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第11話

今日も読みに来て頂き、ありがとうございます!


皆様からの応援が執筆の何よりの励みになっています(*^^*)

 ベンとリリー、それからトビーがダイニングで話を始めて約十数分後。


 ようやくトーマス伯爵夫妻がダイニングに姿を現した。


 これからディナーだと言うのに、伯爵も伯爵夫人もいつものような温和な表情ではなく、険しい表情だった。


 伯爵夫妻は一言も発さず、ベンとリリーの方を一瞥し、そのままいつもの所定の席に着席した。



 伯爵夫妻が着席すると、給仕係が伯爵夫妻、ベン、リリー、トビーのそれぞれの席にアミューズを給仕する。


 給仕係は続いて伯爵夫妻にはテーブルにセットしてあるワイングラスに白ワインを注ぐ。


 今日の白ワインは洋梨を思わせるようなフルーティーな香りがし、飲みやすく爽やかな風味のものだ。


 色は蜂蜜のような透き通る黄金色で、見るからに良いワインだとわかる。


 ベンと話す内容が恐らくドロドロしたものになるので、せめてワインは爽やかなものが飲みたいという伯爵からの希望で選ばれた。



「ベン。私に話したいことがあるようだが、ある程度食事をしてからお前とそこに同席しているお嬢さんの話を聞こう。お前の話の内容次第ではせっかくのディナーが不味くなってしまう。それでは食材や料理を作ってくれた者に対して失礼だ」


「そうね。それがいいわね。話は後にして、まずはお料理を頂きましょう」


 伯爵の提案に伯爵夫人も同意する。


「父上、母上。わかりました」


 ベンも異論はないので、了承する。


 一同はひとまず話は横に置いておいて、先に食事をすることになった。



 ディナーのメニューはフルコース料理だ。


 なので、食べ終わったら順番に次の料理が給仕される。


 最初に給仕されたアミューズは一口(ひとくち)二口(ふたくち)しかないので、全員あっと言う間に食べ終わる。



 次は前菜のオードブルだ。


 ベーコンとほうれん草のキッシュ、(かぶ)と林檎のミルフィーユサラダ、白身魚のカルパッチョ。


 この三種類の料理が一枚の皿に載せられている。



 ここで早速、リリーは伯爵夫妻の前で醜態を晒す。


「ねえ、ベン。このナイフとフォークはどれから使えばいいの?」



 その瞬間、ダイニングの空気が凍った。


 リリーの質問は彼女が思っていたよりも声量が大きく、質問されたベン以外に、少し離れて座っている伯爵夫妻とトビーの耳にも入った。



 実はリリーはカトラリーの類を沢山使って食す料理は食べたことがない。


 その為、料理が乗っている皿を中心に左右対称にそれぞれ大きさの違う数本のナイフとフォークが並べてあっても、それらをどんな順番で使っていくのかわからないのだ。


 バーンズ伯爵邸であれ程”貴族が食べるようなフルコースの料理が食べたい”と口にしていた癖に、いざ(バーンズ伯爵邸ではない場所ではあるが)その時が来ると、カトラリーの使い方がわからない。


 フルコースの話は今は亡き父・ルパートからほんの少し聞きかじった程度で、お貴族様は何品も出て来るフルコースという豪華な料理を食べるという印象でしかなかった。


 だからフルコースの料理を食べる時にはテーブルマナーというものが存在し、ただ食べるだけでもテーブルマナーに従ってナイフとフォークを上手く使い、行儀よく食べるということを全く知らなかったのだ。


 そしてさらに言えば、リリーはフルコースの料理を食べる時、マナーが全くなっていなかったら容赦なく指摘が入る、又はマナーがきちんと身についていないとマイナスな評価を受けるということも知らない。



 貴族にとってはある意味食事も社交の場だ。


 他家の晩餐会に招待客として招待されたり、自分の家が他家から招待客を招いたりはその時々によりけりだが、美しい所作で食事を摂っていたら高評価に繋がるし、(つたな)い所作だと評価が下がる。



 貴族はとにかく人の荒探しをする生き物だ。


 食事のマナーが一つ出来なくても、それを何倍にも誇張し、大袈裟に言って回る。


 たった少しの失敗が命取りになる。


 だからこそ相手に余計なことを言われる隙をなくす為に、マナーをしっかりと学ぶ。



 平民の食事のように一組のナイフとフォーク、そして一本のスプーンで食べ方は気にせず、ただ楽しく美味しく食べらればいいという話ではないのだ。



 因みにルパートの話は、”貴族だった頃はフルコースの料理を毎日食っていたのに、今じゃフルコースのフの字もねえ。久々にフルコースの料理が食いてえな”という愚痴だ。


 愚痴なのでマナーが云々という話が出る訳がない。



 何故このタイミングで発覚したのかと言うと、アミューズは手で掴んで食べる系統の料理だったので発覚しなかっただけだ。



「え? それは一番外側にあるナイフとフォークから使っていくんだが……もしかして知らなかった?」


「食事をする時にこんなに沢山ナイフとフォークが並んでいるのなんて初めて見たの。わかる訳ないわ」


「こんな初歩のことも知らなかったのか……? 噓だろう……? バーンズ伯爵家ではアデレードに虐められていたけれど、伯爵令嬢としての勉強はしていたと言っていたじゃないか」



