち着きなさいな」
リリーが落ち着きを取り戻す為に伯爵夫人は優しい声で水を勧め、リリーは勧められた通りに水を飲む。
冷たい水を飲ませて頭をクールダウンさせる目的だ。
「少しは落ち着いたかしら?」
「はい……」
「ならいいわ。お水を飲んで頭も冷えたでしょう。では、お話をしましょうね。あなたの言い分は伝わったわ」
伯爵夫人はにっこりと微笑みながら優しい声色でリリーに語りかける。
その優しい微笑みと声色、”リリーの言い分は伝わった”という言葉にリリーはホッと安堵する。
しかし、伯爵夫人が見せた優しさは上辺だけのものだ。
よく見るとその紺色の瞳の奥は全く笑っていない。
そのことに伯爵とトビーだけは気づいていたが、二人はここで余計な発言をする気もない。
「でもね、あなたの言い分には無理があり過ぎよ。あなたはベンに質問される前は”沢山ナイフとフォークが並んでいるのは初めて見た。どの順番から使うのかわかる訳がない”と言っていたわ。その後、勉強していたんじゃないのかという質問にはこう答えていたわよね? ”勉強はしていたけれど、緊張で全部頭から吹き飛んた”と。そして今しがたこう言ったわよね? ”今日はちょっと調子が悪いだけでいつもは完璧に出来る”と。本当にちゃんと勉強していつもは完璧なら、沢山ナイフとフォークが並ぶことは当然知っているはずだし、いくら緊張していたんだとしても、そんな基本的なことを忘れる訳がないわ。言っていることが滅茶苦茶よ」
マナーの教本の一番最初に書いてあるようなことで躓くのは、明らかに勉強していないことを示している。
そして、テーブルマナーは実践で出来てなんぼのものである。
大体のところは教本を読んで勉強するが、実技で練習しないなんてあり得ない。
頭では理解していても動作が伴っていなければ意味がない。
貴族の嗜みの一つであるダンスも、ステップの種類や使用される音楽は教本でも学べるが、上達する為の近道はとにかく体を動かして、実際にパートナーと一緒に何度も踊って練習することだ。
教本を読むだけではダンスは踊れない。
それと同じだ。
実際にテーブルに着席するところから、食事が終わって退席するところまで実技の練習を繰り返す。
だから沢山ナイフとフォークが並んでいるのを見たことがないなんて、本当に勉強していたのなら口から出るはずのない言葉である。
伯爵夫人は右手で優雅にワイングラスを回し、白ワインで口を潤わせながら続ける。
「それと、あなたが個人的にアデレードちゃんのことをどう思っていようと、あなたとアデレードちゃんを比較するなと言うのは無理があるわ」
「何でですか?」
「だってどんな事情や経緯があったのかは知らないけれど、あなたがベンの新しい婚約者になったのでしょう? 前の婚約者と新しい婚約者を比較するのは人間の性よ。あなただって古いものを捨てて新しいものを買った経験くらいはあるでしょう? その時、前のと比べて新しいのは……、と比べなかったかしら? それと同じことよ。そして、アデレードちゃんを押しどけて新たな婚約者の座に収まったのなら、あなたのどんなところが彼女よりも優れているのか親として気になるわ」
「アデレードお義姉様より優れているところ……わたしはお義姉様よりも可愛くて、ベンを愛しているところです!」
伯爵夫人はリリーの答えに口元だけ動かしてふっと笑う。
それはどう見ても嘲笑だった。
「可愛いことは役には立たないわ。ベンを愛しているのかどうかも正直二の次ね。伯爵夫人として上手くやっていける手腕があるのかどうか。この一点を最重要視しているわ。テーブルマナーの初歩で躓くようなお嬢さんには無理なお話ね」
伯爵夫人は現実主義だった。
その他の部分がいくら優れていようと、テーブルマナーの初歩で躓くような令嬢は伯爵夫人にはなれない。
要するにベンの婚約者としてリリーはお呼びではないのだ。
「私も言いたいことを言わせてもらう。”自分だけもっと簡単に食べられる料理を用意するべきだったなんて間違っても言うな”と言われても、私にそう思わせたのは君自身だろう? ベンに言った通り、真実バーンズ伯爵家で伯爵令嬢としての勉強していたのなら、あんな質問が出る訳がない。出来ないことを出来ると嘘をつくのは感心しないし、信用出来ない。それだけでなく、正直に勉強していないと認めずに、無茶苦茶な言い訳を重ねる姿勢が見苦しい」
勉強していないのにしていたと嘘をつき、素直に認めず、聞くに堪えない見苦しい言い訳をする――これは伯爵には悪印象を与えた。
貴族社会は契約事が多い。
最もわかりやすい所で言うと、婚約だって家と家の契約だ。
契約には信用が何よりも大切である。
リリーのような相手とは信頼関係を築くことは出来ない。
伯爵もまた、ベンの婚約者としてリリーはお呼びではないという判断を下している。
余りにも場の空気が悪くなったので、ディナーの間は黙って見ているだけの予定だったトビーが口を挟む。
「父上、母上。言いたいことはまだまだあるとは思いますが、ここは一旦引いて食事に戻りましょう。先に料理を食べて、お話は後でするということになっていたではありませんか」
「それもそうね。お話はお料理を頂いた後でゆっくりと出来ますものね」
「そうだったな。とりあえず話はここで一旦終了だ。ここから先、食事中に君がどんなことを失敗しても、私達はそのことについて食事中は一切咎めないし、指摘もしないし、小言も言わないと約束しよう。気楽に食事を楽しんで良い」
伯爵はそう告げた。
「本当ですか?」
「ああ。一切言わない。私も言わないし、バーバラも言わない」
「私も言わないとお約束しましょう」
伯爵夫妻はリリーに約束したが、声に出して咎めたり、指摘したり、小言は言わないだけで、リリーの失敗について内心どう思うのかは自由だ。
しかも食事中は言わないだけで、食事後、話をする時間には言うつもりでいる。
先程、たった一つの失敗で伯爵夫妻からこうも色々言われたリリーは、これから先の食事は何も言われないと約束が成立し、気が楽になった。
こうして、一時的に中断されていた食事が再開された。
前菜のオードブルの次はスープ。
スープはかぼちゃのポタージュであったが、リリーはスープ用のスプーンを使わず、スープ皿に直接口を付けてズルズルと下品な音を立てて飲む。
スープの後は白身魚のポワレ。
これもまた、リリーは粗相をした。
ポワレを食べている途中に、水を飲みたくなったリリーは一度ナイフとフォークを置いて、水の入ったグラスを手に取り、水を飲む。
しかし、その時のナイフとフォークの置いた場所が悪かった。
ポワレの乗っている皿の右側にナイフとフォークを揃えて置いていた。
この置き方は、もう食べ終わったから下げて良いという給仕へのサインだ。
ナイフとフォークの置き方でこれは下げて良いと判断した給仕係は、水を飲んでいるリリーを尻目に食べかけのポワレを下げてしまう。
「え!? 何で持って行っちゃうの? まだ全部食べてなかったわよ!?」
リリーは食べかけで下げられた理由がわからずに混乱する。
「あっ、わかったわ! これはわたしへの意地悪ね!? 全くなんてなっていない給仕係なのよ!」
理由に気づいたかと思えば、明後日の方向に勘違いした理由だった。
ポワレの次は口直しのソルベとして桃のソルベが給仕される。
「もうデザートなの? まだ使っていないナイフとフォークが余ってるのに?」
ここでもお約束のようにリリーは勘違いする。
この後、肉料理として仔牛のステーキが給仕されたが、リリーはステーキにかかっているソースを飛び散らせていた。
酷い勘違いと酷いテーブルマナーでの食事は最後、デザートと紅茶で締めくくられる。
伯爵夫妻が失敗しても指摘しないと約束したので、誰も口に出しては言わなかったが、余りの勘違いの凄まじさとテーブルマナーの酷さに伯爵夫妻とトビーは笑いを堪えるのが大変だった。
ベンはリリーのテーブルマナーの余りの酷さに半分魂が口から出かかっている。
こうして波乱に満ちたディナーは終わった。
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