 リリーはベンに嘘をついていた。


 彼女はベンの前で義姉に虐げられていても健気に頑張る伯爵令嬢を演じていた。


 その一環で、アデレードに虐められているけれど、伯爵に認められる為に伯爵令嬢としての振る舞いを日々勉強していたことにしていたのだ。



 彼女が作り出した設定ではこのような物語(ストーリー)になっている。


 リリーは両親が死亡し、叔父である伯爵に引き取られた。


 リリーは伯爵の養子になったけれど、伯爵の実子であるアデレードがバーンズ伯爵令嬢は自分一人で十分だと主張。


 アデレードはリリーのことが気に食わず、やがて虐めるようになる。

 

 しかし、伯爵は姉妹間の仲は我関せずで、アデレードがリリーを虐めているということは黙認している。


 そこで伯爵令嬢としての振る舞いを完璧に身につけ、伯爵にリリーを認めさせ、父という立場からアデレードを叱ってもらい、リリーに対する虐めをやめさせる。


 リリーが伯爵令嬢として認められる道のりは険しく、中々認めてはもらえない。


 アデレードによる虐めは続いているし、伯爵にも認めてもらえないことで悩んでいた時にベンと出会った。



 勿論、これは事実ではない。


 そういう設定にしてあるだけだ。


 実際のリリーは伯爵令嬢に相応しい振る舞いなど一切学んでいない。



 実際には学んでいないことを学んだと嘘をつく。


 これは極めて問題がある。

 

 何故なら”これは自分は学んだから出来る”と吹聴し、いざそれが必要な場面になった時、やれと言われた時に出来なかった場合、嘘つきであることが発覚し、信用を失うからだ。


 何らかの理由があって実際には出来ることを出来ないと言うよりも質が悪い。


「そ、それは……勉強はしていたけれど、緊張で全部頭から吹き飛んじゃったの!」


 リリーはベンの問いにしどろもどろになりながら何とか答えたが、答えとしては不適切だった。


 

 最初にどのナイフとフォークを使うのかというテーブルマナーの中でも初歩的なものを知らず、ベンに質問したのは、伯爵夫妻にいい攻撃材料を与えてしまった。


 良い攻撃材料が落ちていて、伯爵夫妻は勿論それを見逃すはずがない。



 このディナーは、ただ単に食事を楽しむ場ではない。


 リリーは伯爵夫妻にどんな人物なのか観察されていたのだ。


 それに伯爵夫妻は話をするよりもまず食事をするよう自然に誘導したが、これはテーブルマナーのテストも兼ねている。


 伯爵夫妻は前情報として、経緯は不明だが、ベンの新しい婚約者になった伯爵令嬢と聞いている。


 話をするにあたり相手の情報は出来る限り掴もうとするのは当然だ。

 

 また、マナーはどの程度習得しているのかを確認するには、このディナーはちょうどいい。



 伯爵夫妻の思惑に気づかず、リリーはベンの家族とお話しながら美味しい食事をする程度の呑気な認識でしかなかった。



「そこのお嬢さんはテーブルマナーはよくご存知ではないのね。アデレードちゃんの義妹だと聞いたから、てっきりマナー関係は完璧に出来るお嬢さんなのかと思っていたけれど、そうではないのね」


 伯爵夫人はアデレードを気に入っていて、彼女のことは親しみを込めてアデレードちゃんと呼んでいる。


 夫人にとって、彼女は既に自分の娘のようなものである。


 アデレードはバーンズ伯爵が厳選して雇った優秀な家庭教師の下でしっかりとマナー関係を勉強していたので、トーマス伯爵家で伯爵夫妻と一緒にランチをした時もマナー関係で一度も粗相はしたことがない。


 そんなアデレードを引き合いに出して、彼女とは大違いだと言外に告げる。


「そうだな。伯爵令嬢だと聞いていたからテーブルマナーは大丈夫だろうと思って、いつも通りのフルコースの料理にしたのだが。この様子だと無駄な気遣いだったようだ。君の分だけもっと簡単に食べられる料理を出すべきだったかな」


 伯爵の方も仮にも伯爵令嬢を名乗るのであれば、テーブルマナーは身についていて当然だと言外に言っている。


 どのナイフとフォークから使うのかさえわからないのなら、平民同然だと評価している。



 リリーは早くも窮地に立たされた。

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